第30話 混沌竜エキドナの落とし子

 ・注意、今回猟奇的な描写があります。苦手な方はお気を付けください。



 ―――大辺境から遠く離れた帝国の首都、帝都の地下奥深く、非人道的な禁断の実験が繰り返されている秘密魔術実験室のとある部門。

 帝都の人々にも噂が伝わっているその部門では、入って帰ってこれた者はいないと

 そこに複数の竜人の少女たちが兵士に連れられてやってきた。

 その竜人の少女たちは泣きわめきながら必死になって逃げだそうとするが、兵士たちに取り押さえられながらも無理矢理連れてこられる。


「お願い!助けて!帰らせて!お願い!!」


 そして、そんな彼女の前に一人の白衣を纏った長身で細身の男性が姿を現す。

 一見普通そうに見えるが、その彼の目は完全に狂っていて異様な雰囲気を醸し出しているのが少女たちにも理解できた。

 だが、その男は女性たちの怯えには全く興味を示さず、両手を広げて楽しそうに彼女たちに向けて歓迎の意を示す。


「ふぅーむ、いやいや、よく来てくれた。君たちの献身を嬉しく思うよ。」


 暗闇に覆われた地下の広大な空間。

 そこには異常な唸り声と人の悲鳴、そして異様な臭気と無数の鎖の音が周囲を支配していているその異常な空間はそれだけでもはや発狂しそうな空間だった。

 だが、それにも関わらず、男は楽し気に言葉を続ける。


「いやぁ、中々強い魔力の素質を持つ竜人を集めるのも大変でね。これだけの人数が集まったのは嬉しく思うよ。それではお見せしよう。私の実験の成果をね。」


 その瞬間、部屋に魔術の光が灯り、暗闇に隠されていたその異常な存在が明らかになる。そして、”ソレ”を見た瞬間、彼女たちは絶叫した。


「い……いやぁああああああああああ!!!!」


 そう、その地下の広い空間に何十もの鎖と鉄の籠、そして魔術結界に囚われていたのは竜。数十mほどの中型の竜だった。

 だが、その竜は極めて異常で異質な存在だった。全身が鱗ではなく、まるで泥のような粘着性の物質で覆われていた。それはまるで、腐った竜のゾンビのような存在だった。恐らくその粘着性の物質は、混沌と竜の肉体が交じり合った物質なのだろう。


 だが、本当におぞましいのはその部分ではなかった。その混沌に覆われた竜の首部分、長い首の横部分に、”何か”が生えていたのである。

 それは―――人の首。

 人の首が、竜の首の横部分に複数生えていたのである。

 しかも、その首はまだ生きており、白目を剥きながら唇から涎を垂らしながら意味不明の言葉を口にしている。


「苦しい……苦しい……助けて……。」


「あははは、あははは……。」


「%&&”)$QQ)=Q……。」


 白目をむいて発狂しながら意味不明の言葉を垂れ流す首。ただひたすら涙を流しながら助けを求める首、まともな言葉を放てる首はほとんどない。

生首なのに発音できているのは、混沌で構築されている落とし子の肉体が変質して疑似的な発音器官やら何やらになっているのだろう。


 だが、それはまったくもって彼ら彼女らの救いにはなっていなかった。

 角が生えている事から竜人である事は理解できるが、その竜人たちの首は、ほぼ完全に自我が崩壊して発狂しているのだ。

 あまりにも悍ましいその姿を見て、竜人の少女は完全に腰を抜かしてガタガタと震えるだけになってしまう。逃げる事すらできず、ただ震えるだけの少女に対して、白衣を纏った魔術師はにっこりと穏やかにほほ笑む。


「さて、まずは順番を追って話していこう。

 これは大辺境に封印されているエンシェント級の竜、”混沌竜エキドナ”の落とし子だ。エキドナは竜でありながら、混沌に汚染され竜族に対して牙を剥いたため、空帝ティフォーネの手によって肉体を打ち砕かれ、大辺境に封印されたと伝えられている。

 だが、封印が緩んだごく一部の地域では、こうしてエキドナから生み出されたエキドナの落とし子が沸いて出てくる事がある。竜人を生贄に捧げて何とか生け捕りにしたがね。」


 もうこの地点で狂気に満ち溢れているが、彼はそれに構う事無く、喜々としながら言葉を続ける。


 「まず、君たち竜人は、竜の血、竜の因子を有しているため、当然の事ながら竜との相性が良い。抜群と言っても過言ではない。

 そして、私の実験により、君たち竜人の”脳”は竜を制御する”制御装置”として非常に適している、と判断されたのだ。

 この功績があれば、4=7 フィロソファス(哲人)の魔術師である私も、さらに上のドミナス・リミニス(境界の主)、いや、それ以上の小達人(アデプタス・マイナー) になれる可能性もあるが……それはまあいい。」

 

 4=7 哲人(フィロソファス)

 それは魔術師の階位としてはセレスティーナより二つ下の階位である。

 この上に(外陣より内陣への橋渡し的位階)とも言える予備門位階 ポータルグレードが存在し、その上がセレスティーナと同じ小達人アデプタス・マイナーとなる。

 つまり、彼はセレスティーナより劣る腕前の魔術師であると言っていい。


 腰を抜かして震える少女に対して、その白衣の魔術師は喜々としながら、常人からしたら狂ってるとしか思えない言葉をさらに続ける。


「ギロチンで君たちの首を切って、脳が死ぬ前にエキドナの落とし子へと移植。

 そうすれば、脳は生き残ることができるが、非常に激しい苦痛によって、すぐさま彼らの自我と精神は崩壊する。その空白となった竜人の脳を魔術により複数制御することによって、落とし子を自在に制御できるようになったのだ。

 実に偉大な事だとは思わないかね?」


 少女たちの反応を無視しながら、魔術師の男は両手を広げて喜々としながらさらに言葉を続ける。その言葉は完全に自己陶酔に満ち溢れているものだった。


「そう!これは人間の手によって、竜を自在に制御するための尊い実験なのだよ!

 これが上手くいけば、我々人間の手によって竜を自由に操ることができる!!

 今は落とし子だけだが、いずれはノーマル級、エルダー級、そしてエンシェント級。最終的には、エンシェントドラゴンロード、あの空帝すら我らの思いのままにできるかもしれないのだ!!君たちはその実験台になれるのだよ!実に光栄だろう!!」


 その自己陶酔に満ち溢れている男の叫びに、ついに少女の一人が泣きながらも彼に対して反論を試みる。


「く……。狂ってる!!貴方たち狂ってるわ!!貴方たち私たち竜人の事を何だと思ってるの!?」


 その少女の必死の叫びにも、男はきょとんと小首を傾げながら言葉を返す。


「?竜人も亜人もただの実験材料だろう?『人類に非ずんばヒトに非ず』

 君たちはただ言葉を話すだけの動物だ。動物を実験材料に使うのは当たり前だろ?

 さあ、無駄話はここまでだ。それじゃその首、切り落とされてもらおうか。」


 その言葉を最後に、少女たちの悲鳴が地下空間に響き渡った。


 ―――それからしばらく後、全身を血まみれにした男の姿がそこにはあった。

 そして、彼のそばには首が切られた女性たちの遺体。

 彼は、切られて魔術的に保護していた首を次々とエキドナの落とし子の首へとくっつけていく。そして、全ての首を繋げ終わった後で、血にまみれた手で額を拭う。


「ふう、完成した。これで外陣(アウター)の私でも落とし子を制御できるようになるだろう。後は、私の首を落として、その首を竜の額に植え込めば理論上は制御できるはずだ。私の肉体には落とし子の体液と血液を採取して何十回と注射して馴染むように魔術的にも工夫がされている。」


自分の首を切り落とす。そしてそれを竜に繋げる。

そんな狂気に満ち溢れてた言葉を男は、いとも平然と周りの助手たちに言ってのける。時代が時代なら、どこからどう見ても、立派なマッドサイエンティストと呼ばれる存在だろう。


「しかし、いちいち竜人に説明する必要があるのですか?脳をいじる……のは制御装置としての機能が落ちるからダメとして、精神操作魔術で感情をいじる程度の事はしては?それに貴方ほどの魔術師ならば、わざわざ落とし子と融合せずとも、遠距離から外部操作が行えるのでは?」


 無論、それは理由がある。それは相手に与える感情である。徹底的に恐怖を与えていた方が自我の崩壊が早い。下手に自我を残されると制御装置としての役目が果たせないのである。そして、自分の首を落とし子に移植するのも意味がある。


「確かに優れた魔術師ならば、外部操作もできるかもしれないが、所詮、4=7 哲人(フィロソファス)の私では実際に落とし子と融合しなければ落とし子は制御できない。落とし子の脳の近く、つまり額ならば制御するのはより簡単になる。

 全ては、人類のために。そのためになら私は喜んで生贄となろう!!」


 彼には一点の迷いも曇りもない。

 本気で自らの首を断ち切ってエキドナの落とし子という怪物に接続しても構わないと本気で思っているのだ、それは純粋な狂気に他ならない。

 その彼の言葉に、助手は何の迷いもなく頷く。

 自らの師匠の首を切り落とす事に何の迷いもない所に、彼も狂気に囚われているのがはっきりと理解できる。


「うむ、成功したら大辺境で試験運用を行おう。

 噂に聞く、空帝が実際にどこかに行ったのが事実であると判明すれば、状況は我々にとって極めて有利に進む。

 試験運用兼威力偵察だと言えば上層部と納得してくれるだろう。

 では、あとは任せた。私の首を切り落として、落とし子の額に移植してくれたまえ。さすがに切り落とすのも移植するのも自分ではできないからな。

 全ては人類のため、帝国の繁栄のために。」




 ・追記、もっとどんどん帝国の頭のネジを飛ばしていきたいと思います。(やめろ)


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