第29話 スパイと諜報活動
さて、それからしばらくした後、リュフトヒェンの村は一つの問題を抱えていた。
『人が……増えてる!というか増えすぎてる!!』
始めは10人ほどの村だったはずが、道は隣村と繋がった瞬間、どんどんと亜人や竜人が流れ込んで来ているのである。
特に竜人たちの数は他の亜人たちの数をずば抜けている。
何でも「竜人を守護する竜の治める村がある」「竜人が安らかに暮らせる約束の土地がある」「いやいや、それは竜が餌を集めるために広めた罠だ」など様々な噂が広まった結果らしい。
帝国では亜人は苛烈な弾圧を受けている。
特に、帝都の半分を吹き飛ばした竜の血を引く竜人はその中でもさらなる弾圧を受ける事も多い。
そんな帝都や帝国各地から脱出して、安全な辺境伯領地に逃げ込んでいく、というのは至極当然の考えだった。そしてそんな中に「竜が竜人を守護してくれる土地がある」となれば、一縷の望みをかけてやってくるのも不思議ではなかった。
しかし、それで困るのはリュフトヒェンの方である。確かに人手は開拓には有難い限りだが、物には限度がある。こんなに一気に来られてはせっかく獲得した大量の食糧もすぐさま消えてしまいかねない。
ただでさえ大食らいの竜が二体、しかも畑はまだ実らず、そこに50人近い人数がやってきたらこちらが餓える可能性すらある。
慌てたリュフトヒェンは急遽辺境伯であるルクレツィアに連絡を取る事にした。
『もしもし?どんどん竜人たちや亜人たちが流れ混んできているんだけど、どういう事?』
「仕方ないのですわ~。こちらも~帝国本土から逃げ出して来ている亜人保護で一杯一杯なので~。本当はもっともっと押し付けたいのですが、あまり押し付けるとそちらが破綻するからこれでも加減してまして~」
『もっと加減しろバカ!確かに人手は欲しいけどあんまり来られてもこっちも養えないやろがい!!』
それを聞いてルクレツィアは、はあ、とため息をつく。
「仕方ありませんわね~。甲斐性なしの大食らいにこれ以上求めるのも酷ですし~。近隣の村に命じてとりあえずの出入りは禁止させますわ~。その間にその程度の人数を受け入れられる程度の器をもってくださいまし~。」
人を甲斐性なしのヒモみたく言わないでほしい。
こちらだって頑張っているのだから、流民を押し付けてきたそちらに言われる筋合いなどない、と言いたいのをぐっとこらえる。
(本当は100人ぐらい入れたかったようだが、これでも抑えた方らしい)
「とは言うものの~そちらに倒れられるとこちらは盛大に困りますし~。
財宝と物々交換でさらなる食糧供給を行いますので~。しっかりと独り立ちできるようになってくださいまし~。」
ともあれ、それからがまた大騒動の始まりだった。
とにもかくにも、住む場所、家を作らないとどうしようもない。
村予定地は新しい入居者が来る事も考えて広めに作っていたが、それをさらに広げる必要も出てきてしまった。
さらにそれを賄うための畑もさらに広げなくてはいけない。
初めて村を作った時のように、リュフトヒェンが必死になって周辺の木々を根っこごと引き抜いた後を、爪で掘り返したりして平地へと整えたり、その木材を利用して新しい家を次々と作っている中、一人の竜人の女性が働きながら、それとなくじっと眺めていた。
(あれが竜か……。本物を見るのは初めてだが。)
そう、彼女は帝国に属する諜報員、すなわちスパイである。
帝国では亜人、特に竜人は激しい迫害を受けており、そのため彼らは生き延びるために脱出して他の地域に流れていくか、ほかに生き残るために一番手っ取り早いのは、暗殺、諜報員などといった汚れ仕事に携わる事である。
そして、この女性は生き残るために使い捨ての諜報員としてこの村に潜り込む事を指示されたのである。
帝国からしてみたら、最も恐れるべきは大辺境に潜む空帝ティフォーネである。
かつて帝都を吹き飛ばされた恨みと悲しみは百年近く立っても強く残っており、帝国民からしてみたら非常に強い脅威そのものである。
だが、ここ最近そのティフォーネの姿が見られなくなっている、との観測結果が伝わって来ているのである。
もしティフォーネがどこかへ行ったのが事実だとするのなら、帝国にとってこれ以上の福音はない。帝国全ての総力を上げて、大辺境を焼き払い、彼女の痕跡を消し去る事になるだろう。
そして、働きながら確認してみた結果、やはり元はティフォーネの本拠地であったこの場所にティフォーネは存在しない。つまり、これは帝国にとって進攻の大きなチャンスである。
それを確認した彼女は、皆が睡眠を取っている深夜にこっそりと起きだして、誰にも見つからないように外の森へと足を運ぶ。
夜は魔物の活動する時間であり、しかも周囲に人工の光が全くない大辺境の中で夜の森に出かけるなど、魔物に食べてくださいと言っているも同然だ。
(いくら近く魔物除けの結界や様々な村を守る防御壁があったと言っても)
夜も村を守る見張り台の目をくぐり抜けて、通信用の小型の水晶球を取り出して通信を試みる彼女だが、ノイズばかりで全く通信を行うことができない。
距離が離れすぎているのだろうか?と思った瞬間、彼女に対して後ろから何者かが声をかけてくる。
「無駄ですよ。通常使われている魔力通信の魔力帯にはジャミングが入るような結界が張ってあります。まあ、ご主人様の使うような竜語魔術通信などは別ですが……。」
そういってにこやかに後ろから姿を現したのは、この村の中心人物とも言える魔術師にして竜血を受けた竜人、セレスティーナだった。
そのにこやかなセレスティーナの顔を見て、彼女の背筋に氷柱を突っ込まれたような寒気が走る。
つまり、こちらの行動は完全に読まれて泳がされていたのだ。
「バ、バカな……読心や敵探知などの魔術はすり抜けることが出来たはずだ!なのに何故!」
そう、彼女も諜報員の一員である以上、読心や敵探知、感情探知などといった魔術に対する対抗措置は叩き込まれていた。
どれも脅威ではあるが、基本的に精神の表面上の感情を読み取る物。
思考を誘導して別の事を考えたり、心を空にして何も考えないようにすればある程度はすり抜ける事ができる。
そして、セレスティーナはその彼女の発言に対して、肯定するように頷く。
「確かにそれらの魔術や結界は貴女には反応しませんでした。
ですが、貴女は初めてご主人様に対面した時に血圧も心拍数も脳波も全く乱れがなかったですね?話には聞いていても、実際に竜を目の前にすれば何らかの乱れがあるのが普通という物。訓練されたのが裏目に出ましたね。」
「き、貴様……。わざわざ一人一人それをチェックしていたのか……?」
確かに、この村に来た時に皆を集めて竜が挨拶を行って皆を歓迎していた。
話では聞いていても実際に竜を目の前にして威容や恐怖を覚えない人の方が珍しい。
彼女も他の人たちに倣って、驚くふりをしていたのだが、まさかその時にそんな魔術で調べられていたとは思いもよらなかったのである。
「まあ、流石に範囲魔術ではありますが。手間ではありますが、ご主人様を傷つける可能性のあるクズを見抜くためとあれば仕方ありません。そしてご主人様に危害を与えるような存在は……分かりますね?」
にこり、とセレスティーナは微笑む。その凄みのある笑顔は、邪魔者を排除するのは一切容赦しない、という彼女の無言の圧力が込められていた。
だが、本気で命を奪うつもりなら、当の昔にさっさとやっているはずである。
それをせずに悠長に話している、という事は何かの交渉があるのではないか?という疑問に、セレスティーナは答える。
「ええ、まあそうですね。我々には諜報活動のノウハウが全くありません。それ専門の諜報活動・防諜を行う人材が必要です。
まあ、分かりやすく言うと、帝国の諜報員なんて辞めてウチに仕えないか?ということです。アットホームで温かい職場ですよ?ウチは。」
「考えてみてください。亜人差別、竜人差別をしている帝国に仕えて何になるというんですか?どうせ使いつぶされてだったらこちらについて差別のないところで仕事をした方が遥かにいいじゃないですか?
今なら諜報機関トップという役柄を手に入れることができますよ。」
敵の諜報員に話しかけて直接スカウトするなど、やはりこの村はよほどの人材不足だと彼女は思う。戦力的には竜がいるから問題ないかもしれないが、諜報スキルなど特殊技能を持った人材などそうはいない。
そんな特殊スキルを持つ人物がいたら、それは敵だろうとスカウトするのはある程度は理解はできる。
それに、セレスティーナのいうことも事実ではある。差別される立場の竜人の諜報員など、帝国からしてみたらただの使い捨ての道具。
運よく生還して帰ってこれたら再利用といわんばかりに再び危険な場所に行かされるだけである。こちらが死んだところで、帝国は何もしてくれはしないだろう。
それならば、まだ竜人を大事にしてくれて保護してくれるこの村で働いた方が遥かにマシである事は言うまでもない。
「ちなみに断ったら……?」
その彼女の疑問に、セレスティーナは再度にっこりと微笑んで答える。
「まあ、運悪く"事故"が起きるだけですが。他に質問はありますか?」
そのセレスティーナの言葉に、彼女はがっくりと肩を落として頷かざるを得なかった。
―――彼女がとぼとぼと肩を落として村へと帰っていくのを見ながら、それを見送っていたセレスティーナのさらに後ろから、人間形態のアーテルがすっと姿を現した。
あの程度の人間ならば、セレスティーナ程度でどうにかできると思ってはいたのだが、何となく気になってついてきてみただけの話である。
「……。妾よー知らんけど、敵の諜報員なんてこちらに引き入れて大丈夫なのか?
向こうの二重スパイ?とかあるのではないか?本当に大丈夫か?」
「まあ、確かに不安はありますが……。仕方ありません。ご主人様はその……こういう事は、ほんわかしてますので。」
「ほんわか。」
「ほんわかです。スパイの10人や20人ぐらいそりゃ入ってくるしええやろ、的な考えらしくて……。」
そのセレスティーナの言葉に、アーテルは流石に呆れた顔を見せる。
50人ほどの村に対して、スパイ20人とか明らかに多すぎてガバガバだろ……。と人間社会に疎い竜でもそう判断できる。
「まあ、別にいいけど……。で、実際にあやつが裏切ったらどうするつもりじゃ?あと村にも他にも変な奴とか色々紛れ込んでおる可能性もあるじゃろ?」
そのアーテルの言葉に、セレスティーナはにこやかに笑いながら答える。
「ご主人様に危害を与える可能性のある外道どもは"事故"に会っても仕方ありませんね♪なぁに、彼らの"幸運"を根こそぎ魔術で奪い取って"偶然""運悪く"死亡するだけですから♪」
彼女のその瞳は、完全に狂信者そのもののだった。思わずドン引きしながら、けれど、幸運など不確定でいつ死ぬかわからんじゃろ?というアーテルの顔に対して、セレスティーナはさらに笑みを深くしながら言葉を放つ。
「所で……私、魔物避けの結界も使えますが、逆に言えば魔物を呼び寄せる魔術も使えると思いませんか?運が無くなった所に魔物と鉢合わせになったら…どうなりますかね?」
「ヒェッ。(人間って怖……。近寄らんどこ……。)」
まあ、アーテルに対してもう遅いだろ、という突っ込みを入れてくれる存在はいないのだったが。
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