第22話 傷を癒すために湯治にいきます。
『湯治に!行くぞ!!』
唐突なアーテルの言葉にリュフトヒェンは思わず驚いた。主に驚いたのは、いきなり声を放ったことではなく、彼女の言葉の内容である。
『湯治!?というか温泉あるの!?近くに!?』
そう、近くに温泉があるなど彼は全く知らなかったのである。
元の魂が日本人である彼は、当然の事ながら温泉好きではあるが、近くに温泉などあるはずもない、と諦めていたのである。
(魔術で体を小さくして水浴び程度は行ってはいるが)
そんな彼が、近くに温泉があると聞いては、じっとはしていられない。
『うむ!妾の縄張りの中ではあるがな!!温泉は良いぞ!特にそこの温泉は地と水の精霊力が強めに付与されており、竜の生命力を活性化させてくれる。
特別にお主も同行させてやろう。まあ、人間はどうか知らんがな。』
お互いの傷自体は治癒魔術によって治っているが、それでも痛みばかりはどうしようもない。しかも古傷となって痛み出す事も十分に考えられる。
そういった状況になった時、人間の医者などにも頼れない彼らが頼りにするのは野生に存在する自然治癒力を活性化してくれる場所、つまり温泉に頼るのは必然である。
自然に湧き出た温泉に野生動物たちが傷の治療や何やらで入って、温泉が人間に発見されるという事例はよくある。
動物たちは本能で温泉が癒されると知っているのだ。
『ありがたやありがたや。我思わず拝んじゃう。』
『わーっははは!!妾を褒めろ!妾を称えよ!さすればそなたにも妾の慈悲をくれてやろうぞ!!』
彼女のご機嫌を取るためにアーテルを褒め称えるリュフトヒェン。
そこでさりげなく、他の人間たちも入れるか聞いてみる。
酸性や毒性が高くて他の人間たちが入れない、となると少し困ったことになるからだ。
『ん?人間?さぁ……?入ってる人間見たことがないから知らんが……。妾たちを癒すほどの生命力に溢れた湯じゃから人間が入るのは少しきついのでは?
まあ、水か何かで薄めれば十分入れるとは思うが。妾よー知らんけど。』
リュフトヒェンが温泉を重視しているのは、自分の癒しだけではない。
そこを人間たちや亜人たちが来れるようにすれば、その分儲けも出るし、人を集め、お金を集める事もできる。
だが、それより大事なのは、温泉から産出される成分である。
温泉の不溶性成分が析出・沈殿した湯の花と呼ばれる物質。
ここから取れる明礬(ミョウバン)は、硝石と共に加工すればより強力な火薬の原料である硝酸となる。
また温泉からは同じく火薬の原料である硫黄も産出されるので、これから先の事を見越せば必ず手に入れたい場所である。
(どの道、必ず必要となる肝心の硝石の調達を考えなくてはならないが)
そのため、人が近づける・入れるような温泉のほうが彼にとってはありがたいのである。
「ご主人様!お待ちください!私も参ります!!」
そう言いながら彼らの元に駆けつけてくるセレスティーナ。
その彼女の手には、恐らく何かの植物を乾かして作ったスポンジ状の物(多分ヘチマスポンジを同じような物)と手に白っぽい四角の物体が握られていた。
それを見て、リュフトヒェンは言葉を放つ。
『ってそれ石鹸じゃん。いつの間に作ってたの。』
石鹸自体は作り上げるのは簡単である。
野生で取ってきた動物の動物性脂肪のラードと木を焼いて作り上げた灰、そして塩を使う事で原始的な石鹸を作り上げることができる。
ただこれにはいい匂いはついていないので、香水……は手に入らないので、近くで取れたハーブを入れる事で匂いをつけているのである。
「やはり清潔は第一。汚れた体では伝染病や病気になる危険性が大きいです。
それに……私も女性、ご主人様の前で汚れた体で出るなど耐えられません!!」
『そ、そう。まあ、こちらとしてはありがたいけど……。(衛生的な意味で)』
伝染病などの対策は、やはり体や手足を綺麗にする事。それには石鹸が基本にして最大の武器になる。
特に公衆浴場などないこの辺境の森の中では、伝染病など起きたらひとたまりもなくアウトになってしまう。
それを防ぐためにも彼女が石鹸を作り出してくれるのは、こちらにとってもありがたい。
『ええい、何をうだうだしておるのじゃ。さっさと来ないと置いていくからな。』
そう言いながらアーテルは、翼を広げてさっさと飛び出していく。
彼女は置いていくと言ったら本気でおいていくだろう。慌てた二人はセレスティーナが石鹸などを空間の歪みに放り込んで、さっそく背中にしがみついて、リュフトヒェンが飛行することによって彼女についていった。
―――そして、しばらく飛んでいった後で、アーテルの領域である温泉が湧きだす地域へとやってきた。
元々巨体(戦闘機サイズ)の竜が入れるだけあって、かなり大きな温泉であり湯の量も多量に湧き出している。
全く人間の手は加えられていない野生の荒々しさすら感じられるが、真横に竜が丸ごと入れるように大きな窪地ができており、その中にも多量の温泉が流れこんでいる。
天然温泉は硫化水素やガスが湧き出している危険な温泉などもあるが、どうやらここはそんなこともなく安全のようである。
念のため、セレスティーナも湯に手を浸してみたが、人間に対して有害な効果があるとかもないらしい。これなら遠慮なく入れるというものである。
「ふむ……。これなら私も入れそうですね。これでご主人様のお背中……。もとい全身を洗う事ができます。やる気が湧いてきますね!ああでも、この程度の石鹸の量ではご主人様のお体を流すことは……。」
確かに石鹸一個で戦闘機並みに大きさを持つリュフトヒェンを洗うのには無理がある。
だが、せっかくの彼女の好意を無駄にするのも気が引けるリュフトヒェンは、自らに小型化の竜語魔術をかけてみるが、これが成功してみるみるうちに彼は小さくなっていく。
そして、中型犬ほどの大きさになった所で魔術を中断する。
『これでよし。これならそちらの希望に添えるでしょ。』
その中型犬程度の大きさになったリュフトヒェンを見て、セレスティーナはキラキラと目を輝かす。なるほど。傍から見たら今の彼はペット的可愛さがあるのかもしれない。
「ご、ご主人様、その姿愛らしいです……。それではさっそく。」
そう言いながら、遠慮なくセレスティーナは服を脱ぎ始めた。まるで雪のように白い滑らかな肌。そして年齢にそぐわぬ豊かな胸、混血のため退化しつつあった背中の翼とお尻の尻尾も竜血の影響か大きくなりつつある。そして、魔力殺しの傷も完全に塞がっており、もうかさぶた代わりの鱗すら存在していない。それに思わず慌てたのはリュフトヒェンである。
「何って……。服を脱いでいるだけですが?服を着たまま温泉に入るわけにはいきませんし。」
そ、そうだった……。至極当然なその原理を忘れていた……。というか背中を流すという地点で気づくべきだっただろう。
てっきり幻覚魔術か何かで体を隠すかと思ったら別段そんな事はないらしい。
「いやだってこんな事で魔力を消費するのは無駄ですし……。魔力も貴重な資源。無駄使いはいけません。ただでさえ村周辺の何重もの結界維持で魔力消費もあるのですから。まあ、今はご主人様の竜血から発せられる魔力量増加によりその程度なら問題ないのですが!やはり純血はすごいですね!!」
そう言いながら、セレスティーナはがっちりとリュフトヒェンを抱きしめて、自分の胸でホールドする。
こ、これが噂に聞くおっぱいホールド!!と心の中で叫びながら思わずじたばたと暴れるリュフトヒェンだったが、小型化すると力もそれに比例するらしく、逃げられない。下手に暴れまわると角やら爪やらで彼女を傷つけてしまう可能性もあるが、それは本意ではない。渋々リュフトヒェンは抱きしめられながら大人しくする。
「ちょっと待ったァ!!」
その時、高らかに声が響き渡った。
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