第17話 プガチョフ・コブラ(偽)
アーテルはぴったりとリュフトヒェンの背後につきながら、最強最大の攻撃であるブレスを吐いて攻撃するために魔力を充電している。
ドラゴンブレス。
それはあらゆるドラゴンにおいて最強の攻撃である。
放つ吐息は様々ではあるが、どれも通常の竜語魔術による攻撃より遥かに威力が高い事は言うまでもない。
アーテルのドラゴンブレスは、炎竜などと異なり、自分自身の魔力を蓄えて口から放つ魔力投射なのだろうが、それでも威力がケタ違いなのは間違いない。
『んぐぉおおおお!!』
リュフトヒェンは、アーテルがブレスを放った瞬間を見計らって機体、もとい自らの体を思いっきり傾けてブレイクを行い、何とかギリギリでブレスの直撃は避けることができた。
だが当然それだけの強力な魔力投射を間近に受けてただで済むはずがない。
リュフトヒェンの腹部は、アーテルの強力な魔力投射の余波を受けて一直線に焼けただれる。鱗があれば防御もできたのだろうが、運悪く鱗がない、柔らかい腹部というのがまずかった。
『ぐぇーっ!!こなくそォ!!』
彼は腹部の痛覚を遮断する魔術に加え、回復魔術をかけて腹部の傷を癒しに入るが、当然、ただでさえ魔力消費が激しい所に余分な魔術行使のマルチタスクを行えば、攻撃、速度の面で精度が落ちる事は間違いない。
こうなったら、こちらも一か八かの賭けに出るしかない。この賭けに負ければ恐らく敗北は確実だろう。
『やりたくなかったけど……やるしかないか……。正直やれるかどうかすら分からないけど。行くぞッ!!』
余分な痛覚遮断や治癒魔術などを遮断して、リュフトヒェンはとっさに水平飛行のまま機首、もとい首を上に上げ、機体姿勢を急激にピックアップする。
そんな無茶な体勢をすればただではすまない。
猛烈な風圧がリュフトヒェンの腹部と背骨と首部に襲い掛かる。とっさに前方の円錐状の魔力障壁を半円形に変化させたが、それでも完全にカバーできるものではない。
プガチョフ・コブラ。
彼が行ったのはその不完全版である。
完全なプガチョフ・コブラは仰角が90度、つまり完全に機首が上を向く形になるが、流石に今の彼には無理だったらしい。60度の段階でも体中の骨がミシミシ悲鳴を上げているのがはっきり分かる。
『ぐぇええええっ!!折れる折れる折れる!!我の背中と首の骨が折れるぅうううううう!!っていうか傷がめちゃくちゃ痛てぇえええ!!』
ミシミシミシと彼の首と背中が嫌な音を立てる。
下手をすれば機体、というか彼の体自体が分解しかねない。おまけに腹部分はアーテルのブレスで傷を負っており、そこに猛烈な風圧がかかるのだから、当然凄まじい痛みが走る。もって数秒程度。しかも一回だけしかできないだろう。
実際のドッグファイトにおいては速度(正しくは運動エネルギー)が命。プガチョフ・コブラなど何の意味もない、というのが普通の考えである。
『な、なんじゃあの変態機動は!!変態か!貴様変態か!?』
だが、予想もしなかった全く見たこともない奇怪な機動を行ったリュフトヒェンを見て、アーテルは速度を緩めることも攻撃を仕掛ける事もできず、そのままリュフトヒェンの真上を飛び越えてしまう。
それを見て、リュフトヒェンは瞬時に機動を水平飛行へと戻し、防御結界も円錐状へと戻す。移動エネルギーを大きくロスしてしまったため、速度は落ちたが一瞬の隙をついてアーテルの後ろについたリュフトヒェンは、絶好の攻撃ポジションである。
ヴァルネラビリティ・コーンよりさらに相手にとって危険な領域。 半頂角30度、長さ800mの円錐状の空間。
すなわち、リーサルコーン(致命円錐)と呼ばれる空間である。
これを逃したら、もう後はないと判断したリュフトヒェンは、自らの口に魔力を充電させる。
相手がドラゴンブレスを放つのなら、こちらもドラゴンブレスを放つしかない。
風を司るエンシェントドラゴンロードであるティフォーネの息子である彼は、当然の事ながら風竜であり、その属性上雷撃と親しい。
つまり、彼のブレスは自然と雷撃のドラゴンブレスになるのである。
バチバチと大気が帯電し、空間がプラズマ化する。口に収束された魔力が雷撃へと変換されているのである。
その威力は彼が普段放つ魔術による雷撃とは比べ物にならない。
十二分に魔力を充電させ、しっかりと狙いを定め、彼は己の吐息、トラゴンブレスをアーテルの背中へと叩き込む。
威力が減衰しないように、周囲をプラズマで覆った彼の渾身の一撃の雷撃のブレスは今までの彼の攻撃の威力とは比べ物にならない。
まさしく神の怒りと言わんばかりに大気を引き裂きながら射出された雷は、アーテルの背中に命中し、鱗を蒸発させ、肉体に深い穴を開けるほどの大ダメージをアーテルに与える。
『ぐぁあああああ!!』
大ダメージを食らった上に、雷撃の余波によって全身に痺れが走っているアーテルは、何とかそのまま下の森へと不時着体勢に入る。
浮遊魔術を使いつつも何とか森へと不時着したアーテルは、ぜひゅーぜひゅーと荒い息の中、何とか自分自身に治癒魔術をかけるが、痛みでまともに集中できないため、その治癒は微々たる物である。
そして、その半死半生のアーテルの前に、ゆっくりと地上に舞い降りるリュフトヒェンの姿があった。
『クソが……。妾の敗北じゃ。まさかあのクソ女ではなくて、その息子に完全敗北するとはのぅ……。竜にとって強さこそ正義。勝った貴様こそが正義なのじゃ。
さあ、とっとと介錯するがいい。この首を刈り取って帰るがいい。』
その息絶え絶えなアーテルに対して、リュフトヒェンは手を向けると、彼女に向って治癒魔術をかける。
その治癒魔術の力によって、アーテルの背中の穴はみるみるうちに修復され、治癒されていく。その予想外の行動にアーテルは屈辱に顔を歪ませる。
『な、何をする気じゃ貴様!妾に屈辱を与える気か!倒された上に傷まで治されるとは屈辱の極み!くっ殺せ!!』
いきなりのくっころにまるで女騎士みたいだぁ……ドラゴンなのに、とリュフトヒェンは思いながらも、自らの傷に対しても自分で治癒魔術をかけて傷を回復させながら、リュフトヒェンは彼女に向って言葉を放つ。
『我には、貴女が必要だ。アーテル。勝者は正義なのなら、我のいうことに従え。
我は、貴女が欲しい。』
『な―――!!』
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