第13話 音の壁を突破せよ。

 何とかあの空域から離脱したリュフトヒェンは、自分の拠点地である山へと帰り着いていた。結局一度も直撃を食らわずに無事帰還できたのは運がいいとしか言いようがない。実際に命を狙われるなどという緊張感に、へろへろになった彼は自分の洞窟へと帰ってくると、そのまま疲労に深い眠りにつく。

 そして、眠りから目覚めて疲労も回復した後で、このままではいけない、という考えに至る。


『あの状態だと、いつこちらに襲い掛かってきても不思議じゃないからな……。

 ともあれ、何らかの対抗する手段を考えないといかん。

 やっぱり、彼女に相談するべきか……。』


 やはりここはセレスティーナに相談すべきだろう。彼女ならば新しいアイデアや、リュフトヒェンが思いついたアイデアを実用化させる魔術を思いつくかもしれない。


「ご主人様!大丈夫ですか!お怪我などはありませんか!」


『うん大丈夫大丈夫。怪我もないし。それより、やっぱり北のダークドラゴンはこちらに対して敵対的で多分力も向こうの方が上だ。そのために何らかかの対抗策を考えなくちゃいけない。そこで、提案があるんだけど、魔術でこういうことは可能かな?』


 リュフトヒェンは一度洞窟から外に出ると、自分の爪でガリガリと絵図を書いて自分の考えをセレスティーナに説明する。

 顎に手をつけてリュフトヒェンの説明をふむふむ、と聞いていた彼女は、それを聞き終わって大きく頷く。


「……はい。確かにこの魔術式なら編み出す事が可能です。ご主人様の竜語魔術ならば、ご主人様の魔力に耐えうる魔術を作り出す事もできるでしょう。

 私が基本的な魔術式を作り出すので、ご主人様がそれをコピーして竜語魔術で展開していただければ問題ないかと。

 ただ、これはあくまで理論上なので、実際に飛んでみないと何らかの不具合か出るかもしれません。」


『了解。試しに飛んでみよう。試験飛行の際は皆の周りに防御結界を張っておいて。どうなるかわからないから。』


 その後、リュフトヒェンはセレスティーナが作り出した術式をコピーして、竜語魔術で展開できるように調整する。

 元々、人間が使う古代語魔術と竜が使用する竜語魔術では規格自体が違うので、調整には大分苦労したが、何とかコピー自体はできたが実際にどうなるかは試験飛行を行ってみなければ分からない。


 透き通るような晴れ渡った青空。試運転には絶好のコンディションである。

雲海を飛行するのもいいが、やはりこう言った青空を飛行するのはたまらないものがる。リュフトヒェンは高度500mほどの高さにまで上昇すると、魔術式を展開する。


『よし、行くぞー。仮想魔術式エンジン展開。前方に仮想魔術障壁展開。』


 その彼の竜語魔術と共に、彼の後足上部に目には見えない魔術式で組み上げられた仮想エンジンが展開される。

 ジェットエンジンなどとは異なり、燃焼させて推進するのではなく、魔力をそのまま推進力へと変換して後方へと噴出する術式である。

 別段燃焼などは必要なく、魔力をそのまま推進力へと変化させているだけなので竜としては何も問題はない。


 さらにそれと同時に、前方に円錐状の魔術障壁を展開する。

 これは激しい風圧から顔を守るためと、音速を突破するための防護壁のためである。これならば、音の壁に対しても十分自分自身の身は守れるはずである。……理論的には。


 魔術展開を行ったリュフトヒェンは、そのまま仮想エンジンに自分の魔力を充填させる。仮想エンジンはその魔力を後方への噴流(ジェット)へと変換させ、猛烈な推進力を生み出す。

 要はこの仮想エンジンは、竜の魔力を後方への噴流へと変換する変換機である。

 その推進力は、戦闘機のジェットエンジンにも勝るとも劣らない。その激しい噴流の反作用による推進力により、一気に彼の飛行速度は加速する。


 それは、翼を使った推進力とは比べ物にならないほどの猛烈な速度である。

 それと同時に、前方に展開した円錐状の魔術障壁がミシミシと音を上げる。ここで下手に翼を使っては翼自体がへし折れるかもしれないと感じるほどの風圧である。

 この状況では下手に翼や首を曲げずに、ピン、と首や翼を伸ばしたままの飛行の方が却って安全であると、彼は悟ったのだ。


 さらに彼は仮想エンジンに魔力を装填させ、噴流を生み出してさらに加速を行う。実感としては速度を増せば増すほどぐんぐん魔力が吸い取られている感じである。

 無論、エンシェントドラゴンロードの直系である彼は膨大な魔力を秘めており、その程度ではどうこうはならないのだが、これが長時間続けばやはりきつくなる事は明らかだ。この仮想エンジンは内燃機関ではなく、あくまで魔力の変換機であるため、魔力が尽きれば必然的に墜落する事になる。術式を改良して変換効率を向上させ、燃費を良くさせる事はやはり必要だろう。



 早く飛べば飛ぶほど空気抵抗も激しい物となり、まるで空気が壁のように立ちふさがる。消費する魔力も激しさを増し、前方の魔力障壁もミシミシと悲鳴を上げる。

まるで分厚い壁が邪魔をしており、円錐状の魔力障壁がそれを無理矢理掘り進めているような感覚だ。

これは音速に近づけば近づくほど飛行が困難になる、いわゆる音の壁である。

だが、ここまでくれば音速を超える事まであと少しである。

彼は、前方の魔力障壁にさらなる魔力を充填し、後方の仮想エンジンにもさらなる魔力を注ぎ込む。

 そして、その圧力が限界に達した瞬間、何か突き抜ける感覚と共に一気に魔力障壁の抵抗がなくなり、凄まじい音と共に衝撃波が発生し、一気に今までの圧力がなくなって軽くなる。


 つまり、彼は音の壁を越え、音速に到達したという事なのだ。

 円錐状の水蒸気、ベイパーコーンをまき散らしながら、彼は音速を超えた速度で青空を切り裂きながら飛翔する。

高高度での飛行のため、音速突破の際に放たれたソニックウェーブは地上にまでは被害は及ぼさないだろう。


 この速度になると、下手に体を曲げるとその部分がへし折れてしまう可能性もある。そのため、戦闘機のように体自体を傾ける事によって方向転換を行うしかない。


 しばらく超音速での水平飛行を行った後で、体を傾けて左右の転換、そして急上昇や急下降などを行う事によって、超音速での飛行に支障がないか確認する。


しばらく飛行して確認した後で問題がない、と、確信した彼はそのまま進路を帰還する方面へと向ける。

これでダークドラゴンに対抗する大きな第一歩になるはずである。

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