第8話 土地を耕しても穀物の種がなければどうしようもない。

「ふむ……。ここなどいい土地ですね。開拓すればいい作物が生えると思います。」


 リュフトヒェンは、混血の元農家という人間を村(予定地)の周辺に派遣して、いい畑になりそうな場所を探していた。

 一応は村(予定地)の周辺に畑予定地は作成したが、やはりここは専門家の意見を聞いて最適な場所を選んだ方がいい、との判断である。

 確かに知識としては、水はけのよい栄養が肥沃なノーム層が農業に最適だということは理解しているが、実際に見つけるとなると話は別である。

 彼に良さそうな土地を探してもらい、そこを開拓した方が効率的なのでは?という事で村予定地の土地を色々見て回ってもらっているのだ。


 地脈を操作してバランスの取れた豊かな土地を作り出すことは、徹底的に母親であるティフォーネによって教育されたので、その地脈の影響によって豊潤な栄養を含んだ土地が大辺境には大量に存在しているのである。


「しかし竜様。どんなに畑を耕しても肝心の穀物の種がないとどうしようもないですぜ?他にも鍬やら大鎌やら何やら農業をするためには、それなりの道具がないと……。」


『ううむ……。そうなんだよなぁ……。やっぱり人里からその辺を調達してこないとなぁ……。』


 そう、いかに畑を耕しても肝心の穀物の種がなくてはどうしようもない。やはり一番効率のいいのは、すでに人間社会で植えられている様々な穀物の種を手に入れて植える事だが、事実上孤立している彼らには、その種を手に入れる手段がないのである。


「それにしても農業を自分から率先して行う竜がいるとは驚きましたわ……。

 今まで竜はこういった事には無関心とばかり。」


『そ、それはまあね。君たちの食べる物がないと困るでしょ?

 いつまでも肉ばかり食べている訳にもいかないし、安定した食料がないと、人間たちは生きていけないからね。』


 さすが竜様ですね!というその男性の声を聴きつつも、リュフトヒェンは何とかそれをごまかししつつ、村予定地へと戻っていった。

 そして、村予定地の周囲を魔物除けや人払いの結界などを構築したり、水脈を探知して井戸を掘る場所を探していたセレスティーナに話しかける。


「ええと、水探知で水源を探し出して、作り出した井戸に水浄化の魔術付与と……。

 こうしておけば安全な水が飲めるでしょう。まあ、井戸を掘らなければいけないのですが。後は魔物除けの結界に人除けの結界に、警報用の結界と……。」


『ああ、忙しいところごめんね。ちょっと聞きたいことがあるけどいい?』


「はい!ご主人様♡何なりとお申し付けください。」


 名前を呼ばれた瞬間、セレスティーナはぱぁっとした華の咲くような笑顔でリュフトヒェンに駆けつける。

 自分が言うのも何だけどチョロすぎないこの子、大丈夫?と思いつつも、リュフトヒェンは、セレスティーナに対して相談を行う。それを聞いて、セレスティーナはふむふむ、と頷く。


「近くの村……ですか。そこに鍬やら作物の種やら手に入れるために交渉する、と。

 確かにそれしか手はなさそうですが……。」


 確かに大辺境外周部には、人間たちが作り出した村は存在している。

 だが、大辺境内部からやってきた明らかに不審な人間たちに対して、余所者に厳しい村人たちが種だの鍬などすんなり売ってくれるというのは疑問がある。

 しかし、まともな鉄も手に入れられない現状、それしか手がないのも事実である。


『それに、畑を作って作物を植えた所で、すぐすんなり行くとは限らないでしょ?

 確か、上手くいくのに数年はかかるんじゃないかな。

 肉だけじゃ君たちの体もおかしくなるしね。

 そのためには、やっぱり穀物を作らなきゃいけないし、そのためには種や鍬や鋤が必要になってくる。君にはその獲得をお願いしたい。』


 大辺境内部でリュフトヒェンが有している縄張りは非常に大きく、竜が食糧庫として賄えるほど非常に獲物も豊富で肉には困らない。

 10人ぐらい食い扶持が増えた所で十分に食っていけるだけの食糧はとれるだろう。

 だが、もし獲物が取れなかった時にたちまち食料不足になるのには目に見えている。そのため、長期的な事を考えればやはり畑、作物を作るのは最重要の課題だといえる。


「分かりました。近くの村に行ってまずは穀物の種と鍬や鋤を獲得しろという事ですね。できれば食料の穀物を手にいれろ、と。まあ、やはり村人たちからしてみたら大辺境から来て、そんな物を買うなど不信の目で見られますが仕方ありませんね……。」


『しかし、人類未到達の秘境からいきなり金銀財宝を抱えて現れて、種やら鍬やらと交換してほしいって人間、どこからどう見ても都市伝説になるだろうなぁ……。』


 ぽりぽり、と自分の頬を爪で掻きながら、リュフトヒェンは思わず愚痴った。

 大辺境はその名の通り人類未踏と言っても過言ではない竜の支配する土地。

 そこからやってきて、鍬など何だの購入する人間がいれば、間違いなく怪しすぎて噂になるし、その噂は風のように周囲に広まっていくに違いない。


「はい、人のうわさが広まるのは早いもの。その村から帝国に噂が広まる事は避けられません。」


『とはいうものの仕方ない……。こちらにとって必要だからな。

 口止め料も兼ねて少し多めに払っておくか……。こんなんでどう?』


 そう言った後で彼は一端自分の根拠地である山に戻り、手元にあった財宝のごく一部、宝石や銀細工など数個を彼女の目の前に出す。

 それに慌てたのは、むしろセレスティーナの方だった。目利きには素人の彼女でもそれが高価な代物である事は明白である。

 こんな辺境の村でこんなものを出せば、返って噂になって目の色を変えた民衆が何か妙な事を企む可能性がある。


「ご、ご主人様!こんなに払ったらむしろ返って冒険者やら何やらを引き寄せてしまいます!あいつら金の匂いにはめちゃ敏感ですから!ここは私にお任せを!!」


 その後、セレスティーナと相談した後で、金塊の一部を削って砂金として村へと代価として支払う事になった。

 宝石と異なり、砂金ならば彼ら農民たちにとっても宝石よりは換金しやすくありがたいのではないか、という考えである。適当に自分の爪で金塊を削り、それなりの砂金を作った後で、それをセレスティーナに手渡す。


『うん、最悪穀物の種だけ手に入れてくれたらそれでいいから。

 言っておくけど、争うとか揉めるとか絶対ダメ。ここで彼らの心情を悪くしてもこちらにメリットないから。』


「そうですね。ご主人様の御威光を周辺の愚民どもにも知らしめる必要はあるとは思いますが、それは力をつけてからも十分と。分かりました。その役目お引き受けしましょう。」


 ふ、不安だ。不安すぎる。竜血を受けて以来の彼女は熱狂的にこちらを慕ってくる傾向にあるが、それが暴走する危険性もある。

 念のためにもう一人つけて暴走を防ごう、と決意した彼であった。

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