第2話 我まだ赤ちゃんぞ!?バブってオギャりたい!
ともあれ、いつまでも呆然としている訳にはいかない。
もはや強大な力を誇る母から離れた彼は、何の庇護も存在しない弱肉強食の自然界へと放り出されてしまったのである。
(とりあえず……まずは生き延びるための方策を考えないといかん。
後のことはそれから考えよう。)
そう考えつつも、彼はティフォーネが作成した洞窟内部へと戻っていく。
この洞窟は、山一つを掘りぬいてティフォーネが作り出した彼女の根拠地とも言える場所である。そこはただの住処というよりも、山岳基地と言った方がいいほどである。周囲には竜語魔術による何重もの結界が張り廻られ、中級程度の怪物など周囲に近寄る事すらできない。
これは彼にとっては非常にありがたい事だった。
いかに竜といえど、寝ている所を多数でかかられては苦戦する可能性や倒される可能性は十二分にあり得る。
それを考慮せずにゆっくり休息できる根拠地があるという事は、何よりも大事なことである。
『とりあえず、真っ先に岩塩の場所を探し出して炎系の魔術とか覚えておいてよかった……。生肉オンリーとかただ焼いただけの肉とかきついっちゅうねん……。』
元々、肉食である竜は生肉も平気で食べる。生きている獲物も平気で食べる竜も多い。だが、元が人間である彼にとって、生肉を平気で食べるのは敷居が高かった。
そのため、彼は真っ先に火炎系魔術を覚え、そしてそれに味をつけるために何とか岩塩を見つけ出していたのである。
『ふふふ。もう火炎系魔術(弱)のプロフェッショナルですよ我。
肉を焼くのなら任せておけ。ステーキ屋でも開いてみせらぁ。』
母親であるティフィーネからしてみれば、いちいち食事の際に肉を焼くとは偏食な子だなぁ、とは思っていたらしいが、いちいちそれを矯正しない方向でいてくれたのはありがたい。
ティフォーネがおいていった保存魔術のかけられた肉を魔術による炎であぶって、岩塩をパラパラとかけて彼は貪り食らう。
何をするにも、まずは食べなければならない。食べて活力を充実させなければならないのは、人も竜も同じである。
とりあえず保存された肉を貪り食って活力を得たリュフトヒェンは、まずは現状の状況の把握へと移る。
(有り体に言って……今、我めっちゃピンチだよね?危険が危ないよね?)
エンシェントドラゴンの庇護から離れた彼は、全て自分の力で何とかしなければならない。確かにエンシェントドラゴンの血を引く竜ではあるが、彼はまだ力が十分発揮できないレッサードラゴンである。
そんな彼には、人間の熟練の冒険者やら中級以上のモンスターやら、同じ強い竜族やら敵は四方八方わんさか存在する。
彼らにとっては「竜だから」という理由はアドバンテージにはならない。
それ以上に強い怪物じみた存在である。ティフォーネがいなくなった以上、広大な縄張りを切り取るためにそんな怪物どもが自分の縄張りにわんさか押し寄せてくる可能性は高い。
(い、嫌だ!退治されたくない!退治されたくなーい!!
ワイは生き残りたいんや!生き残ってまったり生きたいだけなんや!!)
まず考えなくてはないのは、どうやれば退治されずに生き延びる事ができるかどうか、という事である。
・案1、絶対的な力を持って冒険者たちを全て粉砕して、畏怖と敬意を持たせる。
それができれば!苦労はないっちゅうねん!!
エンシェントドラゴンの息子とは言え、まだ生まれたばかりの子竜にそんな圧倒的な力なんてあるはずがない。
実力もないのにイキったら叩き潰されるのが世の常、という奴である。
・案2、全力で人間社会に食い込んで社会的立場を得る。
これや!力のない存在が生き残るにはこれしかない!!
いかに人間と異なる存在と言えど、社会的立場を得た存在はそうそう退治される事はない。
(暗殺の事はこの際おいておく、というかそこまで偉くなったら考える)
『と、なれば……。やっぱり人間社会に食い込むしかないか……。
人間たちを保護して、独自の村やら何やらを作り上げて、人間たちと共存できる竜アピールをする。うん、これでいこう。』
そう呟くとリュフトヒェンは一つ頷く。「僕悪い竜じゃないよ。ぷるぷる。」というアピールをしつつ、人間たちと共存できる良い竜アピールをして人間社会に食い込む。
こうすれば、冒険者たちもそうそう退治にはこなくなるはずである。
元は人間だった彼は、人間がいかに悪辣で種族としては極めて強靭な生物である事は知り抜いている。
そんな種族相手に正面切って戦うのは愚か物のやる事である。
竜としてのプライドなど、犬にでも食わせておけばいいのだ。
『よし、やっぱり国だな。国を作ろう。我が平穏に穏やかに暮らせる国を作ってそこで穏やかに暮らすんや。』
やはり、今のままの生活では、人間としての知識を持っている彼にとってはきついし大変だ。竜の肉体があるから何とかなってはいるが、健康で文化的な生活を送りたいのはやはり本音である。
それに人間社会に食い込む最終段階である自分の国を作り出せば、冒険者から命を狙われる事はそうそうないはずである。
(国を作ったら権力闘争などで狙われるかもしれないが、それはそれである。)
そして、さらに彼にとって頭が痛い問題がもう一つある。
それは、洞窟内に残された多数の金銀財宝、宝石類の類である。
これは、ティフォーネが長い年月かけて貯めこんだ竜の財宝のごく一部である。
財宝の大半は彼女が回収していったが、可愛い息子の一人立ちのために多少残していってくれたらしい。だが、彼にとっては有難迷惑以外の何物でもなかった。
(そもそも!財宝とか残されても迷惑なんじゃああああ!!
換金できない財宝とか何の役にも立たへんやないけ!!)
『というか……。ママンもくっそ役に立たない金銀財宝とか置いていかないでもっと役に立つ物を置いていってほしいよなぁ……。生後数年で放置とか育児放棄だよなぁこれ。赤ちゃんぞ?我赤ちゃんぞ?』
本当にこの状況では食べられもしない山のような金銀財宝など何の役にも立たない。
彼の母親である竜はエンシェントドラゴンであり、長年に渡って極めて多量の財宝を集めていた。
(無理矢理)独り立ちさせる際のその一部をこちらに分け与えたのだが、こちらとしては正直有難迷惑である。
そもそも、竜が財宝を集めるのは、カラスがキラキラした物のを集めるのとほぼ同じである。つまりは愛でるだけであり、実生活においては何の役にも立たない。
当然の事ながら、人類社会と全く無縁の彼に財宝を換金して金に換える事など不可能である。竜が財宝を集めるのはカラスと同じで「キラキラしていて綺麗だから」という事に他ならない。それ以外には、全く財宝は役には立たない。
確かに彼も竜の本能としてそういう価値観はあるが、それよりも今生き残るための方が遥かに重要である。
『換金できればいいんだけど、その人材とかいないとマジでただの置物なんだよなぁ……。役にも立たない物を集めるとか竜族って本当なんなん……?と思うけど、まぁそれは置いておこう。ともあれ、自分の縄張りをぽーんと置いていってくれたのは有難いよなぁ。さすエン。』
竜族とは極めて大食いである。(エンシェント級にまで至ればそうでもないが)
その巨大な体躯を維持するためには、当然それ相応の食事量を必要とする。
そして、人間たちと異なり、家畜や作物を育てるという概念がない彼らは、非常に広大な縄張りを必要とし、腹が減ったら縄張りから獲物を見つけて食事を取るという事を行っている。
元人間からしてみたら非効率的ではあるが、狩猟民族も似たような事はしていたし、そこはまぁいい。
ともあれ、竜にとって自分の縄張りはまさしく自分の食糧調達場であり生命線であるのである。
(ともあれ、衣はさておいて、食と住は何とかなる。
住処はママンが残しておいてくれたこの洞窟を使えばいいし、食はやたらめったら広い狩場から適当にイノシシやら何やら狩り出して焼いて食べればいい。)
(問題は……他の竜たちと人間の冒険者だ。
特に今の自分なんて、他の竜より遥かに弱いのに比べて、財宝をそれなりにもっている。冒険者からすれば絶好の鴨以外の何物でもない。自分が冒険者でも絶対に狙うわ。)
その彼の心配は当然といえるだろう。今の彼はエルダー級ですらない、ただの生まれたばかりと言ってもいいレッサードラゴンである。
しかも、母が残してくれた財宝を持っている今の彼は、人間の冒険者にとってはいいカモである。
弱いくせに財宝を持っているなど、冒険者からしてみればまさにボーナスステージである。
彼らに見つからないうちに、何らかの手を打たなくてはならない。
だが、比較的(竜にしては)恵まれている環境ではあるが、思わず彼は心の中でぼやいてしまう。
(何で生まれて数年でこんな事考えなくちゃいけないんだ……!
我生まれたばかりぞ!?赤ん坊ぞ!?バブってオギャってまったり暮らすのが普通だろ!?バブってオギャって平穏に暮らしてぇえええ!我赤ん坊なんだからそれくらいの権利あるだろ!!バブバブ!!)
その彼の心の叫びは、誰にも聞き取られずに消えていった。
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