真夜中

にーりあ

真夜中

煙の中に兄は入ってきて

私を抱えると外へ飛び出した。


ここで待っているようにと、決してここから動かないようにと。

私にきつく言い残して兄はまた煙の中へと戻っていった。


真夜中の空に散らばる星々の明かりが冷たい。

建物から外へあふれる煙の黒さが記憶に染み付いた。


程なくして建物の中から

兄が妹の名を呼べと叫んだ。


二度、三度、私の名を兄は叫んで、私はそこで

ようやく妹の名を呼んだ。


一回、二回、三回

壊れた人形の様に何度も何度も大きな声で

妹の名を叫んだ。


煙の中から妹が

よたよたと、無表情で出てきて

目が合うと、私の方へ一生懸命走りだした。


私はその様子をきょとんとしたまま見つめていて

妹が転びそうになって自分の胸に飛び込んできた時

そのお重さで後ろに尻餅をついたが

妹をしっかりと抱きしめていた。


必死に、離すまいと、これ以上無いくらい一生懸命抱きしめていた。


その後はただただ、もくもくと黒い煙を吐き出す建物を見つめていた。


煙の中に入った兄が出てくるのを見逃すまいと

妹が泣きわめくのもかまわず

絶対に見逃すまいと、ただ吐き出される黒い煙の奥だけを見つめていた。




◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆




晩御飯を作ろうと思った。

フライパンをコンロに乗せて火をつけて油を引いた。


妹はテレビを見ながら両手を縦にバタバタと振って

笑いながら意味のわからない声を発していた。


冷蔵庫から卵を二つ出した。

食器棚からボウルを出して

卵を二つ割った。


焦げ臭い匂いがした。フライパンからは煙が上がっていた。

両手でボウルを持って踏み台に乗ってフライパンに卵を注ぎこもうとすると

フライパン一面に火がついた。


私はそれを消そうと思って洗い場にフライパンを放り

蛇口をひねった。


そうすると、消えると思っていたフライパンの火が

私の想像を超えて天井高くまで燃え上がり

天井が燃えだした。


天井の火はどう消せばいいのかわからない。

フライパンからはもうもうと見通せない程の煙が物凄い勢いで噴き出してきて、私はその場で尻もちをついた。


そうして私は、天井が燃えていく様を一杯になった心のままただ見つめていた。

どうすればいいか分からなく何をすればいいか知恵も出ない。


込み上げてくる胸の一杯さに任せて

目からは涙が溢れてきて

心は恐怖に凍りついた。


いつの間にか私を抱え上げていた兄が、私を真夜中へと放り出して。

その時から

私の終わらない真夜中が始まった。



誰か兄を探してくれませんか。伝えたいことがあるんです。

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