【KAC202210】真夜中までの鬼ごっこ

タカナシ

「逃げる吸血鬼。追うシスター。舞う聖書」

「くそっ! こんなことになるだなんて。いったい誰を恨めばいいんだっ!」


 僕、荘氏しょうしシンヤは魂の叫びをあげながら、夕方の街を疾走していた。


 そうなった責任の一端は、世界各地にダンジョンと呼ばれたものが出現してからだ。

 そのダンジョンから、よく異世界ファンタジーなどで見るようなモンスターが溢れ出し、人々を襲い始めた。

 それだけなら問題はなかったんだ。こう見えて僕は青瓢箪みたいだけど、強いんだ。

 だけど、問題はそのモンスターの中に吸血鬼もいたってことだ。


 やつらがどんどん人を襲うし、しかも強いしで、かなりイメージが悪くなっている。

 その結果、こうして現在、生粋の日本生まれの吸血鬼の僕がエクソシストに追われている訳だ。


「このっ、吸血鬼待ちなさいっ!!」


 僕の背後からはこっちが鬼じゃないのかという形相で追いかけて来るシスター姿の女性。

 平時なら美人なシスターとして人気がありそうだけど、今の状況ではただただ恐ろしい人物にしかならない。


「僕を追いかける暇があるなら、ダンジョンからの吸血鬼を退治しろよっ!!」


「貴様らと区別つかないでしょっ!!」


「お前っ! 本気で言ってるのか!? ダンジョン産はもうズバリ、吸血鬼って格好じゃねぇかっ!! 現代にマント羽織ってる吸血鬼なんていねぇわっ!!」


「心の目でみたら、全部一緒よっ!!」


 いやいや、心の目で見れるんならよぉ、それこそ、ダンジョン産と日本産くらい分けて見てくれよ。肉眼でも分かるのに心の目だと分からないとかポンコツすぎるだろ!


「そもそも、ダンジョンの吸血鬼はともかく、僕らは特に問題ないでしょ。人だって襲ってないし、精々病院に忍び込んで、輸血パック盗むくらいじゃん!」


「ダンジョンのせいで怪我人が多いのよ。輸血が出来なくて死ぬ人もいるっ! つまり貴様らは悪よっ!!」


「そもそも怪我させる方が悪だろっ!! そっち行けよっ!!」


「うるさいっ! それに貴様らは人間に紛れて仕事しているでしょっ!!」


「……ん? それ、別にいいじゃんっ!! むしろ働いてないのに金貰っている人の方が市民の血税を貪っている吸血鬼だろ」


「うまい事言ってんじゃねぇわよっ!」


 うわっ! あのシスター何か投げて来た。

 すんでのところで避け、落ちたそれを見ると、聖書だった。


「罰当たりなっ!!」


「ただの本よっ! 本当に罰があるなら先に貴様らに落ちていブフォッ――」


 あっ、聖書を踏んで盛大に転んだ。罰が当たったな。


「くっ。よくもやってくれたな吸血鬼め。だが、これくらいじゃワタシは倒せないっ!」


「いや、完全に自業自得なんだが。というか、ほんと、日中に襲うのやめてくれ。僕、吸血鬼の中でも特別で真夜中にならないと十全に力を行使できないんだよね。それ以外は至って普通の人だから」


「ふざけんなっ! さっきからボルトばりの走りで逃げ続けてるでしょっ! 人間の最高峰クラスよっ!」


「吸血鬼からしたら、ボルトくらい普通の人だろ?」


 気が付くと、シスターはすでにぜぇぜぇと肩で息をしている。

 一方僕のほうは、たぶん、このペースであと42.195kmくらいなら行けそうだ。

 その間に真夜中になってくれれば簡単に逃げられるだろう。


 だけど、油断は禁物だ。エクソシストの何が厄介かというと、集団戦術を取れることだ。実は追いかけているこの神父はブラフで本命が僕を狙っている可能性が高い。

 …………高い、はずなんだけど?


 周りにはそれらしき気配はない。

 少し本気を出して周りを伺っても気配はない。


「えっと、もしかして、シスターさん、ガチで独り?」


「それがどうした。貴様ごとき、ワタシ一人で充分よ」


「もしかして、性格に難があるから誰も協力してくれないとか? あっ、だからこっちなのか。人を襲わないし戦っても致死率低そうだから……」


「やめろっ! そんな哀れみの目で見るなっ!! くっ、この手は使いたくなかったけどワタシだってやればできるのだからね!!」


 シスターは不敵な笑みを浮かべ。


「きゃーっ!! この人、変態よっ!!」


 美人のシスターが頬を赤く染め、体を上気させながら言う言葉の威力は絶大であった。


「ちょっ、待て、お前。これ、捕まったら仕事なくなるじゃねぇかっ!!」


「貴様の体は無理でも、社会的になら殺せるわっ!!」


「卑怯すぎるっ!!」


 集まって来た勇気ある男どもにシスターはトドメのセリフを発する。


「ワタシ、すごく怖かったの。あ、あの人を捕まえてくれたら、ワタシ、惚れちゃうかも」


 その言葉に男たちは熱を上げ、僕に迫って来る。


「畜生っ!! いったい誰を恨めばいいんだよっ!!」


 独りなのに、集団戦術を取って来やがった!!


「このぼっちシスターがっ!!」


 なけなしの悪口を言い放ちながら、夜の闇へと駆け抜ける。


               ※


「ぜぇぜぇぜぇ、な、なんとか逃げ切った」


 時刻はすでに12時を周り、真夜中。

 これならば、力を存分に振るえる。


「とりあえず、復讐からだな」


 僕は蝙蝠となると、シスターのもとへと向かった。


 結果、コンビニで肉まんを買っているところを発見したのだが。


「すげー探した! なんで、この場面で修道服から着替えてんの正気なのかっ!」


 軽く1時間は探した。

 もう真夜中も終わっちゃうよ!!


「はっ!! 吸血鬼なぜここにっ!! さっき殺したはず」


 シリアスな雰囲気を出そうとするが、手に持つ肉まんと今年流行りのへそ出しルックの私服が邪魔をする。


「いや、死んだとしても社会的にだし、って、肉まん食うなっ!」


「バカなっ! 肉まんはあったかいうちに食べてこそだろ」


「その意見には同意するが、もう少しタイミングを選んでくれ。で、こっちは相当頭にきてるんだけど」


 手の骨をパキポキと鳴らしながらシスターとの距離を詰めると、そのとき、コンビニに明らかな吸血鬼が襲来する。


「今日はここを襲ってやろう!!」


 マントをはためかせ、異常に尖った犬歯を覗かせながら不気味な笑みを浮かべる。


「良しっ! 計画通りっ!! 吸血鬼には吸血鬼をぶつける作戦、成功よっ!!」


 肉まんを急いでほおばってからシスターが叫ぶ。

 そのセリフをしっかりと聞いた吸血鬼は、標的をコンビニからシスターと僕に変更したようだ。


「ふんっ。こっちの軟弱な吸血鬼に、なんの力もないシスターか。まずは貴様らから血祭にあげてやるわっ!!」


 空中から襲い掛かる吸血鬼。

 とっさに僕は拳を突き出す。


「ぐはぁ!! なっ、強い、だと……。くそ、ならばこっちだ!」


 今度はシスターに襲い掛かる。

 まぁ、本当に危なくなったら助けてあげよう。だけど、少しくらい怖い思いをするくらいいいよね。あそこまで僕を追い詰めたんだし。


 そう思っていると、


「おりゃっ!!」


 華麗なハイキックがダンジョン吸血鬼を捉えた。


「ぐへっ!! ば、バカなこっちも強いだとっ!!」


 えぇ、このシスター普通にも強いのっ!?

 僕は冷静に思い出すと、そういえば、ボルト並みのスピードに着いて来てたわこの子。そりゃあ健脚ですわ。


 その後、ダンジョン吸血鬼は、聖書の角でめった打ちにあう。

 聖なる力でダメージはすごいのだが、所詮、本の角、いつまで経っても致命傷にならない……。


「拷問かよっ!! いい加減、倒してやれよ!!」


 僕の言葉にシスターは眉をひそめ、


「ええ、なんてこと言うんですか!? これだから吸血鬼は怖いわ。人型を殺すなんて聖職者のワタシにはとても出来ないわよ」


「……して。……ころ……して」


「異形になり下がったものの末路みたいな呻き声をあげているんですけど!?」


「ワタシは自分の手は汚しませんっ!!」


「ゲスすぎる!! くっ、一応、ほんと、一応ね。同族っぽいから、そのよしみで、僕が慈悲を与えるよ」


 すっと手を一閃し、ダンジョン産の吸血鬼の首をはねた。


「な、なんてヒドイことをっ!!」


「その言葉はそっくりそのまま、返すよ!!」


 このシスター、精神がマジで怖いな。復讐とかやめて、一刻も早く立ち去ろう!

 このとき、僕は1つのミスに気付いた。

 それは、時刻はすでに2時を過ぎており、真夜中を過ぎていた事だった。


 疲れはあるものの、まだ走れるな。うん!


 くるりと180度回れ右をして、ダッシュ!!


「あっ!! 待ていっ! この吸血鬼っ!!」


 逃げる僕のすぐ脇を聖書が舞った。


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