第79話 友里とご飯だと!?
あれからというと、友里はまだ試着したいということだったので、もう少し付き合ってあげることにした。
最初に着た水着を第一候補に置きつつ、他にも店内にある可愛らしい水着を三つ試着。
俺からしたら全部似合うのだが、友里にとっては中々決められず、隣でずっと難しそうな顔をしていた。
結局、最初に着た水着が良いということになり、そのまま購入。そして友里の買い物が終わり、俺達は店を後にした。
「いや~、本当に涼ありがとうね! 付き合ってくれて!」
「別にいいよ。気にするなって。俺も楽しかったし」
スタイルが良く学年でもトップレベルの美少女の水着選びに付き合わされて、嫌な思いをする人などそうそういやしない。
「涼は夏休みにどこにも行かないんだっけ?」
「おう。昔は家族で一緒に旅行とか行ってたんだけどな……。妹の美智香は反抗期だし、俺も家族旅行に行きたいとはあんまり思わなくなったからね。適当に夏休みの宿題をやりつつ、時間を潰している」
「そっか~。でも涼! 近い日にとびっきりの思い出ができるから、楽しみにしているんだよ⁉」
「え? それどういう意味ですかね、友里」
何だ、今の言葉は?
もしかして、夏休みに俺を誘ってどこか遊びにでも行ってくれるのか?
いやー、そんなはずがない。
俺と行ったって楽しくないだろうし、そもそもそんな可能性すらないだろ。何を変に期待しているんだ。
「そのうち分かるから、今は内緒~!」
「そうか。じゃあ期待しておくよ」
さて、この辺でそろそろ別れるとしよう。
友里との買い物は楽しいけど、でも俺の目的はそれじゃない。しっかりとひなみを守ること。そしてストーカーを捕まえる、もしくは手がかりをつかむ。そのためにも、俺はすぐにでも戻らないと。
「よし、友里が買いたい物も買えたし、俺はそろそろここら辺で……」
と言いかけた時だった。
「ぐうぅぅぅぅ~~~~」
俺のお腹から、大変恥ずかしい音が大音量で流れてしまった。
あまりの音の大きさに、俺は恥ずかしくて顔が熱くなってしまった。
俺の腹の音を聞いた友里は、一瞬驚いた表情をした後、クスッと笑い出した。
「あはは! もしかして涼、お腹が空いちゃったのかな?」
俺が恥ずかしがっているのを分かっていながら、わざといじくっているな、友里。
ちくしょう。はっきりと聞かれてしまったから、言い逃れもできねぇ。
「お、おう……。ちょっとお腹が減ったな……」
「ちょっとどころじゃないでしょ~。すっごい音が聞こえたんだからね、ここから」
友里は指先で俺のお腹をツンツンと優しく指す。
「でも、私も人のこと言えないかな~。そろそろ昼食にしたいな~って思っていたし。時間もほら」
友里はそのままスマホの画面を俺に見せる。
画面はロック中となっていたが、それでも時間だけは表示されている。画面に映っている時刻は十二時を少し過ぎていた。
「もうこんな時間か。あっという間だな」
「そうだね~。あ! じゃあさ、涼」
「うん?」
「私と一緒にご飯でも食べに行かない? 付き合ってくれたお礼とかもしたいし!」
「……え? えぇぇぇぇぇ⁉」
◇◇◇◇
「せっかくだし、一緒にお昼ご飯を食べようよ! ね? じゃあこのまま飲食店が沢山ある四階に行っちゃおう!」
友里は俺の意見など聞きもせず、そまるで逃がさない様に俺の手を掴み、そのままエスカレーターの方へと歩き始める。
水着の次はご飯かよ! しかも俺の意見すら聞かずにすでに向かっているし!
早歩きになる友里に足並みを揃えつつ、俺は友里に言葉を飛ばす。
「おい友里、本当に行くのか⁉」
「もち! いや~、よくよく考えてみたら、涼と二人っきりでご飯を食べに行ったことないよね?」
「え、まあ確かに言われてみると、一緒にご飯を食べに行ったことはないな……」
「でしょ! じゃあお互いお腹も空いているし、このまま行っちゃおう!」
「い、いや、でも……」
このまま友里のペースに飲まれたら、また合流できる時間が遅れてしまう。
ひなみ達が今どうなっているのかも気になるし、こうしている間にもストーカーが……。
そう考えたら、呑気に昼ご飯を食べている場合じゃ!
俺は友里の誘いを断ろうと、勇気を持って言おうとしたのだが。
「それともさ……。涼は私と一緒にご飯を食べに行くの、嫌だ?」
さっきまでハイテンションだった友里が、急に不安そうな表情を浮かべながら、俺の目をジッと見つめる。
あれだけテンションが高かったのに、そんな顔をされても……。何か俺が申し訳ないことをしている気が。いや、実際しているのかもしれない。
しかし、こんなことを言われたらどう返せばいいんだ?
友里のことは嫌いじゃない。むしろ一緒にいて楽しいと思う。
だが今じゃない! さっきもそうだけど、本当にタイミングが悪すぎる!
ここはもうどうしたら……。ダメだ! 何も思いつかねぇ!
「い、いや。全然そんなことないよ!」
「本当? じゃあ一緒に行ってくれる? 私は涼と一緒にご飯が食べたい……」
ウルッとした瞳で俺を真っ直ぐ見つめる友里。そして手を掴む力を少しだけギュッと強める。
ああああああ! 何でそんな目で俺を見るんだ⁉ 心が……! これを断るなんて俺には……!
彼女のその仕草を目の当たりにした俺は、
「じゃ、じゃあ行くか……」
断ることができなかった。本当に情けないが、俺には無理だった。
友里の潤んだ瞳と、不安そうな表情を見ると、どうしても断ることができない。
友里はきっと俺のことを楽しませようと誘ってくれている。そのことを考えると、心が……。心が余計に苦しくなる……。
「本当? 迷惑じゃない?」
「お、おう……」
俺がそう言うと、潤んだ瞳の奥から、一気に光が溢れ出した。
「やった~! じゃあ二人っきりで食べに行こう! 二人っきりでね!」
やけに二人っきりという言葉を強調しながらも、再び可愛らしいウィンクを俺に飛ばす友里。
結局、俺はその後もお昼ご飯までも、ひなみ達と合流できず、友里と行動を共にした。
◇◇◇◇
「お待たせしました! こちら、チーズオムライスになります!」
「すっごい! 見て涼! これ超美味しそうじゃない!」
頼んだチーズオムライスが来ると、友里は目をキラキラ輝かせる。
「めっちゃ綺麗で美味しそうだな。インスタ映えしそうだね」
「だねだね! 写真撮っちゃおう!」
友里はスマホを取り出し、チーズオムライスをパシャパシャと何枚も撮り始める。
結局、俺は友里とその後も行動を共にすることにし、オムライス専門店に足を運んだ。
どうやら友里の行きつけのお店らしく、せっかくだし紹介したいということで、ここにした。
俺は普通のオムライスを頼み、友里はチーズオムライスを注文。お互いの料理が来たので、これから二人で一緒に食べるところだ。
「夏休みに入ってから全然来れなかったから、楽しみだな~」
「そんなに美味しいのか?」
「うん! ほら見て! これ、ネットの評判なんだけど、五点満点中の五点なんだよ! 凄くない⁉ 満点だよ満点!」
「確かに、そりゃすげぇな。満点は初めて見たよ」
「でしょでしょ! 本当に美味しいから、期待しててね!」
「おう」
俺の目の前にあるオムライスは、卵がトロトロで、そしてライスの甘い香りがツンと鼻腔を刺激する。見た目良し。匂い良し。これはもう美味しいに違いない。
「じゃあ食べようか」
「うん! あ、でもちょっと待って!」
俺はスプーンを持とうとした時だ。
友里が少し顔を赤くしながら、俺の方をジッと見つめる。
「あ、あのさ。せっかくだし、写真撮らない?」
「え? オムライスの写真ならさっき撮ってなかったか?」
「ううん。そっちじゃなくてさ」
友里は数秒間黙った後、こう言ってきた。
「ツーショットを撮らない?」
「え?」
ツーショットという単語を聞いた時、俺の頭には返す言葉がなかった。ツーショットってあれだよね、二人だけ写真を撮る、あれだよな……。
……え、それを俺とか⁉
「マジで言ってます、友里さん⁉」
「ほ、本気です……。だって、せっかく二人で来たんだし、思い出が欲しいから!」
少し声を荒げる友里を見て、冗談ではないことぐらい、容易に理解できた。
「涼は嫌じゃない?」
「ま、まあ俺はいいよ。じゃあ撮るか」
「うん! ほらほら涼、もっと私にくっついて!」
友里はスマホのインカメラを起動した後、上半身を俺の方にグッと寄せる。
距離の近さに思わず驚く俺だが、ここで照れて離れてしまうと画面に映らなくなってしまう。
恥ずかしさを感じながらも、お互いの肩が触れ合うぐらいの距離まで近づき、そのままピースをした。
今の俺、カッコよく笑えているのか?
若干不安に思いながら、俺はカメラの方向を見つめる。
そして、
「じゃあ撮るね。はいチ~ズ」
という友里の言葉の後、『カシャッ!』という小さな音がスマホから鳴る。
写真を撮り終えると、お互い元の姿勢に戻り、友里はスマホに保存された写真を確認する。
「おお~。いいね~。めっちゃ良く撮れているよ! 見てほら!」
「た、確かに俺にしては良い感じに写っている……」
「でしょでしょ! 私、普段から写真をいっぱい撮っているから、結構上手いんだよね~」
俺が写真を撮ると、目つきが悪いせいでだいたい暗い感じの雰囲気が出てしまう。酷い写り、というほどでもないが、正直人に見せられるような物じゃない。
だが、友里が撮ってくれた写真には、緊張しながらもニッコリと笑う俺の顔がしっかりと写っていた。
普段とは違って、ちょっと明るい雰囲気を感じる。これが俺なのか。友里のテクニック凄いな。
「じゃあ後でLINEの方に送っておくね!」
「ありがとう、友里」
「えへへ~。涼とのツーショットを手に入れてしまいましたね~」
友里はにっこり笑いながら、スプーンを手に取り、そのままチーズオムライスを口に運ぶ。
「やっば~! 久々に食べたけど、超美味しい~! 涼も早くオムライス食べないと! 温かいうちにほら!」
「うん、そうだな」
俺はフワフワの卵が乗っかっているオムライスをスプーンで一口取り、そのまま口に運んだ。味は期待していた通りだ。フワフワの卵からは甘い味がして、一方ライスの方からはケチャップの酸味が程よく味に出ていた。卵とライスが絶妙なバランスで交わり合い、一度食べたらもう止まらなかった。
一口、また一口とどんどんオムライスを運んでいく。
俺はオムライスを噛みながら、この後の行動について考える。
俺の予想だけど、このテンションだとお店を出た後も『涼~。次はゲーセンに行こうよ!』と友里が言い始めて、その流れに飲み込まれるだろうな。
このショッピングセンターの最上階にはゲームコーナーがあるから、間違いなく行く。
つまり、このままだと、またしてもひなみ達と合流することができない。
仕方ない……。下手に友里の誘いを断るのは俺の心が苦しくなるが、逆にこのまま離れているこの状況もよくはない。
俺がいない今、予定通りに古井さん達が動いているのか全く分からない。俺はスプーンを皿の上に静かに置き、席から立ち上がる。
「あれ、どうちたにょ、涼?」
モグモグと食べながら友里が不思議そうに俺を見つめる。
「ああ、悪い。ちょっとお手洗いに行きたくて。少し席を外すね」
「オッケ~!」
友里はそう言うと、そのままチーズオムライスをパクパクと口に運ぶ。
俺はそのままトイレに行くふりをして、友里に気づかれないように、忍び足で店内を出る。そして少し離れた場所に行き、そのままスマホから古井さんに電話をかける。
三コールもしないうちに、古井さんは電話に出てくれた。
「もしもし」
「あっ! 古井さん、俺だよ」
「分かっているわよ。通知画面を見ればすぐ分かる」
若干怒っている感じがスマホ越しから伝わる。いつもの古井さんよりも声が少し冷たい。
無理もないか。そりゃ計画が狂っちまったし。
「今はどこにいるのかしら? 私達はフードコートで昼食の時間にしているのだけど」
「俺達も今ご飯を食べているところ。友里の行きつけのお店で」
「ふぅーん。なるほど。で? ご飯を食べ終わった後、合流できそうかしら?」
「正直、難しいと思う。今の友里さ、結構テンションが高くて。多分だけど、店を出た後も、付き合わされると思う」
「分かったわ。まあ、友里ってグイグイ人を引っ張るタイプだからね。断りづらいのも何となく分かるわ」
「理解があって助かります、古井さん」
「でもこのままだと、友里のペースに飲まれて、何もできないわよ? どうするつもり?」
この質問はされるだろうと、予想はできていた。
何も無策で古井さんに電話した訳じゃない。俺にだって、案の一つぐらいあるんだ。
「これは一つの提案なんだけどさ。映画に行くのはどうかな? このショッピングの六階に、新しく映画館ができたでしょ?」
「映画……? どうして急に?」
古井さんの疑問に、俺は冷静に答える。
「映画館で偶然出会ってしまったことにすれば、その後も行動を共にできる。それに映画館なら、入れる人数も絞られるから、怪しい人がいたら一発で分かる。どうかな……?」
夏休みのシーズンは、学生を対象とした映画が結構上映される。その中の一つに、友里が好きそうな高校生向けの恋愛映画もある。
上映時間を調べたら、このあと一時間後ぐらいに始まる。
映画館でなら偶然を装って合流することもできるし、中に入れる人数も限られてくる。
妙な男がいれば一発で分かる。
「なるほどね。まあ、確かに良いわね。このまま合流できずに離れていてもどうしようもないし。分かった。じゃあ映画館で合流しましょう」
「おう。今から一時間後にラブ映画が上映されるからそれにしないか? 友里を誘う口実にも使えるし」
「ま、女子高校生二人が見る映画にしては相応しいわね」
「でしょ? さっき空席状況を見たんだけど、今からでも予約できる席はあったから、同じ時間帯で見れるはず」
「そう。分かったわ」
「よろしく頼む。あ、ちなみにさ」
「何?」
「怪しい人とかはいた? 平気?」
「今のところいないわ。ひなみも平気。美味しそうに大盛の蕎麦をバクバク食べているし」
「そっか。分かった。ありがとう。また後で」
「じゃあ」
古井さんのその言葉を最後に、俺は通話を切った。
さて、やることは決まった。映画館で合流しよう。
――――
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