第76話 毎日電話だと!?


 古井さんと夜ご飯を食べ終えた後、そのまま解散し自宅に直行した。

 ベッドの上で横になりながら、部屋に置いてある時計を見ると、時刻は既に二十一時を少し過ぎていた。

 もうそろそろしたら、風呂にでも入って、アニメを見ながら寝るとするか。

 俺は音ゲーアプリを閉じ、体を起こしたその時だ。


 リリリンッ!


 俺のスマホに誰かから電話がかかってきた。画面を見てみると、相手は何とひなみだった。

 え、何で急に電話を……?

 突然電話がかかってきたことに困惑するが、俺はすぐさま危機感を抱いた。

 用もなく電話をかけてくるとは思えない。つまりこの電話は何か緊急性があるかもしれない。

 そのことを考えると……。


 ストーカーに今襲われているのかもしれない……!


 だから助けを求めるために電話をかけてきたのか!

 俺はすぐにひなみの電話に出ると、まっさきに大声を出した。


「ひなみ! 大丈夫か! 今どこに⁉」


「え、ええ⁉ ど、どうしたの⁉ 涼君!」


 ……あれ?

 電話に出てみると、ひなみの声は至って普通だった。俺の大声に驚いていたとはいえ、何か変わった様子はない。

 いつものひなみが電話越しにいたのだ。


「ひなみ……。危機的状況の中にいるから、俺に電話をかけてきたんじゃないのか……?」


「う、ううん! 違うよ!」


「えぇ⁉ 違うの⁉ この時間帯に電話がかかってきたから、つい助けを求めているのかと……」


「ううん。ちょっと涼君と話したいなーっと思ってね」


「俺と?」


「うん。今時間大丈夫?」


「全然平気だよ」


「ありがとう、涼君」


 ひなみは一度お礼を言うと、そのまま話の本題へと入っていった。


「涼君、さっき古井ちゃんからお話を聞いたよ。夜ご飯を食べに行ったんでしょ?」


 おいおい、もう話していたのかよ。ストーカーのことはひなみに言っていないと思うけど、食べに行った報告だけはしていたか。

 あの人のことだ。多分、ひなみに『今日は下僕とご飯を食べに行ったわ』とでも言っていたに違いない。


「あ、ああ。珍しく古井さんに誘われてな。どうやら元々食べに行きたかった店があったみたいで、カップル割りを使って行ったんだ。まあ、本当は俺達付き合ってないけどね……」


 俺達が先ほど食べた店は、『カップル割り』というキャンペーンを開催していた。

 カップルで店に来店すると、少しだけ引きになるとのこと。古井さんはそれを狙って俺を誘ったのだ。

 あの現金め……。


「古井さんはいつも俺をこき使うよ。いきなり誘われて、ひたすらいじられたし」

「ふふっ。そうだね。でも、好かれている証拠だよ。古井ちゃん、気に入った人しかいじらないし」


「そうかもしれないが……、もうちょっとお手柔らかにお願いしたい……」


「じゃあ、今度私から言ってみるよ。涼君が古井ちゃんの悪口を言っていたから、優しくしてあげてって」


「おい辞めろ! それを言ったら、俺の高校生活が終わりを迎える!」


「冗談だよ、涼君。ちょっと私もからかっちゃった……」


「なんか、ひなみにからかわれるのは初めてだな」


「そうだね。入学当初から話しているけど、今日が初めてだね。……私ね、最近ちょっと悩み事があって。でも、不思議なんだ。涼君と話していると、心が落ち着くの。安心する。だから電話をかけたの」


「悩み事……」


 間違いない。ストーカーのことだ。

 だがひなみは余計な心配をさせないために、古井さんにしか相談していない。

 俺は地下鉄のこともあり、古井さんから信用されて話を聞くことができたが、でもひなみはそのことを知らない。

 ひなみは、俺が裏からストーカーを撃退しようと動いていることを、全く知らない。


「悩み事か。まあ誰にだってあるよ。人には言えなくて、悩むこともあるだろうし。もし心配になったり、不安になったらいつでも言ってくれ」


「涼君……。ありがとう。凄く元気が出る!」


「そっか。そりゃ良かった。じゃあ、そろそろ俺は風呂に入るよ。もしまた悩んだりしたら、いつでも言ってくれ」


「うん。ありがとう、涼君! あ! 待って!」


「ん? どうした?」


 俺が電話を切ろうとした時、ひなみの呼ぶ声が聞こえた。そして、どこか恥ずかしそうにしながらひなみは喋る。


「あ、あのね涼君。そ、その……」


「お、おう」


「用が無くても、毎日電話をしちゃダメ……?」


「…………え?」


 ひなみの言葉を聞いた時、俺の頭は理解が追いつかなかった。

 え、どういうことだ? 毎日電話をしてもいいかって意味だよね?

 俺はひなみの言葉を反芻していると、少し経ってからようやく理解することができた。


「もしかして、毎日電話していいかって意味か?」


 俺がそう聞くと、


「う、うにゅ……」


 恥ずかしさと声の小ささから、そんな可愛らしい声がスマホから聞こえてきた。

 つまり、ひなみの言いたいこととしては……毎日電話をしてもいいかってことだ。


「や、やっぱり嫌だよね! こんな私なんかと電話だなんて、迷惑だよね! ご、ごめんね。本当、私何を言っているんだろう……。じゃ、じゃあ電話切るね! 相談に乗ってくれてありがとう!」


「待ってひなみ!」


 俺がそう言うと、ひなみは電話を切らずにそのまま待ってくれた。


「べ、別に俺は気にしないよ。毎日電話しても俺はいいよ……」


 恥ずかしさのせいで、一気に顔が熱くなる。

 夏の暑さとは違って、体の内側からじわじわと体温が上がっていく。


「ほ、本当……? 迷惑じゃない……?」


「うん。俺は全然だよ。嫌じゃないよ」


 ストーカーに狙われていることを考えると、ひなみの気持ちは落ち着かないはずだ。

 もしかしたら、今この瞬間に襲われるかもしれない。そう考えると、家族がいる夜だって不安のはず。

 だからきっと、恐怖を感じたくなくて、寝る直前まで誰かと話がしたいんだろう。


「いくらでも付き合うよ。だから遠慮しないでくれ」


「本当⁉ ありがとう! じゃ、じゃあまた明日も電話していい?」


 俺がそう言うと、先ほどまで少し震えていたひなみの声が、一気に明るくなった。


「勿論! 今日と同じ時間なら、俺は全然大丈夫だよ」


「うん、分かった。ありがとうね、涼君」


「ああ。じゃあまた明日」


「お休み、涼君」


「お休み、ひなみ」


 お互いに別れを言った後、静かに電話を切った。

 さて。そろそろ風呂に入ろう。俺はスマホをベッドに置き、風呂場へと向かう。

 しかしあれだな。明日から毎日ひなみと電話するのか……。

 これはこれでなんだろうな。めっちゃ嬉しくないか……?


 相手はあの『千年に一人の美少女』だ。誰もが話したがる完璧美少女と夜に二人で電話だなんてな。

 これ……、もしこの事実が外に漏れたらストーカーに関係なく、俺まで狙われそうじゃね?

 と、俺はそんなことを考えながら、シャワーを浴びたのだった。



 こうして、古井さんから作戦を聞き、そしてひなみと毎日電話をすることとなった。

 勿論、ひなみが俺のことが好きだから電話をする、というわけではないはずだ。

 単純に夜も不安だから、暇な俺ならいい電話相手になってくれると思って、頼んだに違いない。


 俺のことが好きだから、というのはまずあり得ないだろう。変な妄想をして勘違いをしたら、後々痛い目を見るのは俺の方だ。

 そして次の土曜日まで、約束通り俺とひなみは毎日夜な夜な電話をしたのだった。

 例えば、この後の夏休みの予定とか、今日の夜ご飯の話とか、蜜柑ちゃんの話とか。

 正直、話の内容は至って普通。ただの雑談だ。


 こんな俺なんかが話し相手でいいのかと思いつつも、時折笑ってくれるひなみの声を聞くと、不思議とそう思わなくなった。

 よく笑って、沢山話を振ってくれて、よく俺の話を聞いてくれる。

 俺まで楽しくなって、つい沢山話過ぎてしまう時もあった。

 毎日電話をしていくうちに、俺はいつの間にかひなみとの電話の時間が楽しみになっていた。


――――

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