第75話 飴と鞭!
待ち合わせ場所で合流した後、俺達はとある洋食店に入り、そのまま夜ご飯を食べ始めた。
俺はステーキを注文し、一方古井さんはサラダ風のパスタを注文した。
お互いご飯を食べながら、会話を進める。
「ひなみの件があるにしても、古井さんが俺を夜ご飯に誘うなんて、本当珍しいよね」
「まあね。今キャンペーン中でね。君がいると、会計の時に二割引きになるのよ。元々食べてみたいと思っていたから、チャンスと思って誘ったわ」
「現金かよ……」
「あら、悲しそうね。もしかして、ちょっと期待しちゃった?」
「そんなわけあるか」
「顔に書いてあるわよ。期待しただけ損したって」
「別に期待はしてないって」
期待していない、というのは正直嘘になってしまうかもしれない。少しはワクワクしていた。実際、古井さんが私服姿で、しかもワンピースを着てきた時は、不覚にもドキッとしてしまった。
しかし、今こうして話してみると、好意から誘った感じではないことぐらい、すぐに分かる。
学校でよく話す古井さんのままだ。俺をよくいじり、そして何故か全てを見通しているかの様な顔。
本当、いつもの古井さんだ。単純に付き合わされているだけだな。
「でも、君とは入学当初からの付き合いだけど、こうして外食を共にするのは何だか初めてね」
「確かに言われてみればそうだね。二人っきりは初だ」
「やっぱりドキドキしているでしょ?」
「帰ってもいいですか?」
「うーそ。冗談よ」
古井さんはクスッと笑うと、パスタをフォークで巻き、そのまま小さな口に運び込む。
そして口に入れたパスタをモグモグと食べ終えた後、真剣な話を始める。
「それで古井さん。単純にご飯を楽しみにきたわけじゃないでしょ? ひなみに関して何かあった?」
「ええ。まあ少しね」
「もしかして、夏休みに入ってから、何か事件でも?」
「いいえ。まだ何も起きていないわ。ただ、妙な投稿をSNS上で見つけてね」
古井さんはポケットからスマホを取り出し、とある画面を俺に見してくれた。
「これって、Twitterの投稿じゃないか」
彼女が見してくれたのは、Twitterの投稿画像だ。投稿された内容を写真で保存し、何枚かスライドして見してくれた。
何枚か見させてもらったが、その全てが同じ人の投稿だ。
アカウント名は、『むしょくとうめい』。名前の由来は全く分からず、アカウント画像も載せていないため、どんな容姿の人なのかも分からない。
俺は『むしょくとうめい』さんの投稿内容に目を通すが……。
正直、息を呑んだ。
『むしょくとうめい』 六月二十七日 午前三時十五分
はぁー。あの草柳とかいう男子の野郎、むかつくぜ。俺の女に手を出しやがって!
ひなみちゃんは俺のものだ! 俺が彼女を守るんだよ!
『むしょくとうめい』 六月二十八日 午前二時三分
はぁー。ひなみちゃん、マジで可愛いな~。
俺の嫁だよ。君と出会えて本当に嬉しい。いつか会いに行きたいな……。
ヤバい。本当に会いたい。俺のものにしたい。
『むしょくとうめい』 七月八日 午前四時二十分
いつひなみちゃんの前に危ない奴が現れるか分からない。
俺が傍で彼女を守ってあげないとな……。
俺はどうせ暇だし、彼女の住所でも特定して護衛をしようかな?
いや、普通にこれストーカーじゃね?
でも別にいいか。
俺と結ばれているし。
これがざっと見た投稿の内容だ。
まだ他にもいくつか投稿はあったが、俺はこの辺でギブアップしてしまった……。
何だこれ。気持ち悪いぞ。
ひなみのアンチ、ということではないが、それでも別の意味でヤバい予感しかしない。
この投稿内容を見る限り、かなりひなみに固執している。ファンの域を超えているぞ。
「古井さん、もしかしてこいつが……?」
「恐らくね。といっても、まだ決定的な証拠がないから、絶対とは言い切れないけど。でも可能性は高いわ。Twitterに何かヒントはないかと思って、探していたの。そしたら偶然見つけてしまってね。相手が鍵垢じゃなかったのが救いよ。もし鍵垢だったら、ここにたどり着けなかった」
「しかし、何でこの『むしょくとうめい』って人は、ひなみにここまで固執しているんだ? ただ好きなら別にいいけど、ストーカー行為にまで発展するなんて、何が原因なんだ?」
「恐らく、体育祭の草柳の言動でしょうね?」
「え? あいつが?」
古井さんはスマホをしまった後、自分が建てた仮説を話し始める。
「今までこの『むしょくとうめい』って人にとって、ひなみはアイドル的な存在だった。誰のものにもならず、自分だけのアイドルだと。でも草柳が体育祭で偽物のヒーローと名乗り、ひなみを自分のものにしようとした。それが許せなかったと同時に、また似た男が現れるかもしれない。自分のアイドルが獲られるかもしれない」
「獲られるぐらいなら、いっそ自分のものにしてしまおうと思って、こんなことを?」
「ええ。恐らくね。草柳の行動が、この人の心を悪い方向へと向かう起爆剤にでもなってしまったみたい」
元々ひなみに対して強い好意があるなら、彼女が全国放送されて以降、すぐにアプローチしていてもおかしくない。
しかし、事件からだいぶ経過した今、突然と動き出したことを考えると、古井さんの言う通り、体育祭が絡んでいるだろうな。
草柳の野郎……、本当に余計なことをしやがって……!
「古井さん、相手のTwitterアカウントは特定できたけど、この後の行動はどうする? 何か策はあるんでしょ?」
俺はナイフでステーキを切りながら、古井さんの目を見る。すると、古井さんは『待ってました』と言いたげな目をしていた。
古井さんが何の策もなしに俺を誘うはずがない。
俺よりも圧倒的に頭が良い古井さんなんだから、作戦の一つぐらいあるはずだ。
入学当初からの付き合いだから、なんとなく分かる。
「そうね、勿論あるわ。ただ、必ず捕まえられるとは限らない。そこだけは頭に入れておいて」
「了解! で、どんな策で相手を捕まえるんだ?」
俺がそう聞くと、古井さんはさきほどとは別の画面を俺に見せ、話を始めた。
「来週の土日にひなみは買い物に行くのだけど、どうやらそれが特定されているらしいの。これを見て」
古井さんが見せてきた画面には、こんな投稿内容が写っていた。
『むしょくとうめい』 七月二十五日 午前三時二十分
さて。来週の土曜日に出かけるみたいだから、こっそりついて行こうかなー。
俺が影から彼女を守ってあげないとね。
投稿内容を見た俺は、絶句してしまった。
このストーカー。理由は分からないが、ひなみが来週の土曜日に出かけることを把握しているぞ……。
な、何でだ……?
「『どうして行動を把握しているんだ?』とでも言いたげな顔をしているわね」
「ああ。その通りだよ。何でこいつ、ひなみの行動を知っているんだ?」
「さすがに私も分からないわ。ひなみと私の二人で、土曜日に服とかを買いに行く予定なのだけど、何故漏れているのか謎よ。誰にも言っていないし。でも、このストーカーは私達の存在に気づいていない。だからそれを利用して、君がひなみの後を尾行しなさい」
「お、俺がこっそりとひなみと古井さんの後を尾行するのか?」
「ええ。私達を尾行し、怪しい人を探して欲しいわ。ひなみはまだこのことを知らない。もし知ってしまったら、彼女にとってかなりの恐怖とストレスになる。だからバレないように尾行し、捕まえなさい。君にしかできないことよ?」
「俺にしか……できない」
何故漏れているのかは本当に分からない。ひなみがSNSで呟くはずがない。古井さんもそうだ。なのに何故……。
原因は分からない。でも、確かにこれは俺にしかできないことだ。
来週の土曜日に古井さんとひなみが買い物に行く。ひなみの傍に古井さんがいるとはいえ、彼女だって小柄な女子だ。
もしストーカーが巨漢だったらいくら何でも守るのは無理だ。
これは……男の俺にしかできないことだ。
「了解。任せろ。俺が古井さん達を尾行するよ。だから古井さんはずっとひなみの傍にいてくれ」
俺がそう言うと、古井さんは嬉しそうにニッコリと笑った。
そしてそのまま、俺の頭に手を乗せ優しく撫で始めた。
「さすがね。そう言ってくれると思ったわ。ありがとう」
「べ、別に良いよ。ひなみは大切な友達だし。守りたい気持ちは本当だから」
「そう。君が居てくれて助かる」
そして俺の頭を優しく撫でながら、古井さんは最後にこんなことを言ってきた。
「当日はよろしくね、私の子犬ちゃん」
「おいこら、誰が犬だよ」
……この人、俺のことを犬だと思って頭を撫でていたのかよ!
ペットがご主人様の命令を守り、ご褒美に頭を撫でられている時と同じじゃねぇか!
「こ、古井さん。俺のことを犬だと思って撫でているよね」
「うん」
「うん⁉ 即答かよ!」
結局、どこまでいっても、古井さんは俺を下僕またはペットとして見ているのかよ……。
少しばかり落胆する俺。すると、古井さんは頭を撫でるのを辞めて、俺の右耳を引っ張り、そして。
「でも、ひなみや周囲の人が知らなくても、私だけは君の頑張りを知っているから、安心しなさい。ね?」
小さな声でそう囁いてきた。
古井さんの吐息と囁きに、俺の体は急に熱くなってしまった。恥ずかしさと動揺のせいで、何も言えなくなってしまった。
こ、この人……。
飴と鞭を完璧に使いこなしているじゃねぇか!
――――
★×3とフォローお願いします!
XよりTwitterの方が馴染むので、こっちで表現します。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます