第71話 不安

「あっ! 見て先生! ひな姉が来た! ひな姉お久しぶりー!」


「お迎えに来たよ。あとお久しぶりじゃないでしょ。毎日会っているでしょ?」


 私が保育園のゲートをくぐると、砂場で先生と一緒に遊んでいた蜜柑が、小さな足を精いっぱい動かしながら、全力で駆け寄って来る。そしてすぐ傍まで近づくと、そのまま私の足元に思い切り抱きついた。


 保育園の先生と砂場で遊んでいたため、蜜柑の額には泥と汗が付いていた。

いつもなら、仕事終わりにお母さんが蜜柑をお迎えに行くのだけど、ここ最近は繁忙期ということもあり、私が代わりにお迎えに行っている。


「ひなみさん、こんにちは。蜜柑ちゃん、ひなみさんが来るまで、ずーと砂遊びをしていましてね。かれこれ一時間ぐらいずっと外で砂遊びを」


 蜜柑に続き、砂場で一緒に遊んでいた先生も額の汗を拭きながら私の元へ駆け寄ってきた。


「そ、そんなに外で遊んでいたんですか。すみません、わざわざ長時間つき合わせてしまって」


「いえいえ! 蜜柑ちゃん、他の子と違って、好奇心旺盛なんですよ。ちょっと大変な時もありますけどね」


 先生の言葉はとてもよく分かるし、共感できる。

 蜜柑は好奇心が強くて、一度好きにしまうと、飽きるまで時間を忘れて没頭する。

 夕方になったとはいえ、まだジメジメとした暑さが残っている。そんな中でも、汗を流しながら、必死に砂遊びをしていたとなると、相当先生の負担になっていたと思う。


「じゃあ蜜柑ちゃん。お姉ちゃんが来たことだし、先生とバイバイだね」


「りょっ! 先生バイビー!」


 蜜柑は何故か警察官の様な敬礼をして、先生に別れの挨拶を告げる。

 最近、刑事ドラマなどにハマっており、敬礼に憧れているみたい。


「こーら、蜜柑。ちゃんと挨拶しないとダメでしょ」


「バーイ!」


「もうっ! さっきと変わってないじゃない!」


 相変わらずの蜜柑だったけど、それでも先生は優しい笑みを浮かべ、手を振りながら私達を見送ってくれた。



 ◇◇◇◇



 先生と別れた後、私と蜜柑は手を繋ぎながら、最寄り駅まで一緒に向かって歩いている。

 夕暮れの空の下で、蜜柑は今日の夜ご飯について、話を始めた。


「ひな姉ー。今日の夜ご飯何かなー?」


「うーん。どうだろうねー。蜜柑の嫌いなひじきでも出るんじゃないかな?」


「えー! 嫌だ嫌だ! お肉が食べたいー! お肉!」


 蜜柑はプクッと顔を膨らませながら、地団太を踏み必死に抗議した。


「こーら。蜜柑、我がまま言っちゃダメでしょ。お母さんだって、仕事で忙し中、私達のために美味しいご飯を作ってくれるんだから」


「えー! でもお肉が食べたい! お肉、お肉、お肉! おーにーく!」


「もう、お肉ばっかり言い過ぎ。それにまだ決まったわけじゃないよ? お姉ちゃんだって何が出るか分からないから、適当に予想を言っただけだよ」


「そうなの! じゃあ、もしかしたら今日の夜ご飯は、ステーキになるかもしれないかな⁉」


「その可能性はゼロではないかなー。お母さん、時々仕事を頑張った自分へのご褒美に、夜ご飯を豪華にする時があるし」


 私がそう言うと、蜜柑はプクッと膨らませた頬を元に戻し、代わりに目を一瞬でキラキラさせた。そしてそのままピョンピョンと飛び跳ねる。


「わーい! 今日の夜ご飯楽しみー!」


 隣ではしゃぐ蜜柑を見ていると、なんだか私の方まで嬉しい気持ちになってきた。

蜜柑はマイペースな妹だけど、誰よりも純粋で思い切りはしゃぐ妹だから、本当可愛いなー。

 私は蜜柑の手を握りしめ、喜ぶ顔を見ながらそっと微笑む。

 今日の夜ご飯、一体なんだろう……。

 そう考えている時。


「あ、あれが……九条ひなみちゃん……」


 突然、背後から男性の声が聞こえ、私の背筋に悪寒が走った。

 声はかなり低く、そしてどこか不気味な感じがする。今まで聞いたことのない声だ……。

 そ、それに何故だろう……。


 後ろを振り向いていないのに、誰かがこちらを見ているのが、なんとなく分かる。


 私は恐怖のあまり体が震えてしまう。

 こ、怖い……。一体誰? 助けを呼ぶ? 

 で、でも周囲には誰もいないし、それにもしかしたら私の勘違いかもしれない。

 今は蜜柑もいる。下手に行動すれば、私だけじゃなくて、妹にまで被害が出るかもしれない。


 ど、どうすれば……。

 緊張と不安、そして恐怖に襲われた私は、いつの間にか額から冷や汗が流れ出ていた。

 額から出た汗が頬へと流れ、そして地面に落ちる。

 ま、まだ不審者が後ろにいると確定したわけじゃない。聞き間違いかもしれない。

 そうだ。ただ振り向くだけ。こ、怖くない!


 蜜柑の小さな手をギュッと握りしめながら後ろを向こうとしたその瞬間。


「ひな姉、どうしたの? 何でそんなに汗が出ているの? あと、手が痛いよ」


 つい力んでしまったせいか、少し痛そうにしながら、蜜柑が私の顔をジッと見つめていた。

 私は慌てて蜜柑の手をすぐに話し、代わりに頭を何度も撫で始める。


「ご、ごめんね。蜜柑。ちょっとお姉ちゃん、考え事をしていてね」


「考え事?」


「う、うん。で、でももう大丈夫だから! ご、ごめんね蜜柑」


「りょっ!」


 蜜柑は話しを理解してくれたのか、ニッコリと笑いながら先生とお別れする時の敬礼をもう一度私に見せてくれた。

 蜜柑の笑顔を見ていると、少しだけ緊張と不安が和らいだ。少しだけ落ち着きを取り戻すことができた。


「み、蜜柑。あのさ、さっき変な声聞こえなかった?」


 さきほど聞いたあの声が蜜柑にも聞こえていたのか。それを確かめようと聞いてみたけど、蜜柑は首を傾げて不思議そうな表情を浮かべる。


「ん? 声……? 声って誰の?」


「だ、誰のかは分からないけど、男性の声が急に後ろから聞こえなかった⁉」


「えー。そんな声聞いてないよー。それに、ほらひな姉! 後ろにはだーれもいないよ?」


 蜜柑は首をクルッと後ろを向けながら指をさす。私は蜜柑の指先に目を向けると……。


 確かに私達の後ろには誰もいなかった。


 あるのは私達が来た道を挟むようにして建てられた住宅と、細くて黒い電柱だけ。

どこを見ても、不審者らしき人物は誰一人としていなかった。怪しい人影などどこにもなかった。


「私の聞き間違いかな……?」


 周囲に住宅があることを考えると、室内で見ていたドラマやアニメの声が外に漏れて、それを私が勘違いしたかもしれない。

 き、きっとそうだよね……。私の考えすぎだよ。疲れちゃったんだよ。


「ひな姉大丈夫?」


「うん。ごめんね、蜜柑。あっ、さっきのお詫びに、コンビニでアイスでも買って帰ろうか」


「本当⁉ わーい! ひな姉大好き! 早くコンビニ行こう!」


 蜜柑はピョンピョンと飛び跳ねながら、グイグイ私の手を引っ張り、前へと走り始める。

 その後、私達はコンビでアイスを買った後、電車に乗って自宅へと向かった。

 その途中、あの時の不審な声をもう一度聞くことはなかったし、不気味な気配も感じなかった。

 やっぱり、私の考えすぎだったかな……。


――――

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