第70話 体育祭の振り返り
体育祭が終わってから、あっという間に二週間が過ぎた。
高校生活最初の体育祭で、かなりのゲス野郎でひなみを狙っていたのだが、何とか古井さんと協力して阻止することができ、無事に終えることができた。特にひなみが全校生徒の前で草柳の正体を暴いてくれた時は、心底嬉しかった。
ひなみを守るためにあの時は必死だった。だが、今こうして振り返ると、結構思い出ができたんじゃないか……?
昼休み中、俺は教室で席に座りながら、スマホに保存した写真を懐かしそうに眺める。
借り者競争では、『千年に一人の美少女』と呼ばれているひなみを抱っこすることができたし、騎馬戦では俺達のチームが相手の王様のハチマキを取ることに成功し、大盛り上がり。
草柳に狙われていたとはいえ、体育祭そのものは楽しめたかな。
「涼君。さっきから少し笑っているけど、どうしたの? 面白い動画でも見ているの?」
俺が写真を眺めていると、隣の席で友里や古井さん達と机をくっ付けてお弁当を食べているひなみが、首を少し傾けていた。
ここ最近、俺はつい空腹のせいで早くお弁当を食べてしまうため、昼休みにやることが
特にない。だから適当に時間を潰すため、音ゲーや動画を見たりしているが、優等生のひなみは違う。
休み時間中は次の授業の予習・復習をしたり、分からなかったところを先生に質問しているため、昼休み前に弁当を食べ終わることはない。
まあ、そもそも昼休み前にお弁当を食べ終えている俺の方が、おかしいんだがな。
「いや、体育祭の時の写真を見ててさ。草柳の騒動があったけど、今こうして振り返ると、何だかんだ楽しかったなーって思ってさ」
「そうだね。私も沢山思い出が作れたから本当に楽しかったよ! 優勝もできたし!」
「ひなみの大活躍のおかげで、色んな種目で一位を取ることができて優勝できたしな。MVPにまで選ばれるとは、さすがだよ」
「い、いや! 私だけの成果じゃないよ! 他の皆が沢山頑張ってくれたおかげだよ! 皆がいてくれたからこそ、偶々私が活躍することができただけで……。実際、涼君の方が私なんかよりも沢山頑張ってたし……」
最後の言葉だけやけに声量を落とすひなみ。
俺の誉め言葉が嬉しかったのか、いつの間にか頬が紅色に染まっており、手に持っていた弁当で口元をそっと隠していた。
ひなみは学校一の美少女にして成績も優秀。普通、ひなみのような容姿があったら、少しぐらい傲慢になっていてもおかしくないが、彼女は非常に真面目で誰に対しても優しい。
謙虚で努力家タイプだ。だからどれほど自分が好成績を残しても、結果を残しても、それを他者にひけらかす様な真似は決してしない。
「俺なんてひなみに比べれば、貢献できてないよ。特に最後のリレーなんて、バトンを渡した瞬間、盛大に転んで超恥ずかしかったし」
スポーツ用のスパイクで足を思いっきり踏まれてしまったため、最後のリレーでは負傷した状態で出場しなければならなかった。
画びょうで突き刺されているかの様な痛みに襲われながら走っていたから、バトンを渡した直後、気が緩んで転倒してしまった。
いやー、あれは本当に恥ずかしかったよ。全校生徒が大注目する最後の種目だったのに、あんな転び方をするとは。
「涼~。そんなこと言わないの~。涼はひなみと同じぐらい頑張ってたじゃん! 私は知っているもん! 皆が知らないところで涼が精いっぱい頑張っていたことをね!」
ひなみの前に座っている友里は、何故か自信満々な表情を浮かべながら、箸で挟んでいた小さくて可愛いたこさんウィンナーを俺の方に向ける。
一体何を根拠にそんなことを言っているのかさっぱり分からないが、友里の目を見る限り、適当に言っているわけではなさそうだ。
「例え周りから涼が評価されなくても、認められなくても……。私だけは涼の理解者だからね!」
「嬉しいが急にどうしたんだ……? そんな褒められることをしたか、俺?」
「勿論しましたとも~」
にっこりと笑いながら、友里は続ける。
「涼はボロボロになるほど、誰かのために体を張って頑張っていたんだから~」
「そ、そうかな……。ありがとう、友里」
友里に褒められ、少しだけ俺の体が熱くなるのを感じた。
友里がここまで褒めてくれるとは驚きだ。しかし妙だ。理解者という言葉が少し気になる……。
もしかして、友里は俺の正体に勘づいたのか?
いや、そんなはずはない。バレることはしていないし、古井さんが友里に漏らしてしまった可能性も低い。
ということは、俺の考えすぎか?
友里はただ単純に励ましたくて、そう言っているだけなのかもしれないな。
「なに照れているのよ、このヘタレ。美少女に褒められて、デレデレし過ぎじゃないかしら?」
友里の誉め言葉についにやけていると、冷静かつドSな古井さんが俺に言葉を飛ばしてきた。
「す、すみません、古井さん……」
「今の君の顔、とても面白かったわ。もう非モテ男子が可愛い女の子に褒められて、超デレデレしていたもの。あー、写真でも撮っておきたかったわ」
「人が喜んでいるところをネタにして撮ろうとするなんて、やっぱり古井さんはドSだよ。捻くれているよ……」
「あら、今酷い言葉が聞こえてきたわね。この私が? わ・た・し・が?」
つい余計な言葉を言ってしまったせいで、背筋が思わず凍るほどの殺気が古井さんから漂い始める。
や、やべぇ……。怒らせてしまったか。
こうなると、絶対に古井さんに勝てないんだよな。多分、古井さんと口論して勝てる人とか、この世にいないと思う。
あの論破王ですら、舌を巻くだろう。
「あ、あははは。き、聞き間違いじゃないっすかね……?」
「……ふぅーん。そう。逃げるのね。ならまあいいわ。私にも策があるから」
古井さんはそう言うと、スカートのポケットからスマホを取り出した。少し画面を操作した後、とある写真を俺とひなみ、そして友里に見せつける。
「これ、どこの誰か分かるかしら? いつの間にか私のスマホに保存されていてね。
どこかで見覚えがあるのだけど、こんな盛大に転ぶ男子高校生っているかしら?」
「いや、古井さんそれ俺! 俺がリレーで転んだ時じゃねぇか! 何でそんなシーンを写真で撮ったんだ⁉」
写真を見た俺は、つい反射的にツッコミを入れてしまった。
古井さんが俺達三人に見せてきた写真は、俺がリレーでバトンをお渡し終えた瞬間、盛大に転んだ時のものだ。
シャッターチャンスを見逃さなかった古井さんは、俺の恥ずかしい姿を、しっかりとスマホに保存していた。
しかもそれを二週間も削除せずに残して、今頃いじるなんて……。
やっぱりSだ。ドSだよ、この人! 捻くれている!
「あら、ごめんなさい。まさか君だったとは思わなかったわ。偶然人が転んで、偶然スマホを見ていて、偶然写真を撮ってしまっていたみたいだわ」
「そんな偶然が重なる神展開があるはずねぇだろ!」
「消して欲しければ、『この世でもっとも美しく賢いのは古井小春様です』と言いなさい。そうすれば、削除してあげるかもしれないわ」
「俺に何を言わせようとしているんですかね、古井さん! それに、かもしれないってことは、絶対に削除してくれるわけでもないんでしょ⁉」
「ええ。そうよ。君が謝罪したからって、別にそれに従う義務はないし」
ちくしょう! やっぱりこの人は強すぎる! すぐ古井さんのペースに飲まれてしまう……。
どんな時でも主導権を持っているのは古井さんだ。これ、卒業するまでにぎゃふんと言わせることは無理なんじゃないか?
「もうっ! 古井ちゃん! 涼君が可哀そうだよ! それにその写真だって、私にバトンを渡すために精いっぱい頑張って走ってくれたんだから!」
落ち込む俺を見たひなみは、必死にカバーに入ってくれた。
ひなみの必死の説得に、さすがの古井さんも少しやり過ぎたと感じたのか、スマホを引っ込めた。
どうやら俺に対しては結構強気というかドSになるが、親友に対してはそれほどでもないみたいだ。
「はいはい、ひなみ。分かったわ。後で消しとく。あ、そうだ。この写真も消した方がいいからしら? 二人の意見を聞きたいわ」
古井さんはそう言うと、ポケットに入れようとしていたスマホを再度俺達に見せつける。
そして、さきほどの俺が転倒している写真とは違い、別の物を画面に映し出した。
その写真を見た瞬間。
「「その写真は他の人に見せないで!」」
声を荒げた俺とひなみが、タイミングよく言葉を重ねた。
古井さんが見せているのは、何も俺がやらかした写真でもなければ、恥ずかしいシーンを盗撮された物でもない。
打ち上げに参加しないかとひなみに誘われた後、お互いの手を握りながら楽しそうに歩いている時の写真だった。
ちなみに、時乃沢の体育祭では専属のカメラマンが外部から依頼されて、教師の代わりに生徒達の写真を沢山撮ってくれる。
カメラマンが撮ってくれた写真は、後日番号と共に廊下に張り出される。欲しい写真がある場合は、番号を紙に書いて担任に提出すれば写真が貰えるのだが。
古井さんが今俺達に見せているのは、カメラマンが撮った写真ではなく、彼女が自ら撮った物だ。
つまり、他の生徒はこの写真の存在を認知していない。
他の生徒もいる教室でこの写真を堂々と見せられたため、俺は恥ずかしさのあまり、つい慌ててしまった。
勿論、俺だけではなく、隣にいるひなみも同じだ。
彼女に関しては、相当恥ずかしかったのか、何故か頭から変な湯気まで出ている。
「ふふ。この写真、良く撮れているから、スマホの待ち受け画像にでもしようかしら?」
俺達の反応が相当嬉しかったのか、小悪魔の様な笑みから勝ち誇ったドヤ顔に変わっていた。
古井さんは俺達がこの写真を他に人に見られたくないことぐらい、分かっているはず。
分かっていながらも、ドヤ顔でいじってくるとは……。
「こ、こ、こ、こ、こ、古井ちゃん! け、消さなくてもいいけど、待ち受けだけはダメだよ! ほ、ほ、ほ、他の人に見られたら、恥ずかしいよ……」
ひなみは古井さんの小さな肩を両手で握り、彼女の体をグランッと前後に揺らしながら必死に訴える。
「あらそう? でもこの写真のひなみ、とっても可愛く映っているから、勿体ないわね。ま、これ以上ちょっかい出すのは辞めておこうかしら」
古井さんはそう言うと、スマホの画面を閉じ、今度こそポケットにしまってくれた。
あの写真を待ち受け画像にされてしまったら、俺は色んな意味でもう学校には来れないだろう。
「でも良いよねー、ひなみは。MVPにも選ばれてさー。私ももっと楽しい思い出作らないとなー」
俺とひなみが踊っている写真を見ていた友里は、羨ましそうにひなみの方を見ながら、白米を口に運ぶ。
「友里だって沢山活躍していたし、私以上に思い出いっぱいあるでしょ?」
「そりゃー、まあねー。でも、ひなみにはさすがに勝てないなー。これはもう夏休みで思い出を超沢山作るしかないね!」
「夏休み……。そっか、もうそろそろしたら高校生活初の夏休みが始まるのか」
友里の口から出た夏休みというワードを聞いて、あともう少しで一学期が終わってしまうことを実感した。
高校入学時は、ひなみと教室が同じで席も隣。さらにすぐに古井さんに正体がバレるなど。
沢山のイベントというか、事件が多々起きた。
だが何とか全部乗り越えて、やっと俺にもボーナス期間が来るわけだ。夏休みなら、家でずっとのんびりできる。
「涼は夏休みとか予定あるの?」
「今のところ特にないかなー。部活とかにも入っていないし。まあ、適当にのんびりしていようかな」
俺はスマホにインストールしているスケジュールアプリを確認する。
七月後半から八月いっぱいまでのカレンダーには、予定が一つも入っていない。
小学生の時は毎年家族で旅行に行っていたのだが、今や俺は高校生だ。さすがにこの年頃で家族で仲良く旅行とか、ちょっと恥ずかしい。それに、妹も中学生でまだ反抗期中だ。
美智香は家族といるより友達といることの方を重視しているから、一家そろって家族旅行とかは無理だろう。
仮に旅行に行くとなっても、『あっ、私はパス。おにぃと旅行とか恥ずかしくて無理』的な感じのことを言うに決まっている。
「ま、俺は暇だからゲームでもして過ごそうかな」
俺はスケジュールアプリを閉じ、そのまま音ゲーを起動しようとした時だ。
「そっか。涼君は夏休みの予定があんまりないんだね」
ひなみがボソッと呟いた。
「え? それがどうかしたか?」
「え⁉ い、いや! ただちょっとね!」
ひなみは少し慌てた様子でお弁当のおかずにかぶりつき、俺から目を逸らした。
も、もしかして俺……。
可哀そうな人って思われている? 絶対にそうだよね?
俺のすぐ隣にいる美少女三人は人気者だ。きっと夏休みの予定ぐらい、びっしり埋まっているんだろうな。
ははー。なんか悲しいー。
俺は涙目になりながら、音ゲーをやり始める。
だが、この時の俺の発言をきっかけに、沢山の思い出ができ、そしてハプニングが起きることを俺はまだ知る由もない。
――――
★×3とフォローお願いします!
完結までに★×7000と、フォロワー1.5万人いきたい!
完結まで頑張るぞ~!!!
また、KADOKAWAのスニーカー文庫から発売中!
1巻→ www.amazon.co.jp/dp/B0BJJLCPWY
2巻→ www.amazon.co.jp/dp/B0C2GWJXXD
3巻→ www.amazon.co.jp/dp/B0CLBX9ZWG
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます