第69話 英雄へのご褒美

 あー。体がいてぇー。選抜リレーで無理して走って、最後は思いっきり転んだもんなー。

 こりゃ明日筋肉痛で動けなくなりそうだ。

 俺は疲労困憊した体をどうにか動かしながら、正門へと向かう。

 疲れたー。でも何だかんだ結果オーライだったな。


 草柳の正体が公になったし、ひなみも気が付てくれた。

 もう俺のやるべきことはやり切ったし、さっさと帰ろう……。そして音ゲーをやりたい。

 トボトボと歩いていると、正門が見え始めた。


 この時間帯に帰宅する生徒は数少ない。フォークダンスに参加しない生徒は、圧倒的に少ない。

 正門を出てそのまま帰宅する生徒がチラホラいるが、両手の指の数以下だ。 

 悲しいな俺。特にこの後予定とかないのに、帰るなんて。


 普通にペアがいない。誘われていないし。まあ、しょうがない。あんまり友人いないし。ひなみや友里は人気者だから、とっくにペアが決まっているはずだ。

 俺が入るスキはない。さっさと俺みたいな奴は帰った方が良い。

 俺はそんなことを考えながら正門を通り過ぎようとした時だ。


「あっ! りょ、涼君!」


 後ろから俺の名前を呼ぶ声が聞こえた。思わず俺の足がピタリと止まる。

 あれ……、この声って。俺は振り返るとそこには……息を切らしながら汗を流しているひなみがいた。

 え、何でここにひなみが? 一体何故?


「どうしたんだよ、ひなみ。そんなに慌てて」


「えっ⁉ あ、ええっと……。ちょ、ちょっと涼君に用があってね。そ、それで急いでここに……」


 何だ、俺に用?


「俺がここにいるってよく分かったな。どうしたんだよ? 俺に用って何だ?」


 俺がそう聞くと、ひなみの顔が一気に赤くなり、オドオドし始めた。毛先をクルクルと巻きながら、俺の方を何度もチラチラ見つめてくる。

 な、何か言いたげな感じがする。あれ、もしかして正体がバレたか?


 いやいや! そんなはずない! 

 でもこの雰囲気はどうしたんだろう。

 俺はひなみが話始めるまで少しの間待ってみる。

 すると、何度も口をパクパク動かしながら、声を小さくしてこう言い出した。


「え、えと。あ、あの……。こ、このあとさ! ……皆で打ち上げをやろうと思っているの。涼君にも来て欲しい‼」


 ……え?

 ちょっと待て。待て! これは絶対何かの勘違いだ!

 だって『千年に一人の美少女』が俺を誘うだなんて、あるはずがない。

 聞き間違いだ。絶対にそうだ!


「え、ええっと……。俺の聞き間違いかな? 誘っているのか?」


「うん……」


 コクリッとひなみは小さく首を縦に振った。

 なにぃぃぃぃ⁉

 え⁉ 俺が誘われたのか⁉

 

「ひ、ひなみ! 俺なんかいたって変わらないぞ⁉ 陰キャだし」


「そんなことないよ! 私は涼君と一緒に打ち上げに参加したい! 楽しみたい! ダメ……かな?」


 ここでひなみは目をウルッと輝かせながら、首を傾げる。

 まるで売れ残った可哀そうな子犬みたいじゃねぇか。そんな瞳で見つめられたら断れない……。


 え、嘘でしょ? これ夢じゃないのかよ! 俺本当にひなみに誘われたのかよ! 

 いやでも何でだ⁉ 俺はほとんど活躍していないし、むしろ草柳に比べると存在感はなかった。

 なのに何故……?


 あー分からん! 全く理由が分からない!

 でも、ここで断ったら、男として失格だな。

 それに、古井さん達も出るみたいだから、体育祭最後の思い出を作るとするか。

 皆でな。


「そっか。じゃあ行くか。俺ちょっと足痛めてるからあんまり激しい動きとかできないけど、よろしく。MVPさん」


 俺の言葉を聞いたひなみは、ピカーッと太陽のように輝き始め、ニッコリと笑った。


「うん! もうそろそろしたら始まるみたいだから、行こう!」


 ひなみはそのまま俺の手を強く握りしめた。

 彼女の手は柔らかく、繋いでいるとどこか心の奥底から温かい感情が込みあがって来る。

 何だろうな……。俺は今幸せなのかもしれない。


「じゃあ行くか」


 俺とひなみはそのままグラウンドに戻り、打ち上げに参加した。

 草柳からなんとかひなみを守りきり、ハッピーエンドで体育祭を終えることができた。


 後日談だが、どうやら草柳の野郎は退学処分となり、さらに事務所もクビとのこと。

 今は何処で何をやっているのか分からないが、噂によるとスーパーでバイトをしているらしい。

 目撃者によると、かなりやせ細っていて顔色が悪いらしい、あの輝かしい草柳はもうどこにもいないと。

 元アイドルがバイトって……。こんなこともあるんだな。



――――

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