第66話 気が付いてしまった

 学年別選抜リレーが終わり、体育祭の全種目を無事に行うことができた。

 今は結果発表まで少し時間があり、自由に行動できる。

 私——九条ひなみはこの空き時間を利用して、自動販売機で飲み物を買おうと歩いていた時。


 草柳さんと彼の友人が校舎裏へと向かっていく姿が見え、気が付くと私は二人の後を追いかけていた。

 いつも笑顔で、そして爽やかなあの草柳さんが、鬼の形相になっていた……。

 怒りで満ち溢れ、そしてストレスが溜まっているのだと、私は直感的に理解した。

 もしかして、喧嘩……?

 いや、でもちょっと違うような。


 私は2人に気づかれないようにこっそりと追いかけ、そして二人の会話に耳を傾ける。


「あー!!! クソクソクソクソクソ!!! 何なんだよあの陰キャ野郎!!!」


 草柳さんは溜まっていたストレスを発散させるように怒鳴り散らかしながら、地団太を踏む。

 その怒りように、共に校舎裏まで来た友人は、肩を震わせた。

 草柳さんがあそこまで怒るなんて一体何が……?

 誰に対して怒っているのだろうか?


 私がそう思っていると、その答えは意外にも早く草柳さんの口から出た。


「慶道め! 俺の計画を邪魔しやがって!! あのクソ野郎が!」


 ……え? 涼君だったの⁉

 でも待って。涼君は今日ほとんど私といたから、草柳さんとはそこまで話していないはず。

 競技で何度か戦っていたけど、でも特に喧嘩にまで発展していなかったような……。

 どうして、あそこまで怒っているのか私には理解できなかった。

 涼君は人に喧嘩を売るようなタイプじゃないし、争いごとも望まないはず。

 それなのにどうして?


「落ち着けって草柳。他の人に聞かれたらどうするんだよ!」


「仕方ねぇーだろ! こうでもしなきゃ収まんないんだよ! ちくしょう……。千年に一人の美少女を堕とそうと思っていたのによ! 今頃あの天然バカ女は俺に惚れて股がガバガバになるはずだった……!! ちくしょう!」


 その言葉を聞いた時、私は言葉を失った。心がギュッと苦しくなった。

 涙が出そうになった。

 優しくて紳士的で、頼りがいがある。そんな人だと思っていたけど、でも実際は違った。


 私のことを悪い意味で狙っていたんだ。恋愛感情とはまた別、つまり性的な意味でだ。

 嘘……だよね、草柳さん。

 カラオケの件で、好意があるのかもしれないと思っていたけど、まさかこんなことになるなんて……。

 酷いよ、今までの優しさは全部嘘だったの?


「九条だけじゃねぇ。仲の良いあの2人も狙おうと思っていたが、こうなるとはな。計画が台無しだ」


 仲の良いあの2人って……まさか!

 友里と古井ちゃんのこと⁉

 私だけじゃなくて、草柳さんは親友にも手を出そうと……。

 もしかしたら涼君はそれに気が付いて、一人で戦っていたのかもしれない。

 きっとそうだ。ずっと影から私達を……。


 自分が情けなくなってきた。どうして気が付いてあげられなかったんだろう。

 鈍感な自分に怒りが湧いてくる。でも、今ようやく彼らの本性に気が付いたんだ。

 このまま何もしないなんて、できない。

 涼君は自分の意思できっと私達を守ってくれていたんだ。

 それを無駄にはできない。

 今の私にできることはただ一つ!

 それは……



 ◇◇◇◇



 休憩時間を終え、いよいよ結果発表が行われる。

 今年の体育祭は合同ということもあり、優勝した組の中からMVPが選ばれるそうだ。

 一番活躍し、審査員の印象に残った人が選ばれるとのこと。

 どちらの組が勝ち、そして誰がMVPに選出されるのかは、まだ分からない。

 グラウンドに全校生徒がぎっしりと並び、静かに結果発表の時を待つ。


「どうだった、体育祭の手ごたえは?」


 隣にいるドS王女古井さんが、腕を組みながら俺に声をかける。


「まあ、古井さんの作戦が全て上手くいったから、何とかなったよ。本当やっぱりすごいよ」


「これぐらい普通よ。特に大したことはしていないし」


「何かここまでくると、古井さんが怖いくらいだよ」


「怖いぐらいの女が一番魅力的よ? どんな組織にいても力を発揮するから」


「た、確かにそうかもしれないけど……」


「この体育祭でひなみと草柳の距離は縮まっていないし、あの男は大して活躍していない。とりあえず、体育祭は乗り越えたわね。この後もきっとあいつはアタックして来るから守らないとだけど」


「そうだな。やるべきことはやり切ったし、とりあえず落ち着けるな。あとはあいつがクソ野郎だという証拠をつかむだけか。そこが難しんだけどな」


 俺がそう言った後、本部に置いてあるマイクにスイッチが入ったのか、華先生の声が大ボリュームで聞こえた。


『あー、全校生徒の諸君。体育祭お疲れ様! いやぁ~、中々に良い勝負だったと思うよ。初めての合同体育祭だったが、大盛り上がりでこちらとしては大変嬉しい限りだ。さて、皆さんお待ちかね。結果発表の時間だ。白組と赤組、どちらが勝ったのか。そしてこの体育祭で一番輝いていたのは誰か。それを発表しようと思う。まずは優勝から発表だ。今年の合同体育祭の優勝は……』


 華先生は数秒の間を作る。俺はその間、非常にドキドキしていた。この結果で全てが決まる。

 さぁ、どっちが勝つ⁉

 皆が注目する中、華先生は声を荒げながらこう言い放った。


『白組の勝ちだぁぁぁぁぁ! 今年の体育祭の優勝は、白組だぁぁぁぁぁ! おめでとう!』


「「「やったぁぁぁぁぁ!」」」


 俺達白組は黙ってなどいられず、男女問わず腹の底から声を出した。

 周りを見ると、嬉しさのあまり抱き合っている人や、ぴょんぴょんと飛び跳ねている人もいる。

 俺もその中に混じって、こっそりとガッツポーズをする。


 優勝できて、そして草柳の妨害にも大成功。

 とりあえず何とかなりそうだ。この体育祭で付き合うことだけは阻止できた。

 ふぅー、ちょっと一安心だ。少しだけ肩の荷が降りたな。


「良かったわ。何とかひなみを草柳から守ることができたわね」


「ああ、そうだね古井さん。本当良かった」


「でも油断はしちゃだめよ。まだ終わったわけじゃない。体育祭後にもあの二人が急接近する可能性があるから、気を緩めないように」


「おうよ!」


 俺達白組が優勝したことで喜びあっている中、華先生は続けてMVPの発表を行う。


『いやー、赤組のみんなもよく頑張ったな! 勝っても負けても楽しければ全て良しだ! さて、最後にMVPについての発表だ。今年のMVPは……。騎馬戦や対抗リレーで大活躍した九条ひなみだ! 今年のM VPはひなみに決まりだ!』


 MVPがひなみに決まった瞬間、赤白問わずグラウンドが一気にざわつき始めた。


「確かに、九条さんが一番輝いていたよな」


「九条さん凄い活躍していたから、そうだと思った!」


「やっぱりひなみさんかー。まあ大注目されていたもんなー」


 まさかひなみが選ばれるのか。確かに活躍していたけど、本当に選ばれるとは。

 草柳を阻止することだけ考えていたから、誰が候補になるとか、全く気にしていなかった。


『じゃあMVPに選ばれたひなみ。前に出てきて簡単にスピーチを頼む』


 すると前方の方から、『はいっ!』と元気よく返事をするひなみの言葉が聞こえた。

 並んでいた列を抜け、そのまま全校生徒の前を走り、華先生の元へ行く。

 そしてマイクを手に取ると、ひなみはぺこりと頭を下げ、緊張しながらも挨拶をする。


『あ、あの! 時乃沢一年生、九条ひなみと言います! 今年の合同体育祭のMVPに選ばれてとても嬉しいです! この結果は皆さんの協力のおかげだと思います! 本当にありがとうございます!』


 ひなみの言葉に、全員拍手を送る。

 拍手喝采が怒る中、グラウンドのどこかから、上級生らしき男子のこんな言葉が聞こえてきた。


「体育祭マジックで、好きな人とかできたかー? 今俺絶賛彼女募集中だよ~!」


 これに続き、


「いやいや! お前より俺だろ!」


「草柳のあのルックスには誰も勝てないし、付き合うならあいつじゃね?」


「ヒュー! 草柳と付き合っちゃえよ!」


 こんな言葉が続々と聞こえてきた。

 男子校ならではのノリなのかな……。よくもまあ言えるな。逆に凄いよ。

 感心する俺だが、ひなみは草柳という言葉が出た瞬間に顔色を変えた。

 何だ、あの顔は……。嫌悪感を抱いているような気がする。


 

『……私には好きな人がいますが、草柳さんみたいな外道な人ではありません』


 この瞬間、会場全体が一瞬で静まった。シーンッと誰一人喋らなかった。

 え? 今なんて言った……? 草柳が外道?

 確かにあいつは胸糞悪い奴だが、何故それをひなみが知っている?



 あの言葉に皆が疑問に思う中、ひなみはポケットからある物を取り出し、皆に見せた。

 ちょっと距離が遠くてはっきりと見えないが、もしかしてあれは……。スマホか?


『今私が右手に持っているスマホには、先ほど彼が校舎裏で話している時の会話が録音されています。今、再生します。これを聞いて、彼のことを好きになる人などいるはずがありません』



 ひなみはその後、録音された会話をマイクに向けて再生した。

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