第65話 守っているだけだ
『学年別選抜リレーもいよいよ終盤に差し掛かりました! 現在赤組の走者が一歩リードしている状況です! 一位は赤組、二位に白組。三位に赤組、四位が白組となっています! 果たして一年生の選抜リレーはどこが勝つのでしょうか!』
学年別選抜リレーが始まってから少し経ち、もうそろそろで最終局面を迎える。
俺はコース脇からリレーを見ながら、静かに順番が来るのを待っている。俺はアンカーの直前、第五走者を走る予定だ。
しかし、つい先ほど誰かに足を踏まれてしまい、赤く腫れている。歩くだけでもかなりの激痛が走る。それに対し隣で待機している草柳は、絶好調で自信満々そうだ。
そりゃそうなよな。
今一位で走っている走者は草柳のチームだ。対して俺のチームは現在最下位。
トップバッターがスタートと同時に転んでしまい、大きく後れを取ってしまった。
さらに草柳のチームは陸上経験者が多く、かなりの差を付けられている。
身体的にも順位的にも俺の方が劣っている。
このままだと草柳が一位でゴールし、俺のチームはもしかしたら最下位になるかもしれない。そうなったら最悪だ。
総合得点は赤組の方が高い。もしここで負ければ逆転できる可能性はほぼゼロだ。
このままの順位をキープ出来れば、赤組の勝ちが確定する。
だから余裕そうな表情を浮かべているんだ。
「続いて第四番走者にバトンが今渡されました! 現在の順位は変わらず赤組のチームが一位で走り抜けています! このままの順位を維持しながらアンカーまでバトンを繋ぐことができるのか! そして今第五走者達がレーンに並びました!」
俺は激痛に抗いながらも、静かに所定の位置につき、バトンが来るのを待つ。
すると、隣のレーンにいる草柳がどこか蔑んだ目を俺に向けてきた。
「慶道君、さっきから足を引きずっているけど、平気なのかい?」
心配しているような言葉だが、本心は違うだろうな。俺のこの状況を心の中で笑っているに違いない。
スパイクで俺の足を踏みつけるように仲間に指示を出したのは……こいつだ。
俺の足の異変に唯一気が付いているのがその証拠。俺が激痛に耐えているのを、馬鹿にしていやがる。
「別に平気だよ。ちょっと足踏まれたぐらいだから」
本当は歩くだけでも痛いけど、こいつの前で弱っているふりなんて、死んでもできない。
俺にだって背負っているものがあるんだよ。
「そうかい。でも無理は禁物だよ。無茶しないようにね」
草柳の爽やかな笑みから、そんな言葉が出る。
俺と草柳が会話をしている内にバトンを持っている走者が、徐々にこちらに近づいていた。
『いよいよ第五走者の順番が来ました! 現在トップで走っているのは、英雄草柳さんがいる赤組のチームだ! 白組逆転できるか⁉』
「こっちだよ!」
第四走者がバトンの受け渡しの区間に入ると、草柳が手を上げて声を出す。
その声に沿って、第四走者の人が草柳の方に向かって一直線で走り、そして。
「バトンが草柳さんに渡った! ついに英雄の手にバトンが渡りました! この順位を守ってアンカーに繋ぐことができるのか!」
実況者が大興奮する中、草柳はバトンを握りしめ、勢い良く走りだした。
どんどん俺との距離を離していく。
まるで風を切るかの様な走りを見せる草柳に、応援席にいる生徒達は、
「草柳さーん! ファイトー!」
「頑張れ!」
「応援しているぞー!」
必死で草柳の走りを応援する。その声が嬉しいのか、草柳の顔が少しニヤついていた。
ちくしょう。好調なスタートダッシュを決めたな、あいつ。
草柳が走り出して少ししてから、俺の元にもバトンが来た。
最下位でバトンを受け取った直後、すぐに草柳の背中を追う。
このまま草柳を一位でゴールさせるわけにはいかない。絶対に俺が追い付いてひなみに繋ぎとめる。
そう思っていたが、現実は甘くない。
走る度に。地面を思い切り蹴る度に。
ズキンッ!
まるで釘にでも刺されたかのような痛みが脳に伝わる。激痛の中走っているので、どうしても本調子に戻せない。
『ああっと! 慶道選手! 足でも痛いのか⁉ 先ほどまでの競技の様な走りができていない。このままでは他の選手を追い越すことは難しくなるぞ!』
チラッと白組の応援席を見ると、不安そうに俺を見つめるクラスメイト、仲間の姿が映った。
ああ、ちくしょう。情けねぇな俺。
足を踏まれたとはいえ、最後の最後でこれかよ。
このままだと、もう逆転は……。
いや、諦めるんじゃねぇよ俺!!
高校で再会して友達になってから決めただろ。
ずっと影から守り続けるって。
そうだよ。忘れるな俺。俺は誓ったんだ。
どんなことがあってもひなみを守るって!
このぐらいの痛みで簡単に諦めるわけにはいかないんだよ!
待ってろよ草柳!
『……え? な、なんと! ここにきて慶道選手が急にスピードを上げてきた! 一体何が起きたのか分かりませんが、どんどんスピードが上がっています! 他の選手との距離を詰めていく!』
草柳は咄嗟に後ろを振り向き、状況を確認した。
着々と距離を縮める俺に、先ほどまで勝ちを確信した草柳の表情が、一気に崩れる。
草柳は驚きながらも前を向き、必死に走り始める。が、俺もその後をしっかり追う。
一人、二人と俺は最下位からのスタートだったが、他の選手をどんどん追い越していく。
右足からの激痛が今も全身を走っているから、正直走るのがしんどいぐらいだ。
でも、約束したんだ。負けるわけにはいかない。
お前みたいな奴に、ひなみは渡さないぞ!
残りの距離が三十メートルほどとなった所で、ついに俺は草柳に追いつき、位置を揃えた。
『慶道選手が草柳さんに追いついたぁぁぁぁ! さきほどまで一位だった赤組の草柳さんに追いつきました! 果たして勝つのはどちらだ!』
「はぁっ! またあいつかよ! 草柳さんの邪魔をするな!」
「草柳さん! 負けないで頑張って!」
「そんな奴に負けるな! 我が校の英雄!」
俺の追いつきに対し、応援席からざわついた声があちこちから聞こえた。
黙って聞いていれば、ほとんど俺に対する愚痴だ。
まあそりゃそうだ。草柳がトップを走っていたのに、こんなモブキャラな俺が、急に追いついたんだ。
スターの活躍を邪魔する奴は、こうなるのがむしろ当たり前だ。
でもそれで良いんだ。
例えどれほど周りから批判されようと、馬鹿にされようと、雑に扱われようと。
影から守ることができればそれで充分だ。
俺は耳を傾けずに、バトンを待っているひなみを見つめながら、必死で走る。
するとひなみが向かっていることを確認したひなみは、
「涼君! こっちだよ!」
俺の目を見ながら大声を出した。
周りから不満の声が続出している中、ひなみだけは俺のことを真っ直ぐに見つめくれた。
不安そうな表情など一切見せず、真剣に、そして熱い目を向けていた。
俺はひなみの真っ直ぐな瞳に、改めて勇気づけられた。信じられていたら、それに応えるしかない!
草柳とほぼ同タイミングでテイクオーバーゾーンに入り、俺はそのままひなみにバトンを渡した。
「いけぇひなみ!」
「うん!」
ひなみはバトンを握りしめながら、勢い良く地面を蹴り、ゴールに向かって走り出す。
俺は走っていく彼女の背中を見つめながら、一気に体全体から力が抜け、そして。
ズココッ!
砂煙と共に、俺は豪快に地面に転がり落ちた。
あはははは。情けねぇ。草柳とほぼ同着のままひなみにバトンを渡せたけど、この締めは情けねぇな。
『ひなみ選手! 慶道選手からバトンを貰い、そのまま走り抜ける! その後を草柳さんのチームが必死に追いかける! しかし! ひなみ選手速い! ほぼ同タイミングでバトンを貰ったが、差をどんどん広げていく! 白組逆転なるか⁉』
実況者の言葉を聞き、俺は一安心した。ひなみは運動が全くできない女子じゃない。
成績優秀で運動も抜群だ。このままいけば、一位でゴールできるかもしれない。
後のことはひなみに任せ、俺は後ろにいる草柳に目を向けた。
あいつは俺のことを悔しそうに睨みつけ、拳をギュッと強く握りしめていた。
「な、何でだ……。何で君は僕の一歩先を行く⁉ 借り者競争や、騎馬戦の時もそうだ! 何で僕の一歩先に立ち、邪魔をするんだ!」
あの爽やかなイケメンが、鬼の様な形相をしている。そしてこの乱れよう。
相当俺に対して苛立っているみたいだ。
古井さんの作戦が上手くいき、草柳の作戦は機能していない。さらに最後のリレーに関しては、純粋な実力で追いついた。
冷静を保てるはずがない。スターとして大注目される中、ここまで失態が重なれば、この体育祭で上手くひなみにアピールできないだろう。
俺はボロボロになった体を起こしながら、ゆっくりと立ち上がる。
「別に邪魔なんてしないよ。俺はただ……守っているだけだ」
「は? 守る……だと?」
草柳は俺の言葉に、少し驚いていた。
一体誰を守っているのか?
それを聞きたそうにしていたが、俺は無視しながら、レーンの内側に入る。
お前に話すことなんてないっての。そして俺が内側に入った瞬間。
『ひ、ひなみ選手! 一着でゴールしたぁぁぁぁぁ! 迫りくる赤組から逃げ切り、一位でゴールをしたぁぁぁぁ!』
「「「うおおおおおおお!」」」
会場全体が本日一番の大盛り上がりを見せる。
ひなみはゴールした後、応援席の方に体の向きをクルッと変えた。
「皆! 応援ありがとう! 一位でゴールできて嬉しい!」
一位でゴールをしたひなみが、応援席にいる人達に手を振りながら笑顔を送る。
多くの生徒から拍手され、称賛されているひなみは、
「えへへ」
嬉しそうに笑いながら、応援席に向かってピースをした。
可愛らしい笑顔を見せられ、会場はさらに盛り上がった。
よし、ひなみの活躍もあってか、何とか一位でゴールすることができた。
皆がひなみに注目する中、俺は足を引きずりながら、応援席へと戻って行った。
これで少しは、ひなみの思い出作りに貢献できたかな。
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