第64話 やばくなりそうだ…

 騎馬戦が終わり、次に俺——草柳が出る種目まで少しの時間が生まれた。

 俺はその空き時間を使い、同じ体育祭実行委員の真鍋を連れて、校舎裏に来た。

 こんな薄暗くて人の気配がまるでないところに来た理由はただ一つ。


「ちくしょうっ! 何なんだよ! 何であいつに……慶道に邪魔されるんだ!」


 作戦が何もかも上手くいかず、苛立っているからだ。

 その苛立ち発散しようと、拳に力を込めて思い切り壁を殴る。

 乾いた音と共に拳に激痛が走るが、それでも俺の怒りは静まらなかった。

 

 マジで腹が立つよ。

 慶道が立て続けに邪魔してきやがる!

 借り者競争の時は九条を連れていかれてしまった。こっちが色々仕込んで俺が連れていくはずだったのに、古井さん何者かの介入で慶道に横取りされるとはな……。


 先ほどの騎馬戦も、まんまと相手の戦略に踊らされてしまった。

 振り返ると、俺の作戦が上手く機能しなかった時、必ず慶道が近くにいた。

 俺よりも対してイケメンでもないただの陰キャが、何でここまで俺の邪魔を!

 ちくしょうがっ!

 九条に良いところを見せて、惚れさせる作戦が台無しだ!

 俺は再度拳を壁にぶつけ、息を荒くする。


「お、おいよせ草柳。それ以上やれば、お前の拳がダメになるぞ」


 隣で見ていた真鍋が声をかけるが、俺はギリッと睨みつける。

 こいつは俺の作戦を知る数少ない仲間だ。真鍋が色々と作戦を考えてくれていたが、その全てが上手くいっていない。

 よくよく考えれば、簡単に見透かされる様な案を考えるこいつが悪いんじゃないのか?


「お、おい草柳。どうしたんだよ、そんな怖い目をして」


「何とぼけてんだよ……ああ⁉」


 俺は真鍋の胸倉を力いっぱい引っ張り、そして殺気を出しながら俺の怒りをぶつける。


「何で俺は関係ありませんって顔をしてんだ! てめぇーの作戦が上手くいってねぇーからこうなってんだろうが! 自覚あんのかよ! 嘘をついてまで『千年に一人の美少女』に近づいた意味がねぇだろうが!」


 俺の言葉に、真鍋はブルブルと震えだした。


「わ、悪い! 本当にすまない! で、でもここまで妨害されるとは思ってもいなかったんだ!」


「は? じゃあ何だ? 能天気に生きてるあの陰キャよりも、お前は頭が悪いのか?」


「ち、違う違う! そういうことを言っているわけじゃない! イレギュラーな事態が立て続けに起きてて、上手く軌道修正ができないんだ! 許してくれ!」


 真鍋の作戦が全て上手くいき、後夜祭の告白が上手くいけば、ひなみは俺の女になるはずだ。

 それなのによ……。 

 容姿や人望など、全てにおいて俺が勝っているのに、何で慶道が一歩前をいっているんだよ。

 腹が立ってくる。クソがっ!


「で、でもまだ勝算はある! 最後の種目である学年別選抜リレーで一位になれば、可能性があるはずだ!」


 俺はこの言葉を聞き、真鍋の胸倉を掴む手をそっと離した。

 確かに、最後の種目で逆転のチャンスはあるな。


 学年別選抜リレー。

 この種目は各学年のクラスごとに代表者を男女一名ずつ選び、リレーを行う。


 もしこの種目で一位になれば、真鍋の言う通り、もし一位になれば、今以上に大注目され、九条にも良いところを見せられるはずだ。

 体育祭でさらに仲を深め、そして惚れさせるためにも、結果は出さないといけない。


 だがまた慶道に邪魔されるのは面倒だ。何せ偶然なのか分からないが、俺とあいつが出る種目は全て一緒だ。

 必ず勝つためにも、こいつに……。

 真鍋には色々と動いてもらわないとな。


「そうだな。お前の言う通りだ。だが絶対に勝たなければ意味がない。お前確か……野球部だったよな?」


「え? あ、ああ。そうだけど。それがどうしたんだ?」


 学年別選抜リレーでは、俺と慶道がアンカーの直前を走る。

 もしここで俺があいつに負ければもう無理だ。だが、慶道に傷を負わせればどうだろうか……。

 あいつが本調子で走れなくなればどうだろうか?


「真鍋、お前は俺の言う通りに動け。あいつの足を……壊せ!」


 俺は思いついた作戦を、全て真鍋に伝えた。

 これが上手くいけば、慶道の足を潰せる。



 ◇◇◇◇



 午後の種目もほとんど終え、これから学年別選抜リレーが行われる。

 学年選抜リレーは、赤組白組共に二チームずつ編成し、四チームで順位を競い合う。

 この種目に俺達A組の代表として出るのは、俺とひなみだ。

 ひなみがアンカーを務め、俺はその直前を走る。

 今のところ点数では俺達白組が負けている。だがこの競技で勝てば、赤組に逆転できる。

 そう考えると余計緊張するな。


「よし、そろそろ時間だしいくか、ひなみ」


「そうだね! 行こう!」


 俺は応援席の隣で座っているひなみと共に立ち上がり、集合場所へと歩き始める。


「今は得点で負けているけど、ここで逆転すればまだ可能性あるよな」


「そうだね。諦めなければ可能性はあるよ!」


 ピカーンッと光り輝く笑顔を、俺に向けるひなみ。純粋で可愛らしい笑顔に、俺の疲れは一気に地平線の彼方まで飛んでいった。

 凄い、笑顔を見ただけで今日の疲れが吹き飛んでいったぞ。


「だな。それにしても、ひなみは凄い活躍していたよな。他の参加種目でも大活躍していたのが印象的だな」


 ひなみは騎馬戦以外にも、玉入れや二人三脚にも出場している。

 特に二人三脚は凄かった。

 友里と息を揃えて走り出し、ぶっちぎりの一位を記録していた。過去最高記録が出たとかっていう話もチラッと聞いた。

 誰が見てもひなみが白組の中で一番活躍している。


「別にそんなことないよ。皆に支えられて良い結果を残せただけだら、私なんて大したことは……」


「そう言うなよ、ひなみ。ひなみがいてこそできたことなんだ。誇りに思っても良いんじゃないか?」


「そ、そうかな……。えへへ。ちょっと嬉しい」


「なあひなみ。体育祭、楽しいか?」


 嬉しそうな笑みを浮かべるひなみを見ていると、俺の口から自然とこんな言葉が出ていた。

 体育祭が始まるずっと前から、ひなみは今日を楽しみにしていた。

 今までずっと友里と古井さんと同じクラスになれなかった影響で、三人揃っての思い出が中々なかったらしい。いつも三人の内の誰かが、相手になっていたからだ。


 でも今年の体育祭は仲良し三人組で一緒になれたから、思い出を作ろうと一所懸命だった。

 だからだろうか。こんな質問をしてしまったのは。


「うん! すっごく楽しいよ! 思い出も沢山作った! ほらほら見て見て涼君!」


 ひなみはそのまま幸せそうにスマホに保存してある写真を見してくれた。


「これはね、友里と古井ちゃんの三人で、さっき応援席で撮ったの! あ、あとこれはね、競技中の古井ちゃんの写真なんだ! 可愛く撮れているよね! それでこれは友里の写真! 必死に走っている姿がカッコいいよね! 最後が涼君の写真だよ! 涼君が借り者競争で、スタートラインで構えている時のだよ! すっごく逞しい!」


 ひなみは何度も何度も今日撮った写真の説明をしてくれた。

 友里や古井さんだけじゃなく、俺のも撮っていたことにちょっと驚いたが、それでもひなみの思い出になっているから、嫌な気はしなかった。

 草柳に狙われているとはいえ、このままいけば何とかなりそうだ。

 体育祭に優勝してあいつの作戦を妨害できれば、多少の時間稼ぎはできる。だから、ひなみと草柳が今すぐくっ付くことはないだろう。


「そっか……。沢山思い出ができて良かったな」


「うん! 今日帰ったらお母さんにも沢山お話しするんだ!」


「なるほどな。じゃあ最後のリレーも勝ち切って、このまま優勝しようぜ! 勝って思い出を作ろう!」


「うん! 頑張ろうね!」


 俺とひなみはお互い見つめ合いながら、ニコニコと笑い合った。

 行ける気がする。このままの調子だと、リレーも勝てる気がする。そしてひなみを守り、思い出作りにも貢献できる気がする。

 俺はそう思いながら、集合場所へと足を動かしている時だ。


「あっと! ごめんよ! ちょっと急いでいるんだ! そこ通るよ!」


 誰かが顔を下に向けながら俺の前を走り去ると共に、

 ビギンッ‼

 右足から骨を押しつぶされるような鋭い激痛が、体中を走った。

 めちゃくちゃ痛い! なんだこの痛みは⁉


 何か鋭く固い物に右足を踏まれたのは間違いない。足裏に何か固い物が付いている靴だと思うから、サッカーや野球、陸上のスパイクかもしれない。

 俺はあまりの激痛に足が止まってしまった。そしてそのまま腰を下ろし、踏まれた右足に手を当てる。

 マズいぞこれ。足先じゃなくて甲を踏まれてしまった。まだ踏まれた感触が強く残っている。


「あれ? どうしたの涼君?」


 ひなみは首を傾げながら、不思議そうに俺のことを見つめる。でも、今ここで俺が弱音を吐いていても、状況は良くならない。

 せっかくひなみが楽しそうに思い出を作っているんだ。

 無駄な心配はかけられない。


「ああ、大丈夫だ。ちょっと靴紐がほどけただけだ。先行っててくれ」

「え、それぐらいなら全然待てるよ」

「ああ、いや靴紐を結んだ後、ちょっとトイレにも行こうと思うんだ。だから先に行っててほしい」

「あ、そうなんだね。うん、分かった。じゃあまた後でね!」

「おう!」


 ひなみはそのまま前を向き、集合場所へと一人向かって行った。

 ひなみが人混みの中に混ざり姿が見えなくなることを確認した俺は、靴を脱ぎ踏まれた右足の甲を見る。

 すると……蜂に刺された様に、真っ赤に腫れあがっていた。

 まるで蜂に刺されたかのように、ぷっくりと腫れていた。

 ああ、こりゃ、嫌な予感がする……。

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