第62話 古井&友里のお色気作戦だと!?
「前線部隊! 出撃!」
ひなみは開始早々、赤組より先に前線部隊に指示を出し、計五つの騎馬が動き出した。
一方、前線部隊とは反対に、囮役の友里や古井さん、そしてガード役の騎馬は後方でひなみを囲う様に形を作る。
これに対し、草柳は、
「よし。俺達も動き出すぞ! 前線部隊! 進め!」
白組の動きに対し、草柳も後れを取らない様にすぐに指示を出し、味方を動かす。
真っ向から向かってくる赤組の騎馬の数は五つ。
一方その後ろでは、草柳と彼を守る四つの騎馬が守備を固めていた。
攻撃と守りに半分ずつ人を当て、守備側はガタイがデカい体育会系の人達で構成されている。あれなら、パワーと気迫で守り通すことができる。
鉄壁の防御の中から安心して指揮を取る。そして白組の騎馬の数が少なくなったタイミングで、ひなみのハチマキを取る。
草柳はそう動くだろう。
俺達の初期配置は赤組とさほど変わらない。
前線部隊が前で敵を削りつつ、後方では守備陣がひなみを守る。
初手の動き出しは同じだが、ここからどう動くか。
『ああっと! 白組、赤組! 両者ともに一斉に動き出し、真っ向からぶつかり合う! ハチマキを奪い取ろうと、激しくぶつかり合う!』
ひなみと草柳の指示で動いた前線部隊が一気に激しくぶつかり合う。
体を激しく衝突しながらも、敵のハチマキを奪い取ろうと激しい攻防が繰り広げられる。
後ろで見ている俺の目には、白組と赤組の実力はほぼ同じに見える。
実力が同じ今、どちらの組が先にハチマキを取るかで状況が変わる。先手を取った方が有利に進められるだろう。
草柳は体育会系の人達を護衛側に配置しているから、攻撃にはやや欠ける。
ここで相手の騎馬の数を減らせれば、有利な状況のまま草柳と戦うことができる。
このまま俺達が取れば……。
そう思っていたが、現実はそう思い通りにはならなかった。
「よし! A班とB班! 今だやれ!」
「「了解!」」
突然草柳が後方から味方に指示を出す。それに合わせ、戦っていた赤組の一騎が突然動きを変えた。
激しくハチマキを取り合っていたが、突然戦うことを辞め急遽逃げ始めた。
「あれ⁉ 急に逃げ出した⁉ 何で⁉」
戦っていた白組の騎士から言葉がこぼれる。
間に超えられない実力差があったわけではない。むしろほぼ互角。それなのに急遽逃げ出したため、驚きを隠せなかった。
何故逃げたのか。後ろで見ている俺には分からなかったが、その後の行動を見てようやく理解でした。
逃げたのではない。標的を変えたのだ。
さきほど戦っていた赤組の騎馬は、一旦後方に退いたかのように見せ、別の白組の騎馬へと一直線で動き始めた。
今前線部隊で戦っている赤組白組の騎馬数は五つ。
つまり一対一の戦いを展開している。皆目の前にいる敵のハチマキを取ろうと、激しくぶつかり合っている。
そんな状況の中で、逃げ出した赤組の騎馬は、別の白組に標的を定め、背後から近づく。
「危ない! すぐに逃げろ!」
後ろで見ていた俺がそう言葉を飛ばすが、数秒遅かった。
狙われている白組の騎馬は戦いに気を取られ、背後から近づいている赤組に気が付いていなかった。
そのまま注意力がなくなっていた隙をつき、赤組が背後から豪快にハチマキを奪い取った。
『赤組! 背後から白組のハチマキを取ったー! 挟み撃ち作戦で相手のハチマキを一枚奪い取ることに成功したぁぁ!』
ちくしょう……。先手を取られてしまった……。
草柳の野郎。最初から挟み撃ちで狙うつもりだったのか。
俺達の前線部隊の数は五つ。相手がどう動くのか先に様子を見て、自分達も同じ数でぶつける。
そして一対一の状況を意図的に作り、その上で挟み撃ち作戦を実行したのか。
考えたな草柳。
俺はギリッと、遠くからだが草柳を睨みつける。俺の視線に全く気が付いていないが、それでも、有利な状況を作る事ができたためか、口角が少し上がっていた。
このままだと、また戦いに気を取られている隙をついて挟み撃ちで狙われる。
四対五の状況じゃ、こっちがあまりにも不利だ。背後から狙われたら終わり。
どうすれば。俺達守備陣から騎馬を前に出すか。
いや、もしかしたらそれも草柳の作戦の一つかもしれない。
ちくしょう。
唇を噛みしめていると、この状況に対し古井さんが口を開いた。
「一旦落ち着いて! 相手の作戦は挟み撃ちで確実に背後から狙ってくる! ここはペアを作って、お互いの背後を守り合いながら戦って! 守備陣営はそのまま待機! 動き出したら相手の思うつぼよ!」
焦りや不安を感じ始めている白組全員に対し、落ち着いた様子で指示を出した。
ひなみを守る俺達にまで指示を出したことを考えると、恐らく古井さんは草柳の作戦を読んだ上での判断だと思う。
ここは冷静に、大人しく言う通りにしておこう。
古井さんの指示の元、さっそく白組はペアを組み始める。お互いの背後を守り合いながら、迫りくる赤組と戦う。
『白組! 背後から狙われない様に、すぐさまペアを組み互いの背後を守り合いながら戦い出した! これなら赤組の挟み撃ち作戦が通用しない! 咄嗟の機転だが、上手く相手の作戦を封じ込めた!』
確かに草柳の作戦は封じ込めたかもしれない。
だが前線部隊の数は、四対五とこちらが不利だ。咄嗟に挟み撃ち作戦の対抗策としてペアを組んだが、それでも不利な状況は変わらない。
体育会系の人達は草柳の守備に回っているとはいえ、この状況はかなりマズい。
事実、後ろから見ていると、どんどん消耗していく味方の姿が目に入る。
そりゃ不利な状況で戦っているんだ。ペアで動いている以上一旦逃げて体勢を建て直すことは厳しい。
このままじゃ体力的にこちらの前線部隊が負けてしまう。
「古井さん、どうする……? 相手の作戦を封じたとはいえ、これじゃあ味方の体力が」
「確かに数で見たら不利ね。このままだと前線部隊が全滅するかも」
「おいおい。それじゃあダメだろ!」
「馬鹿ね。私がそのことを考えていなかったと思う? 男女混合とは言え、相手のチームは体育会系が多い。さらに、星林高校の男子の数も圧倒的に多い。この状況を上手く利用して戦えば良いのよ。そのために囮役の私達がいる」
古井さんはそう言うと、隣にいる友里の目を見て、アイコンタクトを送る。すると友里はその意図を瞬時に見抜いたのか、ニヤニヤと笑い出した。
な、なんだその女子特有のテレパシー的なもんは……。
「友里、古井ちゃん。大丈夫? 本当に上手くいくかな?」
「大丈夫! 何とかなるよひなみ! 囮役の私達が何とかするから!」
「ええそうね。心配しないでひなみ。それじゃ友里。第二段階に移りましょう」
少し不安な様子を見せるひなみだが、それに対し二人共自信たっぷりな表情を浮かべた。細かい作戦情報は聞かされていないが、一体どんな手を使って相手の注意を引くんだ?
俺がそんなことを考えていると、二人共前を見ながら動き始める準備をする。
そして息を揃えて共にこう言った。
「「GO!」」
その言葉を合図に、友里と古井さんが乗っている騎馬が地面を強く蹴り、一気に前線部隊の方へと動き出した。
『なんと! 後方で王様を守っていた白組の騎馬二つが、突然動き始めた! 前線部隊に入って、サポートに回るのか! い、いや違う! これは! 前線部隊との戦いに参加せず、自由にグラウンドを駆け巡っている!』
「ほらほら赤組の皆さん! こっちですよ!」
「かかって来なさい、チェリーボーイ達」
友里と古井さんはグランド内を駆け巡りながら、前線部隊と守備に回っている赤組の騎馬を挑発し始めた。
前線部隊は赤組の方が有利。さらには防御も鉄壁。
僅かな隙を作るためにも、挑発して場を混乱させようとしている。
事実、前線部隊の何人かは手を止めて友里や古井さん達の方を注視した。
よし、これで二人に釣られて動き出せば、この苦しい状況も変えられる。
相手の陣形が乱れた隙をついて、一気に突撃すれば草柳のハチマキを取ることができる。
グランド内がざわつき始め、相手選手に迷いが生じてきたが、しかし。
「二人の挑発は無視するんだ! あれは陽動! 騙されるな! それぞれ持ち場での役割を果たすんだ!」
鋭い声が一気に場の雰囲気を変える。この声の主は、赤組の後方で指示を出す草柳だ。
草柳は友里と古井さんの行動を見て、陽動だと気が付いたのだろう。
味方全員に指示を出し、崩れかけた陣形を元に戻す。
やるなあいつ。冷静じゃないか。
『草柳選手! 冷静に相手の行動を見抜いた! さすが我らがスター!』
せっかくの陽動も無駄になり、再び難しい状況に変わりそうになる。
白組全体にマイナスな雰囲気が漂い始めた、その時だ。
さきほど駆け巡っていた友里と古井さんが何故かニヤニヤしだした。
それも何かとびっきり悪いことを考えている感じだ。
何だ、あれ。絶対何か企んでいるでしょ。
な、何する気だ? どうやって再び相手の陣形を荒らすんだ?
そう思いながら後ろから見ていると、二人の口からとんでもない言葉が聞こえてきた。
「あ~、そう言えばせっかくの体育祭なのに、フォークダンスのペアがまだ決まっていないんだよね~。誰かこんな私と踊ってくれる人いないかな~? あ、そうだ! どうせやるなら、私のハチマキを取った人とやりたいな~。一緒にダンスした後、二人っきりで過ごすのもありかな~。そろそろ恋人欲しいし」
友里は最後に赤組全体に可愛らしいウィンクを送る。
その可愛らしいアピールに、赤組の男性選手のほとんどがカチンと固まった。
それに続き、古井さんもポケットから紙を二枚取り出して、こう言い始める。
「ペア旅行のチケットが当たっているのを思い出したわ。ああ、でもこれカップル専用だったわ。私一人じゃいけないわね。私って小柄だから、守ってくれる筋肉ムキムキで超熱い男と行きたいわね。若い男女が二人っきり。ふふ。夜が楽しみね。刺激的な日になりそうだわ」
古井さんはペロリと唇を舐めながら、ペアチケットの紙を見せびらかす。
これがとどめとなったのか。
バギン!
と理性が壊れる音が、赤組の男子を中心に耳に入ってきた。
数秒間、グランドに沈黙が流れた後。
「「「おおおおおおおおおおおおお!」」」
赤組男子の騎馬は目の色を変え、雄たけびを上げながら、一直線に古井さん、もしくは友里の方向へと走り出した。
「友里ちゃんんん! 俺と踊ろうぅぅぅ!」
「古井ちゃん! 俺ならどんな時でも守ってやれるぞ!」
「俺と旅行に行こう! 古井ちゃん!」
前線部隊で戦っていた騎馬三つと、後方で守備を固めていた騎馬二つが、目をハートにしながら、二人の後を死に物狂いで追いかけ始めた。
何だこの食いつきようは……。こ、古井さんもしかして、初めからこれを狙っていたのかよ……。
今追いかけているのは赤組の男子が中心だ。女性を中心で組まれている騎馬は、微動だにしていない。
むしろ必死に追いかけている男子を、ゴミを見るような冷徹な目で見ている。
温度差がすげぇ……。マジで雰囲気が冷たすぎるじゃねぇか。女子ってあんな冷たい目ができるのか。女こわっ!
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