第60話 お姫様抱っこ!?


58話で一部内容を修正しています。

借り者競争に草柳が参加する方向に変更。また、当初は2年生でしたが、涼たちと同学年にしています。

久々の投稿でミス等あると思いますが、よろしくお願いいたします!

――――


『ああっと! 慶道選手! まさかのひなみさんを連れ出したぁぁぁぁぁ! 借り者競争開始早々、とんでもない展開が訪れる! 果たして慶道選手とひなみさんはゴールできるのか!』


 俺がひなみを連れ出したことで、会場が一気にざわついた。

 敵味方関係なく、ひなみの手を握る俺の姿を見た人達の色んな言葉が耳に入ってくる。


「おいおい、そこは草柳さんに譲れよ……」


「えー、何あの人? 全然知らないんだけど?」


「誰だよ、あの陰キャは。面白くねぇなー」


 否定的な意見ばかりだな、こりゃ。でもしょうがない。こうなるのがむしろ自然だ。

 ひなみは全国で有名な美少女。それに対し俺はただの凡人。むしろそれ以下に見えるだろう。

 あまりにも釣り合わないこの組み合わせは、周囲からしてみれば不満に感じるはずだ。

 でもやらなきゃいけない。


 穏便に、かつ草柳から守るには、誰かが汚れ役を買わないといけない。

そうでなきゃ……大切な人なんて守れねぇよ。


「涼君。あんまり良くない言葉が聞こえてくるけど、気にしちゃダメだよ!」


 一緒に走るひなみの口から、こんな言葉が出た。さすがにひなみの耳にも届いていたみたいだ。

 俺は心配させない様に、ニッコリと笑みを見せる。


「大丈夫だ、ひなみ。俺は気にしてない」


「涼君……」


「でもさ、ちょっと悔しいから見せつけてやろうぜ。俺達が一位になる瞬間を!」


「うん! そうだね! 一位を目指そう!」


 ひなみの元気な声が聞こえた後、俺達はお題を引いた場所に一番で戻ることができた。

 借り者競争で連れてきた人と共に、ここからゴールまで走らなければならない。

 他の参加者を見ていると、草柳を含む数人がこちらに向かってきている。

 モタモタしていたら、抜かされてしまうだろう。


「よし。じゃあいくぞひなみ」


「う、うん」


 俺は腰を下ろしひなみの両足と腰に手を当てる。そして一気に力を入れ、そのままお姫様抱っこをした。

 その瞬間、俺の腕の中にいるひなみの目が、パッチリと大きく開き、さらに顔全体が赤くなるのが見えた。

 すまん……。恥ずかしいだろうけど、我慢してくれ……。

 お互い物凄い恥ずかしさを感じながら、それでも一位でゴールするため、俺は全力で走り始めた。


 ひなみの柔らかい太ももの感触と、ほんのりと温かい体温、そして香水の匂いに理性がぶっ飛びそうになる。でも、気を逸らさず、ただゴールだけを見ながら懸命に走る。


『や、や、や、や、やり遂げたぁぁぁぁぁ! 慶道選手! ひなみさんをお姫様抱っこして、走り出したぁぁぁぁぁ! 応援席から嫉妬に狂う男子の目が、まるで暗闇の中獲物を狙うハンターのように光り輝いている! 一方同級生にお姫様抱っこされたひなみさんはと言うと……。めっちゃ照れている! 可愛すぎる! 私の目には、まるで王子様に抱っこされているお姫様にしか見えない!』


 俺はチラッと走りながら応援席の方に目を向けると、確かに嫉妬に狂い、歯を食いしばりながら俺を睨みつける、数多の視線が確認できた。

 で、ですよねー。こうなりますよねー。納得できませんよねー。


 そりゃ『千年に一人の美少女』をこんな陰キャみたいな俺がお姫様抱っこしていたら、普通腹が立つよな。

 だが悪い。俺にだって譲れないものがあるんだ。どれだけ批判されようと、どれだけ陰口を言われようと、今胸の中にいるひなみは、守らなければならない。

 恥ずかしさもあるが、それでも好調に走り続ける。


 途中誰にも抜かされることなく、残り半分を一位で通過。

このままなら、一位でゴールできる。草柳に勝てる。

そう思った時だ。


『おっと! 一歩リードする慶道選手の後ろに……。我らがスター! 草柳選手ペアが近づいている! 女子生徒をおんぶしながら、凄まじい勢いで近づいている! 目が、目がとてつもなく熱い! 絶対に負けないという覚悟が伝わる! 果たして慶道選手ペアは逃げ切れるのか⁉ それとも、草柳選手が逆転するのか! 勝つのはどっちだ⁉』


 俺はその声を聞きゾッとした。

 すぐさま後ろを見るとそこには……。

 怒りのあまり俺を強く睨みつける草柳の顔がハッキリと見えた。まるで鬼のように眉間に皺を寄せ、歯を食いしばりながら俺を睨みつけていた。


 ヤバい。このまま追い付かれるかもしれない。

 まさかここで追い上げて来るとは。

 いや、感心している場合じゃない。

 何があっても、俺が一位でゴールする。必ず守るんだ!


「ひなみ! 後ろから草柳が迫っているけど、俺を信じろ! 必ず一番にゴールするぞ!」


「え、ええ、は、はぴぃ!」


 何か日本語とは別の言語の返事が聞こえたが、それでも俺は前を見て必死に足を動かす。

 しかし、いつの間にか、後ろで走っている草柳の足音が徐々にはっきり聞き取れるようになっていた。

どんどんスピードを上げているのが分かる。それに草柳を支える声が応援席から沢山聞こえる。


 でも、例えどれだけ応援されなくても、歯を食いしばってやるしかない。

 俺は残りの体力全てを使い、全力で足を動かした。


「うおおおおおおおおお!」


 草柳が必死で声を上げながら背後から迫りくる。それに焦り、俺も必死で距離を離そうと、限界までスピードを上げる。

 お互いに全力で走り出し、ゴールまでおよそ十メートル。五メートルと、距離が徐々に近づいていく。

草柳が俺のすぐ真後ろまで来る中、残り一メートルを切りそして。

残りギリギリの距離で、俺が一歩先にゴールテープを切った。


『ゴォォォォル! 一年生男子の部借り者競争の一位はなんと慶道選手だぁぁぁぁぁ! 逃げ切った! 我らがスター、草柳選手はあと一歩のところで一位を逃してしまった!』


「可愛かったよー! 九条さんとっても可愛かったー!」


「草柳さん、惜しかったですね! また次も頑張ってー! 応援してます!」


「草柳さーん! 次もファイトー!」


 ひなみや草柳を支える声だけが耳に入ってくる。

 あははー。俺頑張ったけど、褒められてねぇー。しょうがないか。

 俺は息を切らしながら、ひなみをゆっくりと下に降ろす。

 スマートな体型とはいえ、さすがに走りながら抱えていると腕が疲れる。明日筋肉痛になるのは確定だな。

 俺が呼吸を整えていると、汗をたらし悔しそうな表情を浮かべている草柳が近づいた。


「はぁ、はぁ、はぁ。まさか、君が九条さんを選ぶなんてね。予想外だよ」


「しょうがないだろう。はぁ、はぁ」


「そ、そうかい。運が良くて羨ましいよ。でも次は負けないよ、慶道君」


 草柳は最後にそう言うと、クルッと俺に背中を向け去って行った。

 だがその際。


「ちっ。無駄な邪魔しやがって」


 冷たく腹黒い声が微かにだが聞こえた。

 オンとオフで温度差が全然違うな。今すぐにでも草柳の本性を言いふらしたいが、熱狂的に応援されていた状況を考えると、やっぱりリスクが高い。俺が変な奴みたいに見えてしまう。


 古井さんの言う通り、ボロが出るのを待つしかない。

 あ、そう言えば、ひなみは大丈夫か?

 お姫様抱っこされていたとは言え、結構体力勝負だったし。


「お疲れひなみ。本当無茶させてしまってすまない」


 俺は謝りながら、隣にいるひなみを見ると……。


「あ、あはひゃ。じぇ、じぇんじぇんじゃだいちょうぶだよ」


 めっさ故障していた。

 負荷がかかりすぎて故障してしまったロボットの様に、ブシュ―ッと体全体から真っ白な煙が出て、目がグルングルンと回っていた。

さらにまともに話せなくなっていて、何言っているのか全然聞き取れない。

ご、ごめん。本当。これだけの観衆の中お姫様抱っこされているところを見られてしまったわけだから、そりゃオーバーヒートするよね。


「ひなみ、大丈夫か? 俺の言葉聞こえるか? ちゃんと話せるか?」


「じゃ、じゃいじょうぶだよ。きこえちぇいるよ。はなちぇるよ」


 こ、これ本当に大丈夫か? 全然ダメな気がする。

 いつも真面目で優秀なあのひなみが、こんな壊れ方をするとは……。


「はぁー。こりゃひなみが元に戻るのに、時間がかかりそうだ」


 この後、友里と古井さんの手を借りたが、それでもひなみを元に戻すのにニ十分近くかかってしまった。体温が熱くなっていたため、保冷剤を結構消費してしまった。

 熱中症になっていないのに、症状はまるで熱中症みたいだ。

 かなり大変だったけど、でも可愛かったから許す。


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