第58話 体育祭スタート

『それではこれより、時乃沢高校と星林高校による、合同体育祭を開催いたします! 第一種目は、吹奏楽部の皆さんによるマーチングです!』


 開会の言葉が終わった後。

 競技場の入り口から吹奏楽部の人達が軍隊の行進の様に歩き、華麗に演奏をし始める。

 リズムは早く、それでいて音がしっかり体の内側にまで届く。

 聞いているだけで、気分が上がってきそうだ。

 皆が観客席から演奏に注目する中。

 俺は雲一つない青空を見上げた。

 ……ついに始まったか。

 あのカラオケでの事件があってから、草柳は今日まで特に目立った行動はしてこなかった。

 積極的にひなみに話しかけたり、アタックしたり、ということはしなかった。

 毎週会議に出て、話し合って解散。

 それだけだった。

 だがあのゲス野郎があの程度で終わるはずがない。

 

 


 俺は空を見上げた後、隣に座っている古井さんに目を向ける。


「古井さん、ついに体育祭が始まったね。草柳がどう動くか……」


 古井さんは吹奏楽部の方を見ながら、口を開いた。


「行動は予想できないわ。最低な男の思考なんて読めたもんじゃないし」


「それじゃあどうする? 今日まで特に古井さんからの指示はなかったし。作戦とかないの?」


「予想はできない。でも対処はできるわ。相手が何をしてくるのか分からないなら、初めから何もできない様に手を打っておけばいいだけのこと」


「そうは言っても、具体的に何をするんだ? 確かこの次の種目って、『借り者』競争があるよね?」


 借り者競争。

 この種目は、競技者が箱の中から一枚の紙を選び、そこに書かれている特徴と一致する人を見つけ出す。

 そう。物ではなく人を借りるのだ。借りた人と一緒にレーンに仕掛けられた障害物や、トラップを上手くかわしながら、バトンを渡す種目となっている。


「俺は第一走者で参加するけど、どうするんだ?」


 すると古井さんはニヤリと、まるで悪戯を企んでいる子供の様に口角を上げた。


「ふふ。ま、そのうち分かるわ。私、体育祭実行委員だし、色々と手を打っておいたから」


 何だその謎の笑みは。逆に怖いんだけど。

 一体何をするつもりなんだ……。


「君は普通に競技をしていればいいわ。それだけで妨害になるから」


「お、おう。分かったよ……」


 恐ろしく頭の良い古井さんのことだから、本当に何か策はあるんだろうけど。

 でもなんだ、この胸の違和感は……。

 絶対何かトラブルになりそうな気がする。

 特に問題なく、草柳を妨害できればいいんだけど……。


『続きまして、第二種目の借り者競争です! 選手の皆さんは準備をお願いします!』


 実況者の言葉が聞こえた後、俺は指定されたレーンに立ち構えた。

 この借り者競争という種目は、競技者が箱の中から一枚の紙を選び、そこに書かれている特徴と一致する人を見つけ出して、指定された方法で共にゴールしなければならない。


 注意したいのは、ゴール方法を指定されている点だ。

 ただ単純に当てはまる人を連れて来るだけでなく、ゴール条件を満たして参加できるかも検討しないといけない。

 どんな指定がくるかは分からない。非常に厄介だ。

 また、一度借りられた人は、今後のレースには出られない。つまり、一度お題として出たら、もう出場できなくなる。

 この種目では同じ組の人を借りてゴールした場合、順位得点にプラス十点加算される。


 逆に相手の組の場合は半分の五点しか足されない。

 同じ組同士でゴールすれば得点はかなり増えるが、ルール上相手の組の人を選んでも問題はない。

 この借り者競争だが、俺と隣を歩く草柳が参加する。


「キャー! 草柳さんだ! 頑張れって下さい!」


「頑張れよ英雄! 期待しているぞ!」


「草柳さーん! とってもカッコいです!」


 草柳の応援が凄いな。エールがあちこちから湧いて出ている。特に女子から。

 草柳は応援してくれているファンの方々に手を振りながら、俺の隣を歩く。

 完全に光と影だな、こりゃ。草柳が光で、俺がその影みたいだ。


「やぁー、困ったね。あんなに注目されていたら、ちょっと緊張するよ」


「まあ良いことなんじゃないのか? 期待されているわけだし」


「これだけ多くの人から大注目されていると、どうしても緊張しちゃうね。でも、この借り者競争では何があろうと僕が勝つ。君には負けないよ、慶道君」


 草柳は挑戦的な目つきで俺を睨みつけた。


「ああ。俺も負けないから」


「望むところだ、慶道君」


 草柳は最後にそう言うと、ズボンのポケットに手を入れたまま、自身のレーンに向かった。俺もその後に続く。

ちなみに、俺と草柳のレーンはすぐ隣だ。何かと草柳と距離が近い。


『さぁー! 第一種目の借り者競争がいよいよ始まります! 最初の種目と言うだけあって、かなり注目されていますね! ここで始まる前に簡単にルールを解説します!』


そのままルール説明を始める。


『この借り者競争では二十メートルほど走りますと、各レーンに一つずつ箱が置かれてあります! その箱の中にはお題が記載されているため、それに合う人を応援席から見つけてきてください! ペアが見つかり次第再びお題を引いた場所に戻って頂き、ゴールを目指してください! ただし! 指定された方法でゴールしなければならないので注意!』


 ルール説明の途中、俺は隣に立っている草柳をチラッと見た。

 多くの人に英雄として注目され、応援されている草柳の顔は……。

 どこか勝利を確信している様な顔つきだった。そして応援席で友里、古井さんと共に座っているひなみに熱い視線を送っていた。

 この勝負は俺の勝ち。この体育祭のMVPに選ばれるのはこの俺だ。

 そう言っているように見えてしまう。

 本性を知っているからこそ、俺は草柳が今何を考えているのかが何となく分かる。


『準備が整いました! いよいよ借り者競争の始まりです! いちについて。よーい』


 実況者の言葉を聞き、一気に鼓動が速まる。

いよいよ始まる。ヤバい、ドキドキしてきた。成功するか分からないが、全力を出すしかない。

 俺は腰をグッと落とし、両手を強く握りしめながら構える。隣にいる草柳も表情を変えないまま、俺と同じように構えだす。

 数秒の沈黙後。


『パンッ!』


 ピストルの音と共に、借り者競争が今この瞬間スタートした。

 俺は緊張のせいでやや遅れてしまったが、それでもお題が入っている箱に向かって一直線に走り出す。

 全力で手を振り走るが、その一歩先を草柳が走り抜ける。

 草柳の勇敢な姿に、全力で走っている姿に釘付けになったのか、


「草柳さーん! 頑張れっ!」


「おお! 期待の新人、草柳が一歩リードしているぞ!」


「きゃー! 草柳さんカッコいい!」


 応援席から草柳だけに集中した声援が、至る所から耳に入ってくる。

 完全に学校のアイドルじゃねぇかこれ。何か腹が立つ……。

 他の走者が今どこにいるのか分からないが、俺の視界に映るのは草柳の背中ただ一つ。

 スタートダッシュは草柳が一歩リードしたか。だが焦るな。勝負はまだこれから!

 俺は草柳を追い越そうと必死に走り続ける。だがどうしても追いつけず、先にお題が入っている箱に到着したのは草柳だった。


『一番で到着したのは英雄草柳選手だぁぁー! 一体どんなお題を引くのか楽しみです! おっと! やや遅れて慶道選手も到着したぁぁー! 早い! この二人かなりのスピードがあります! 一体どちらが勝つのか!』


 草柳は箱の前に立ったまま、遅れてきた俺に目を向ける。


「はぁ、はぁ。慶道君、意外と足が速いんだね。まさかここまで距離を離せていないとはビックリだよ」


 草柳は息を切らしつつ、少し驚いていた。草柳は心の中で俺のことを陰キャだと認識している。だからこの状況に驚きを隠せなかったんだろう。

 こちとら全く運動ができないわけじゃないんだよ。


「でも、この勝負は僕が勝つ。君には負けないよ」


「そうかい」


 大注目されている中、俺は箱の中に早速手を突っ込んだ。

 さて、お題は何だ? 何が出る?

 少しワクワクしながら一枚の紙を引っこ抜く。

 そして折りたたまれた紙を開き、中身を見てみると……。


『千年に一人の美少女』


 そう書かれていた。

 え?



―――

58話ですが、少々修正しました!

草柳が不参加→参加に変更です!

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