第55話 カラオケ!?

 俺と古井さんが裏で作戦を開始してから、一週間が経った。

 先週に引き続き、星林高校の人達と一緒に体育祭の競技決めや当日のスケジュール調整を行う。

 会議中、草柳は特にひなみに何か手を出すような真似はしなかった。

 せいぜい、ひなみの目を見つめる回数が多かったぐらいだろう。これぐらいなら、まあいい。

 だがここからが本題だ。

 会議が十八時で終わり、これからファミレスを出て帰宅しようとしている時だ。


「あ、そうだ時乃沢高校の皆。これから一緒にカラオケでも行かないかい? 親睦もかねて、どうかな? 勿論門限があるなら、配慮するから大丈夫だよ」


 草柳は爽やかな笑顔を浮かべながら、突如提案してきた。

 その笑みは、女性なら誰でも惚れてしまいそうなほど輝かしい。高身長の金髪イケメンから誘われたら、正直男の俺でも断りにくい。

 それに、『親睦』という言葉も上手く使っている。

 これなら、さりげなくただの遊びではないことをアピールできる。

 考えてやがるな、こいつ。


「カラオケか~。まあ私は良いけど、皆はどうする?」


 友里は賛成しつつ俺達の意見を窺った。

 どうする、これ。

 断ることもできなくはない。でも友里が賛成している。もし断って友里だけ行くことになったら……。

 想像しただけでも反吐が出そうだ。

 ど、どうする?

 そう思っている時だ。

 俺の隣にいる古井さんがこんなことを言い出した。


「良いんじゃないかしら。私も友里に賛成。行きましょ」


 この言葉に、さすがに息を呑んだ。

 え……。そんなすぐに賛成するの⁉

 いくら何でもそれはちょっとダメだろ!

 俺はすかさず、古井さんに耳打ちする。


「古井さん! どういう意図で言ってんの⁉ カラオケに行って意味あるの?」


 すると古井さんは、呆れた表情を浮かべながらこう言った。


「バカね。ここで変に警戒されれば何をしてくるか分からないわ。まずは敵の出方を探るのがベストよ。警戒されないように上手く振る舞いながら、相手の行動を観察する。そうすれば、対策もしやすくなる」


 さ、さすがだ……。

 俺達を釣ろうとしているが、実際はその逆。

 釣られているのは草柳の方ってわけか。

 警戒されない様にしつつ、相手をよく知る。よく分析する。

 天才が考えることはやっぱりすげぇ。


「じゃ、じゃあここは一緒にカラオケに行きつつ、ひなみから目を離さない様にすればいいのか?」


「ええ。そうして頂戴。もし何かあっても穏便に済ませなさい」


「了解。分かったよ」


 古井さんの作戦を理解した俺は、そのまま話し相手を草柳に変える。


「そうですね。確かにカラオケはアリです。僕も古井さんも行きます」


「そうかい、ありがとう。助かるよ」


「いえいえ。あ、ひなみも行くよな? せっかく皆揃いそうだし、どう?」


 俺はひなみに話を振る。

 すまない、ひなみ。本当なら誘いたくない。だけど、今後のためにも、ひなみが来てくれると助かるんだ。

 真剣な表情でひなみを見つめていると、スッと俺から視線を逸らした。

 いや、逸らされたと言うべきだろう。

 俺が目が合った瞬間、すぐに下を向いて逸らした。

 あ、あれ?

 今の俺そんなに怖い顔しているのか?

 そう思っていると、顔を少し赤くなりながら、ひなみは小さく声を出す。


「わ、私も大丈夫。九時までなら。(涼君が行くなら私も)」


「そ、そっか。良かった。ひなみも行けそうか」


 最後声が小さくてなんて言ったのか聞き取れなかったが、来てくれるみたいだ。

 よし、何とかカラオケに行けるな。


「じゃあここにいる皆行けることだし、さっそく店に向かおうか! この近くにいいカラオケ店があるんだ!」


「は、はい」


 その後、俺達はファミレスの会計を済ませ、カラオケ店へと向かっていった。



 ファミレスを出て行ってから三十分後。

 俺達はファミレスの近くにあるカラオケ店で大人数部屋を借り、歌自慢大会を開催した。

 誰が一番高得点を出せるか、というシンプルなゲームだ。

 八人もいるためゲームは序盤から大盛り上がり。

 ひなみや友里もノリノリになっていた。


「さぁー! 皆盛り上がっていこう!」


「イエェェイ!」


 星林高校の一人がそう言うと、他の人達もそれに負けない様に声を大きくした。

 すげぇ熱気だ。こんなにも盛り上がるとは思わなかった。

 これがリア充のカラオケ大会か。

 楽しそうだけど、このノリについていけるかどうか。


「じゃあどんどん歌っていこうか! 俺の次はじゃあ『古井ちゃん』だ! さあマイクを持って!」


 先ほどの星林高校の人が古井さんを指名し、持っていたマイクを渡す。

 古井さんはやや呆れながら、仕方なくマイクを握る。


「まあ今日ぐらい思い切り歌うとしますか」


 古井さんはその後、今話題の恋愛ソングを熱唱し始めた。

 いつも冷たいような声をしているけど、歌っている時の彼女はまるで歌姫だった。

 これが美しくそれでいて綺麗。

 歌の精霊でも歌っているのかと思ってしまった。

 思わず、古井さんの歌声にうっとりしてしまう。

 歌い始めてから最初のサビを迎えた時だ。

 

 草柳が隣に座っているひなみに、何か耳打ちしているのが見えてしまった。

 何を言っているか分からないが、しばらくひなみの耳元で何か話す。

 話し終えると、何故かひなみが席を立ち、『ちょっと外に出るね』と一言だけ言って、部屋を出て行ってしまった。

 な、何だ……?

 トイレか?


 そう思っていると、今度は草柳が『ちょっと僕もトイレに行くよ』と言い、部屋から飛び出した。

 まるでひなみの後を追う様に。何か怪しい。何かあるはずだ。

 俺は歌っている古井さんの目を見つめる。

 すると彼女はすぐに俺の視線に気が付いた。

 そして俺に向かってウィンクをする。傍から見ればただ古井さんがウィンクしているだけにしか見えない。

 だが俺には分かる。

 

 行けってことだろ?


 この場は古井さんに任せ、俺は部屋を出て草柳の後を……。

 いや、ひなみの後を急いで追いかけた。

 

 草柳の野郎、一体何をするつもりだ?

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