第45話 結婚だと!?

 あれから少し経ち、黙々と勉強に集中している時だ。


「ひなみー。お茶とお菓子持ってきたよー」


 ひなみの母親はお盆にお茶が入ったグラスとお菓子を乗せたまま部屋へと入って来た。


「あ、ありがとうございます」


「ま、一応客だしもてなすわよ。でも……変なことしたら分かるわよね?」


 先ほどと同様に、母親は鋭く尖った目つきで俺を睨んでくる。


「は、はい」


 ちくしょー! やっぱり怖いこの母親!


「だから涼君はそんな人じゃないってば!」


「だ、大丈夫だよひなみ。平気平気」


 俺は苦笑いを浮かべながら、お盆に乗っているグラスに手を伸ばす。

 その時だ。

 ピタッ。

 タイミングよくひなみもグラスに手を伸ばし、互いの手が触れてしまった。

 俺の手に、小さくて柔らかい手の感触が伝わってくる。

 それと同時に。


「ごごごごごごごごめん涼君っ!」


 急にひなみが火照りだし、慌てながら手を突素早く放してた。

 そのせいでグラスのバランスが崩れ俺の方に転落。

 ビシャッ!

 上半身にお茶がかかり、ずぶ濡れになってしまった。

 前にもこんな経験あったよな……。まさかの二度目かよ。


「私のせいで制服が! どどどどどどうしようっ⁉」


 責任を感じたひなみは、涙目になりながら俺を見つめる。


「大丈夫。気にするな。偶然の事故だしひなみのせいじゃない」


「本当ごめんなさい……。あ、そうだお母さん。お父さんの服持って来て」


 ひなみの母親は顔を曇らせながら、こう返した。


「えぇー。夫の服をこの子に貸すの?」


「だって、濡れたまま勉強するのはダメだよ」


「はぁー。分かったわ。じゃあ一枚持ってくるから、準備してて」


「あ、ありがとうございます! お母さん!」


 部屋を出ようしたひなみの母親は、俺の言葉を聞くとピタリと体を止めた。

 そして眉間に皺を寄せ、目元にいくつもの怒りマークを浮かべながらギロリと俺を睨んだ。


「君にお母さんと呼ばれる筋合いはないのだが? ああ?」


「す、すみません……」


 その言葉と目つきに、俺の体は震えてしまった。

 こ、怖いな本当。どう教育したらひなみみたな純粋で優しい子に育つんだよ……。

 だが濡れた俺のためにわざわざ服を持って来てくれるんだ。

 ここは有難いと感謝すべきだな。

 俺は早速制服の上を脱ぎ、上半身裸になった。

 女子部屋でこんな姿にはなりたくないが、濡れてしまったからにはしょうがない。

 俺が服を脱ぎ終わると同時に、ひなみの母親が再度部屋に入って来た。

 右手から男性物の服が見える。


「ありがとうございます。今度洗って返します」


「別に良いわよ。これ旦那が着なくな……」

 

 突然、俺の上半身を見た途端ひなみの母親は喋るのをやめた。

 いや、驚愕して言葉が出なくなった様に見える。

 握っていた服が静かに落ちるが、そのことに全く気が付いていない。

 な、何だ?

 何で急に?

 何故こうなったか分からなかったが、この後の言葉で何となく理解できた。


「な、なんて鍛え抜かれたボディーなのっ!」


「「え?」」


 突然の言葉に、俺とひなみの言葉が重なる。

 母親は目を少女漫画の様にキラキラさせながら、俺の方にグッと近づく。

 そして俺の上半身を観察し始めた。


「す、素晴らしいわ……。上腕二頭筋、大胸筋、外腹斜筋、腹直筋。これら全てがバランスよく鍛えられている! 分かる。分かるわ! 体脂肪率は間違いなく一桁! な、なんて素晴らしいの! 君本当に高校生なの⁉」


 ……。

 なんか俺の上半身の筋肉に釘付けになってんだけど……。

 中学時代に体を鍛えてたから、割と筋肉質な体型だったけど、まさかそこに目がいくとは……。


「え、ええ。ひなみとは同じクラスメイトですよ」


「何かスポーツでもやっていた⁉」


「いえ。武術を一時期やってまして。そこでよく師匠に筋力トレーニングを」


「なるほどね。素晴らしいわ! 本当に素晴らしい! こんなにもバランスの良い鍛え方をしている男は久々に見たわ! 見せびらかすために鍛えたのではなく、己の強さのために鍛えたのが伝わってくる! 他の男とは違い、筋肉から覇気を感じるわっ! 誰かを守ろうとする強き意思を感じる!」


 どんな覇気だよっ⁉

 な、何だこの変わり様はっ⁉

 もしかしてひなみの母親ってめちゃ筋肉が好きなのか⁉


「君名前は?」


「け、慶道涼です」


「なるほど、君が慶道君か。よし決めた」


「え? 何を?」


「慶道君、


「「……」」 


 突然の提案に、俺もひなみも言葉がでなかった。

 い、今結婚って言ったか?

 試しにもう一度聞いてみたのだが、ひなみの母親は目を輝かせながらこう話す。


「ひなみが男を急に連れて来た時は心配だったけど、君なら大丈夫そうね! 変な輩が現れても、きっとひなみを守ってくれるだろうし。私としてはもう安心しかないわ! 細マッチョな男を連れてくるなんて、やっぱり私の娘ね! 血は争えないわ! さっ! 結婚して、私の家族になりなさい。息子になりなさい!」


「「え、えぇぇぇぇぇぇぇ⁉」」


 何か……。

 めっちゃ好感度が上がったんですけど⁉

 めっさ気に入られたんだけどぉぉぉぉぉ?

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