第44話 ひなみの家だと!?

 勉強会初日。

 俺は中間試験を突破するために、放課後ひなみの家で勉強することとなった。

 ちなみに明日が友里で、その次が古井さんだ。

 勉強を教えてもらうのは有難いが、古井さんの無茶な要件が意外にもあっさり通ってしまった。

 何故高校生が二人っきりで勉強を……。

 鼓動が速まる中、俺とひなみは一緒に帰り、そして。

 とうとう家に着いてしまった。

 

「ここがひなみの家か……」


「うん。上がって!」


 ひなみの後に続き、俺もお邪魔した。

 彼女の家は住宅街に並ぶ一軒家。二階建てで外装からしてもう高級感が漂っている。

 隣の家も凄くお洒落で見るからに高そうだ。

 多分、ここら辺一帯が高級住宅街なんだろうな。


「お母さん、ただいまー」


 ひなみが玄関で声を出すと、奥の部屋から小さな女の子が出て来た。

 見た感じ、五歳ぐらいか?

 凄い綺麗な顔をしていて、ひなみにちょっと似ているから妹か?


「蜜柑ただいまー。お客さんいるからお母さん呼んで」


 ひなみの言葉に、五歳ぐらいの幼女——蜜柑ちゃんは黙り込んだ。

 しばらく俺をジーっと見つめた後、大きく息を吸い込み、そして。


「ママー! ひな姉が彼氏連れて来たよぉー! パパに連絡しないとー!」


「「えぇっ⁉ 彼氏じゃないよっ!」」


 俺とひなみは即否定したのだが、蜜柑ちゃんは聞く耳持たず、そのまま奥の部屋に向かって全力で走り出した。


「ちょっと蜜柑っ! 涼君は彼氏じゃないってば!」

 

 その後をひなみは顔を真っ赤にしながら追いかけた。

 まるでトムと〇ェリーじゃねぇか。

 

「えぇっ⁉ ひなみが彼氏を連れて来たのっ⁉ ちょっとひなみー。どういうことっ⁉ 変な男だったら承知しないわよっ⁉」


 若い女性の声が奥から聞こえてきた。蜜柑ちゃんの声は予想以上に大きく、奥の部屋にいたひなみの母親にもしっかり届いていたようだ。


「ち、違うってばお母さんっ! それに涼君はそんな人じゃないよ!」


 余計に顔が赤くなり、テンパるひなみ。

 何か……、騒がしいな、この家。まあいいけど。




「もう嫌だ……。何でいつもは静かなのに今日だけ……」


「俺は逆にこういう感じの家族は良いと思うけど」


 ひなみは愕然としながら、部屋の中央にある丸い机にうつ伏せた。

 蜜柑ちゃんの勘違いのせいでドタバタしたが、どうにか誤解を解くことはできた。

 しかしよほど恥ずかしかったのか、ひなみのテンションが全く上がらなかった。

 ガーンッという感じの効果音が、はっきりとひなみの背後から見える。相当落ち込んでいるなこれ。

 それにしても、ここがひなみの部屋なのか……。

 俺が今いるのはリビングでもなく、ひなみの部屋だ。


 ピンク色のベッドの上にクマのぬいぐるみが三つ程置いてあり、勉強机には沢山の参考書と小難しそうな本が綺麗に並んでいる。

 これが女子高校生の部屋なのか……。

 す、凄い良い匂いがする。

 こんな可愛らしい部屋でひなみは過ごしているのか。


「本当ごめんね涼君。今日の蜜柑は何だかテンションが高くて。それにお母さんまでも」


「いやいいよ。全然気にしてないし」


 さっき少しだけひなみの母親に挨拶をしたが、顔を見た時は驚いて言葉を失ったよ。

 ひなみに似てめちゃ美人だった。

 オルチャンヘアとなっていて、若く見える上にどこか大人なお姉さんぽさを感じた。

 胸も大きくて、スタイルもかなり良い。

 だけど唯一ひなみと違うとしたら、めちゃ警戒心が強いことだろう。

 俺が家に入って来た時からずっと、鋭い目つきで見つめてくる。

 ちょっとばかり怖い雰囲気もあるけど、お邪魔しているわけだし、文句は言えない。


「よし、気持ちを切り替えて、勉強始めるか!」


「うん!」


 俺とひなみは教科書を広げ、さっそく勉強に取り掛かった。

 時乃沢高校の授業スピードはとにかく早い。高校生活最初のテストなのに、結構範囲が広い。

 しっかり勉強しないと、赤点を取ってしまう。

 良い機会だし、ここで疑問点を無くしておこう。

 俺は必死に今日終わらせる予定の問題を、解いていたのだが。


 ……チラ。……チラ。


 ひなみの方から妙な視線を感じる。気のせいか?


 ……チラ。……チラ。……チラ。


 き、気のせいじゃないな、これ。しかもさっきより回数が増えている気がする。

 俺は目線をノートから前に座っているひなみの方にそっと向けてみた。


「ど、どうしたひなみ? さっきからひなみの視線を凄い感じるのだが……」


 すると、ひなみは顔を真っ赤にし手をあたふたさせながら、こう言い出した。


「え、ええっ⁉ べ、別に、見ていないよ! りょ、涼君の気のせいだよ!」


「え? 俺の勘違いか?」


 確かにひなみから視線を感じていたのだが……。やっぱり考えすぎだったか?


「う、うん! 絶対そうだよ!」


「ほ、本当にか? 神に誓ってもか?」


「ギクッ! ……た、多分」

 

 俺の問い詰めに焦ったのか、ひなみは視線を逸らした。一向に俺と目を合わせようとしない。何だ、嘘を初めて言う子供みたいなその反応の仕方は。

 怪しい。何か隠しているな。


「やっぱり俺のこと見てただろ? 絶対見てただろ?」


「みみみみみみみみみ見てないよ! 勉強している涼君の顔をこっそり見たりとか、つい涼君のことが気になって見たりとか、そんなことしてないからね! 絶対してないからね!」


 うわー、何その反応、絶対嘘じゃん。

 誤魔化そうと必死に手をあたふた動かしてるけど、怪しさしかないぞ。

 

「やっぱり何か隠してるだろ?」


「なななな何も隠しえないよ!」


 怪しい……

 俺はジト目で、ジーッと見つめる。

 するとひなみは、目を泳がせながら口先を尖らせ口笛を吹いた。


「フュュ~フュュュ~。な、何も隠してないよ~。フュュ~フュュュ~」


 いや下手すぎ!

 絶対嘘だろ!

 これで誤魔化せるわけないだろ!

 こんなバレバレな嘘を見るのは初めてだ。

 ……でも、これ以上問い詰めたら可哀そうだし、ここは騙されたふりでもしとくか。


「……そうか。ならまあいいけど。よし、気持ちを切り替えしてもう一回勉強を始めるか」


「え? う、うん! そうだね! そうしよっか!(バ、バレなくて良かった……。ちょっと一安心)」


 俺の言葉に安心したのか、ひなみは落ち着きを取り戻していく。

 ふー。良かった。にしても、嘘言うのがあんなにも下手とは。

 まあひなみの性格を考えたら、むしろそれが普通か。天然だし。

 さて、勉強に集中しよう!

 俺は再び問題を解き進んでいく。

 ペースを取り戻し順調に問題を解き進める。

 しかし、とある問題がどうしても分からず、詰まってしまった。

 これ以上考えても分からないし、ひなみに聞くか。

 

「すまん、ひなみ。分からない問題があるから、教えてほしい。いいか?」

 

「うん。大丈夫だよ!」


「ここの問題なのだが」


「ああ、この問題わね……」


 ひなみは俺の方にグッと近づき、そして髪を耳に掛けながら教えてくれた。

 や、やばい。可愛すぎて、全然何言っているのか分かんねぇ。

 ってか、無意識に男子がキュンとする仕草をするの辞めてくれますっ⁉

 ヘヤゴムを口に加えながら髪を結ぼうとする。

 耳に髪を掛ける。

 高い所にある物を手を伸ばそうとして取ろうとする。

 この三つは男子がキュンとする仕草だから、下手にやらないでくださいよ!

 特に千年に一人の美少女という肩書があるひなみなら、秒で男子の心を掴めちまうぞ!


「……涼君聞いてる?」


「え? ああごめん。えっと……何だっけ?」


「もー。ちゃんと聞かないとダメだよ?」


「わ、わりぃ」


 見惚れていたせいで、全然話を聞いていなかった。

 ちゃんとしっかり聞かないとな。


「えっとね、まずこの問題は」


 再度ひなみが問題を解説しようとした時。

 部屋のドアの隙間から、こちらを除く二人の影が見えた。


「ねーねーママ。どう思いますかあの二人? イチャイチャしているよね?」


「そうね、蜜柑。よーく見ておきなさい。あの男が少しでも変な事をしたら即突入よ? ひなみに手を出したらどうなるか、思い知らせてやりましょう!」


「あいっちゃ! ママ!」


「もうーっ! ちょっと二人共っ! 邪魔しないでよっ!」


 二人のヒソヒソ話はひなみの耳にも届いていたようで、ひなみは顔を真っ赤にしながら突っ込む。

 あの二人に何故か必要以上に警戒されているな。

 いや、むしろそれが当然か。

 ひなみは超有名人。千年に一人の美少女という肩書がある。

 それ目当てで近づき、イヤらしいことでもするんじゃないかと、疑ってもおかしくはない。

 自分の娘が全国で有名になったとなれば、変な男が近寄らないか、心配でたまらないよな。


「普通に勉強しているだけだよ! 涼君はそんなことしないよ!」


「何言ってんのよ。男なんてケダモノなんだから、何するか分からないわよ? 気を付けなさい!」


「お母さん警戒し過ぎ! ちょっと離れてて! 本気で怒るよ!」


「えー。はいはい分かりました。出て行きますよ。あ、でも」


 ひなみの母親は一旦言葉をここで区切ると、ドアの隙間から恐ろしい目つきで俺の方をジッと見つめた。


「そこの君。うちの可愛い娘に手を出したら承知しないわよ?」


「は、はいぃぃ。分かっています」


 その禍々しさに俺の体はブルッと震え、委縮してしまった。

 な、なんて恐ろしい愛だ。これが子を守る母親か!



 

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