第40話 過去
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タイトル→「地下鉄で美少女を守った俺、名乗らず去ったら全国で英雄扱いされました。」
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――――――
「まだ五月だけど、やっぱり早朝は少し冷えるわね。もう少し厚着で来れば良かった」
「確かにちょっと寒いな」
二人っきりで話すため、俺と古井さんは宿の周辺を散歩することにした。
ロビーで話していては、先生や他の生徒の邪魔が入るかもしれない。だからわざわざ外に出ているのだ。
周囲は山で囲まれているので、朝日による温かさよりも、肌寒さの方が勝っている。
「古井さんが俺と二人っきりで話をしたいって、中々珍しいよね。何かあった?」
俺は早速本題へと入っていった。もう少し雑談をしていても良かったが、速く部屋に戻りたいという欲に勝てなかった。
「ちょっと君にあの事件のことに関して聞きたいことがあったからね。二人っきりになった方が、君も話しやすいでしょう?」
「まあ、そりゃ。他の人に聞かれたらマズいし」
俺の正体を知っているのは、この世でただ一人。すぐ隣で歩いている見た目ロリだが、その中身はドエスの古井さんだけ。
俺の気持ちをくんでくれて、周囲には黙ってくれているが、その分いじられているのも事実。
ドエスだからしょうがないけど。
「昨日のひなみの相談に乗ってくれたのは感謝しているわ。でもね。話を聞いていた時に。ううん。前々からずっと疑問に思っていたの。どうして君は、ひなみにだけ正体を打ち明けないの?」
「え?」
戸惑う俺だが、古井さんはその後も続けた。
「君が周囲に正体を明かしたくない気持ちは分かるわ。でもどうしてひなみには言わないのかしら? あの子は誰もが認める美少女よ。千年に一人の美少女だなんて名前も付いているし。私なら、ひなみにだけ正体を明かして、好感度を上げることを考えてしまうわ。きっと他の人も同じことをすると思う」
古井さんの言いたいことは分かる。確かに、ひなみにだけ正体を明かし、好感度を上げることは出来る。あんなに可愛い子から感謝され、命の恩人として見られれば、さぞ気持ちいだろうな。
これは俺や古井さんだけじゃない。他の人も同じだ。
最悪、あの千年に一人の美少女と付き合えるかもしれないんだ。そりゃ黙っている方が圧倒的に損。
普通はこっそりと正体を明かしたくなる。
「古井さんの言う通り、普通ならそうするよな……。でも俺にそれをする資格はない。俺がヒーローを名乗る資格はないんだ」
「どういうこと?」
不思議そうに見つめる古井さんに、俺は自分の過去を。
救えなかった同級生の話を始めた。
「俺には小学二年の時から仲が良かった友達がいたんだ。そいつは女子だったけど、ほぼ毎日遊ぶぐらい、仲が良かった。でも中学に上がると同時にそいつは……。他の同級生から虐められるようになった」
「え……? どうして?」
「理由なんてないさ。良くない連中があいつに目をつけただけだ。初めはちょっとした嫌がらせから始まったけど、日々エスカレートして、体中に暴行された跡が残る程にまでなっちまったんだ」
「先生に報告とかはしたの?」
「勿論したさ。でもどの先生も仕事で忙しくて誰も動いてくれなかった。だから俺が守ろうと思って、とある人に武術を教わったんだ。もう傷つかない様に。どんな時でも守れる様にって」
「なるほど。それがきっかけで武術を学んでいたのね」
「ああ。でも……。救えなかったんだ。あいつが苦しんでいる時に、俺はそばにいてやれなかった。そしていつの間にか、お別れの言葉も言わず他県に引っ越してしまった。一番助けたかった人を、俺は守れなかった。救えなかった。そんな俺が……、ヒーローを名乗る資格なんてねぇよ」
今俺が言った言葉に嘘偽りはない。全て本当だ。
救えなかったのも事実。助けられなかったのも事実。何もできなかったことも事実。
そんな俺が、良い人面してヒーローを名乗る資格なんてある訳がない。
そう思っていたが、
「涼、こっちを向きなさい」
俺の話を聞いた古井さんが、静かにそう言いだした。
いつもはクールで小悪魔的な笑みを浮かべる古井さんだが、この時だけは真剣な表情だった。
俺の目を真っ直ぐに見つめ、あのドエスさがどこかへ消えていた。
初めてだ、こんな古井さんを見るのは。
数秒間黙り込んだ後。
古井さんは表情を変えることなく、そっと右手を俺の頬に添え口を開いた。
「涼にそんな過去があるとは思いもしなかったわ。気持ちは分かった。自分の正体を打ち明けるかは自由だから、特にこれ以上言うつもりはないわ。でもね、これだけは言わせて。いつまでも過去を引きずっていてはダメよ」
「え?」
「ひなみと同じく、涼も前に進みなさい。助けられなかった未来があるのなら、その分だけ、ううん。それ以上に誰かの未来を助けなさい。
涼にはそれができる。通り魔が暴れる中、涼だけがひなみを助けるために動いた。皆が恐怖で自分の命だけを考えている中で、涼だけが他者のために動いた。
それができるのだから、誰かの未来を守れる力が涼にはある。だから前を向きなさい。ひなみは良い意味でも悪い意味でも有名人になってしまったわ。今後とも変な輩があの子の前に現れる。その度にあの子を守りなさい。
正体を隠しながら、影のヒーローとして」
古井さんのこの言葉は。
頬に添えている手は。
優しさで溢れていた。周囲は寒いのに何故か温かかった。
いつも俺のことをいじっては、一人ニヤニヤしているドエスだけど、困っている時は、なんだかんだ励ましてくれる。
クソ……。初めてだよ、そんな言葉を言ってくれたのは……。いつもはいじってくるのに、こういう時だけ優しくなるのかよ。
俺は溢れそうになる涙を必死に抑えた。
古井さんにだけは泣き顔を見られたくない。もし見られたら、絶対いじられる。
「泣いても良いのよ?」
「泣くか」
「無理は良くないわね。『泣いても良いですか?』って、目が訴えているわよ?」
本当鋭いな。何で分かるんだよ。
「アホ。間違っても古井さんの前でだけは泣かないよ」
「それは残念ね。写真撮りたかったのに」
「写真撮ろうとしてたのかよ! やっぱり悪女だよ、あんたは!」
「ええ。とびっきりの悪女よ? いじりがいのある人はとことんいじるもの。でもね……」
古井さんは首を傾げ、慈愛に満ちた笑みを浮かべた後、静かにこう言った。
「ちょっとばかり友達想いな所もあるんだからね?」
始めて見る古井さんの純粋な笑顔に、俺は開いた口が塞がらなかった。
氷の様に冷たく、それでいて隙あらばすぐいじる。
そんなドエスが珍しく可愛らしい笑みを見せるなんて、反則じゃねぇか。
「どう? 元気出たかしら?」
「ああ。もう十分出たよ。ありがとな古井さん。俺決めたよ……」
朝日が照らされながら、俺は決意した。
「正体を隠しつつ、ひなみを。いやあいつだけじゃない。俺の友達全員を守るよ。俺も前に進まないとな」
「そう。その言葉が聞けて良かったわ」
古井さんは俺の頬からそっと手を離すと、一人歩き始めた。
「そろそろ部屋に戻りましょうか。皆が起きる前にね」
「ああ。そうだな」
俺達が宿に戻り始めると、鳥達が綺麗な声を鳴らし始めた。
あちこちから、様々な鳥の声が聞こえる。
鳥の言葉なんて理解できる訳がないのだが、何故かこの時だけは……。
俺が一歩踏み出せた事に、喜んでいるみたい様に聞こえた。
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