第38話 悩み事!?

 女子部屋で泊まることが決まってから一時間程が経過。

 女子三人の寝息だけが聞こえる部屋で、俺はハッキリと意識が覚醒していた。 


 全く眠れない。眠れる訳がない。


 右を見ても、左を見ても美少女しかいない。本当もう勘弁してくれ。

 一応朝早く起きて、こっそり男子部屋に戻るつもりだが、それまでどう耐える?

 無防備に寝ている美少女三人を前に、俺は理性を保てるのか?


 い、いかんいかん! 

 変なことを考えるな! 

 考えたら終わりだ!


 俺は男の欲求を無理やり消し、無心になろうと心がけた。

 だがどうにも、無心になれない。意識すればするほど、無心になれない。

 ああ、ダメだこりゃ。ていうか何で俺の青春はこう破滅イベントばかり起きるんですかね?

 神様俺のこと嫌ってますよね? 普通に男子の友達できないんだけど?


「はぁー、眠れねぇー」


 俺は天井を見つめながら、ボソッと呟いた。

 すると、隣から突然声が聞こえてきた。


「りょ、涼君起きてるの?」


 この声の主は、ひなみだった。

 壁の方に体を向け、俺に寝顔を見せない様にしていた。


「わ、わりぃ。今ので起こしちまったか?」


「ううん。大丈夫だよ。私も眠れなかったから」


「ひなみもか」


「うん。ちょっと考え事してて」


「考え事?」


「考え事っているか、悩み事かな。別に大したことじゃないんだけどね」


 悩み事……ね。トランプでゲームをしている最中、ひなみは時折暗い顔をしていた。

 ちょっと気になっていたが、悩み事が原因だったのか。


「俺でよければ相談に乗るぞ。どんな重い話でも聞いてやるから、話してみろよ」


「え、で、でも。また迷惑かけちゃうよ。いつも助けてもらってばかりだし、これ以上は……」


「気にするなって。友達なんだしさ。それに話せば気が楽になるよ」


「で、でも……」


「大丈夫だ。だから話してみなって」


 ひなみは数秒間黙り込んだ後。

 壁の方を向いたまま、静かに話を始めた。


「あ、あのね……。私、そ、その。今恋をしているの」


「……え? 恋?」


 悩み事って恋愛かよ⁉ 

 今まで恋愛経験ゼロな俺が、千年に一人の美少女の恋愛に上手くアドバイスできるわけねぇ!

 マジかよ……。でもひなみはわざわざ言いたくない事を無理して話してくれたんだ。

 できる限りでもいいから、力にならないと。


「なるほど。恋をしているのか」


「うん。その人を考えると、心がムズムズして、苦しくなって、他の誰かと一緒にいる所を見ると、つい嫉妬してしまう。最初はこの感覚に戸惑ってしまったけど、気が付いたの。私はその人を誰よりも好きなんだって。好きだから気になってしまうんだって」


 そうか……。ひなみは恋をしているのか。こんな絶世の美女に好かれるなんて、一体どこの男なんだ?

 俺は相手が気になりつつもあえてそれについては、言及しなかった。

 何せ、俺は男子の友達が未だにいない。例え知った所で、良い情報を提供できる自信がない。


「なるほどな。トランプ中に時々表情が暗かったのは、好かれるにはどうしたら良いのか考えていたからか?」


「ううん。違う」


「え? 違うの?」


 俺はつい聞き返してしまった。話の流れ的に、どう振り向いてもらうかについて悩んでいるのかと思ったが、どうやら違うらしい。


「じゃあ何に悩んでいるんだ?」


 俺の質問に、ひなみは静かにこう言った。


「恋愛をしても、幸せになっても良いのかなって」


「え?」


 今なんて……。俺の聞き間違いじゃなかったら……『幸せになっても良いのかな』って言ったよな?

 どういうことだよ。何でそんな否定的なことを考える?

 俺は先ほどのひなみの言葉について、その詳細を求めた。

 すると、ひなみはどこか震えた様子で話し出した。


「通り魔に襲われた時、私はとある男子学生に助けてもらった。彼は命の恩人なのに、私は直接お礼をできていない。見つけることもできていない。このまま恋をして、幸せになったら……私は彼に対する感謝の気持ちを忘れてしまうかもしれない。それが怖い。凄く怖いの。だからつい考えてしまう。私が本当に恋をしても良いのかなって。幸せになっても良いのかなって……」


 俺はひなみの本当の悩みを聞き、黙り込んでしまった。

 ひなみは助けてくれた男子学生に、つまり俺に対し直接お礼をしていない。

 それなのに人生を満喫したら、その恩を忘れてしまいそうで怖い。だから一歩踏み出せずにいた。

 ひなみは真面目で、他人想いだ。自分の連絡先をしつこく求めてくる人に対しても、言葉や態度を考える。

 逆にその他人想いが、今の彼女の心を苦しめてしまっている。

 もしこのまま放っておけば、ひなみの心は徐々に壊れていく。

 それだけは絶対にダメだ。

 助けなきゃ。でないと、あの時ひなみを助けた意味がなくなる。心が壊れたら、もうどうしようもない。

 それに、ひなみが苦しんでいると俺まで苦しくなる。


「そんなこと考えちゃダメだひなみ。だって……お前は誰よりも幸せになる義務がある」


「え?」


 ひなみの反応を無視しながらも、俺は続けた。


「恩返しってのは、感謝の気持ちを伝えることだけじゃない。例え言葉が届かなくても、想いが届かなくても、それでも……。

 幸せな日々を送れているのなら、それがこの世で一番の恩返しだ。幸せに生きるって、不思議なんだよ。自分を支えてくれてた人も、周りの人も幸せにしちまうからな。仮に嫌な気持ちになる奴がいたとすれば、そいつはただの自己中で、他人の気持ちに寄りそえない奴だ。

 周囲が何と言おうと迷うことはねぇよ。もし誰かが否定的なことを言ってきたら、俺が何度でも慰めてやる。だからよ……。思い切り恋をしていいんだ。思い切り人生を楽しんでいいんだ。

 そして……。誰よりも幸せになってもいいんだ」


 俺がここで自分の正体を言っても良かった。あの男子学生は実は俺で、もう感謝の気持ちは伝わっている。そう言っても良かった。

 でも、もし俺がここで打ち明ければ、ひなみは動揺する。

 せっかく初めての恋が始まろうとしているのに、邪魔しちゃ悪い。

 自己評価を上げるために助けた訳じゃない。

 助けなきゃって思ったから、助けた。ただそれだけだ。

 むしろ俺の方がひなみに謝らないといけない。あの事件を機に、凄い有名人になってしまって、色々と迷惑かけちまった。

 だからな、ひなみ。

 迷う必要も、悩む必要も、苦しむ必要もねぇ。


「もう……。本当涼君は凄いよ。どんなに困っている時でも、苦しい時でも助けてくれるんだもん」


 ひなみのその声は、どこか弱々しかった。顔を壁側に向けているから分からないが、涙を堪えているのかもしれない。


「元気出たか?」


「……うん。涼君の言葉で元気が出た。私決めたよ。精一杯人生を楽しむ。恋をする。そして誰よりも幸せになる。それが今の私にできる最大の恩返しだと思うから」


「あぁ。それがベストだ。もうぐっすり寝られそうか?」


「うん! ありがとうね、涼君」


 いつもの調子に戻り、俺は安堵した。

 俺の役目は終わり。あとはさっさと寝よう。

 深い眠りに入るために瞼を閉じようとした、その時だ。


「そうだ、涼君。最後に一つ言いたいことがあるの」


 ひなみはそう言うと、ゴソゴソッと音を立てながら俺の方に近づいて来た。

 そして俺の耳元で、小さくこう囁いた。


「涼君のこと、誰よりも信用してる。ありがとうね」


 その声に、言葉に、俺の体は一瞬にして熱くなった。

 反射的に目をひなみの方に向けると……。

 頬をほんのりと赤く染め、キラキラとした可愛らしい瞳で、俺のことをジッと見つめていた。

 ドクンッ!

 俺の鼓動はバチに叩かれたかの様に速まった。

 あまりに近いもんだから、思わずビックリしちまった。

 ひなみは満足そうな笑みを浮かべた後、そっと壁側の方に体を向け、そのまま眠ってしまった。

 い、一体今の笑みは何だったんだ?

 あんな笑みを見せられたら俺眠れねぇーよ。

 事実、俺が深い眠りに入ったのは、あの笑みを見てから一時間ほど後だった。

 まあでも、ひなみの悩みを解決できたのなら、チャラかな。


 感謝の言葉より、俺はお前の笑っている顔が見れれば、それで十分だよ。

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