第19話 名前で呼んでくれ!?

 お互いの変顔っぷりに爆笑をした後。

 俺達はこっそりとプリクラから飛び出て、そのままゲーセンの出口まで突っ走った。

 走っている途中、不良達の方を見たが恐らく気づいていない。

 俺達の方に視線すら向けなかった。

 偶然って本当怖いな。

 でもこれでどうにか危機的状況を切り抜けることができた。


「危なかったね涼君! はぁーはぁー」


 ゲーセンに出た直後、息を切らしながら九条は俺の方を見つめる。

 九条の今の顔は、プリクラの時とは違った、また別の笑顔になっている。

 いけない遊びを覚えてしまったみたいで、ちょっと罪悪感があるな。いや、でも俺何も悪い事してないよな?


「そうだ、涼君。忘れないうちにこれ受け取って」


 九条は俺の手に数枚の写真を。さきほど撮ったプリクラの写真を渡してきた。


「スマホに画像を送信することもできるんだけど、それだと涼君が恥ずかしいかなって。彼女でもない人のプリクラ画像何て保存したくないよね。でもせめて今日の思い出として、この写真だけは受け取って欲しい……な」


 九条は茹でたタコの様に頬を赤くしながらも、上目遣いで見つめて来る。

 こんなの断る方が無理じゃねぇーか。


「あ、あぁ。貰っておくよ。大切にする」


「うん。そうしてくれると嬉しいな。私も大切にする」


 九条から貰った写真を改めて見てみると、本当俺酷い顔をしているな。

 一目見ただけじゃあ俺だって分からないぞ。

 肌が舞子化粧の様に真っ白になっている上に、目がとんでもなくデカくなっている。

 口は肌の色とは合わない紫色をしているし、頭には意味が分からんがチューリップが咲いている。

 閲覧注意とでも書いとけば良かったよ。

 でもこんなに酷いのは俺だけじゃない。

 九条も同じ。

 バ〇殿みたいな化粧に、瞳の中に星マークが書かれている。

 目だけ見ると少女漫画だが、顔全体はお笑い芸人そのもの。

 お互い酷いありさまだ。

 でも、楽しかったな。

 爆笑しながら加工したもんな。

 

「この画像は他人に見られたら終わりだ」


「そうだね。机の引き出しの奥にしまわないと」


「そうだな。よし。落ち着いたところで一旦ここから離れるか。また不良達に出くわしたら面倒だしな」


 俺達が今いるのはゲームセンターの外。とはいえ、出入り口のすぐ近くだ。このままここにいれば、また出くわすかもしれない。

 それに空の色がいつの間にか夕焼け色に染まっていた。そろそろご飯の時間だな。

 スマホの画面を見てみると、時刻は17時30分前。

 いつの間にか結構な時間が過ぎていた。

 久しぶりだ、こんなあっという間に時が過ぎる感覚に襲われるのは。


「あと30分で18時だ。どうする? 夜飯食べて帰るか?」


 と、次のアクションを提案したが、九条は顔を渋らせた。

 ちょっとばかり絶望している。そんな顔だ。


「嘘……。もうそんな時間なの……。ごめんね涼君。お母さんに夜ご飯は家で食べるって言っちゃったの」


「あぁ。そっか。今頃九条の母さんがご飯を作ってる時間だよな。じゃあここらで解散するか」


 このまま無理に九条を引き留めるのも面目ない。

 ここらで手を引いておこう。


「うん。そうしよっか。駅まで一緒に行こう、涼君!」


 そう言った直後。

 九条の笑顔と夕日が偶然にも重なり、神秘的な姿が目に入り込んで来た。

 赤く染めあがった空と光り輝く眩しい笑顔。この2つの組み合わせは想像以上だ。

 美しい。

 それ以外の言葉で言い表せない。

 1000年に1人の美少女と呼ばれるだけはある。


 〇〇〇〇


 それから少し経ち、俺達は最寄り駅に到着した。

 地下鉄通り魔に出くわした際、俺と九条は同じ電車に乗っていたわけだから、路線は同じかと思ったが、違った。九条の実家がある方面は、俺とは逆。

 恐らく何か用があったから、あの時同じ電車に乗り合わせたのだろう。


「涼君、今日はありがとうね。すっごく楽しかったよ!」


 改札前でお別れの挨拶をする九条。

 目がにっこりと笑っているから、少なからず楽しかったのは本当だろう。

 初めて異性とデートしたけど、案外楽しめるんだな。

 リア充に嫉妬する人の気持ちが、今なら何となく分かる。


「あぁ。俺も凄く楽しかった。帰り道には気を付けろよ九条」


「うん。涼君もね」


 九条の言葉の後。


『まもなく、3番線に普通□□駅の電車が参ります』


 ここでタイミングよくアナウンスが鳴り響いた。九条が乗る電車がもう来る。


「あ、もう時間だ。それじゃあ行くね!」


「おう!」


 俺に背を向け走り出そうとする九条だが。

 その足は動かなかった。

 もう来るっているのに、何しているんだ?

 俺が疑問に思っていると、九条はクルっと体の向きを変え、俺の目をジッと見つめてきた。

 

「そ、その涼君……。1つだけお願いがあるの……」


 ボソッと小さく言った言葉を俺は聞き逃さなかった。


「お、おう。どうした?」


「あ、あのね。そ、その……」


 な、何だ?

 モジモジして、まるで何か言いたいけど勇気がなくて言い出せない。

 そんな様子だぞ。

 何を言いたいんだ?

 俺は九条の意図が読めず、思わず首を傾げる。

 数秒間の沈黙が流れた後。

 九条はようやく口を開いた。


「苗字じゃなくて、名前で呼んで欲しい……」


「え? 名前?」


 予想外の提案に、俺の口から自然と言葉がこぼれ出た。

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