第6話 不安しかねぇ!

 用を済ませた後、俺は猛ダッシュで体育館へと戻ったため、どうにか入学式に間に合った。

 どうやら新入生はほぼそろっているみたいだ。体育館の隅から隅まで人で埋め尽くされている。

 こんなにも新高校1年生がいるのか。ざっと300人近くはいるな。だがその8割ほどが女子だ。

 まあ、さすがに今年から共学になったとはいえ、いきなり男子が増える訳もないか。

 男友達が増えることに期待していたんだがな。

 あんまし同性の友達は増えなさそうだ。

 ちょっとばかり落胆しつつ、俺は新入生用のパイプ椅子に座りこんだ。そのままふぅーっと息を吐いた。

 そして入学式が始まる残りの時間を、俺は寝て過ごすことにした。特にやることがないし、退屈だ。

 ボーっと天井でも見つめていれば眠くなるだろう。

 瞼を閉じ、ちょっとばかり眠ろうとした時。

 俺の隣の席から誰かが囁いてきた。


「ねね、私のことを覚えてる?」


 え? 私のことを覚えてる?

 俺この学校に友達なんていたか?

 左隣の席へ顔を向けると、本日二度目の稲妻が脳内を駆け巡った。

 だがさっきとは違う種類だ。これは感動した際に発生する稲妻。

 俺の視界に映るのは、元中の人でもなければ、小学校の時に別れた人でもない。

 特徴的な青髪の長髪。それとこの声。間違いない。あの人だ。

 俺はすぐさま思い出すと共に、無意識に言葉をかけていた。


「もしかして、受験日の時にゲームセンターで遊んだ人か?」


「ピンポーン! 覚えててくれたんだ! 嬉しい!」


 驚いた。まさかあの時の青髪の子と、こうして再会できるとは信じられない。時乃沢高校で学生生活を送っていれば、その内会う機会があると思うが、このタイミングで来るとは。

 女子が大多数を占めるこの空間に少しばかり心細かいと感じていた俺には、なんとも頼もしい。


「いや~、合格したんだね! 改めておめでとう!」


「ああ、ありがとう。よく俺の事覚えていたね」


「勿論よ! まさか共に音ゲーをした人とこうしてまた再開できるとはね~。神様も良い仕事してくれるじゃないか」


「確かに、こうしてすぐに再会できたのも、何かの縁かもな」


「ですな~」


 俺はここで、忘れないうちにずっと知りたかったことを聞き始めた。


「あ、あのさ。名前なんて言うの?」


「私? 佐々波友里さざなみゆりって言うの! 皆から友里って呼ばれてるから、そう呼んで!」


「友里か、良い名前だね。俺は涼って言うんだ。涼でよろしく」


「オッケイ! 涼!」


 まさか高校に入学して初めてできた友達が女子とは。ちょっと予想外だ。にしても、友里はずっとテンションが高いな。まあ凄い話しやすいから逆に有難い。


「あ、そうだ! 今のうちに聞いておきたいんだけど、涼は何組なのかな⁉」


「え? 俺の組?」


 そういえば、正門を通る時にクラス分けの紙を貰ったな。確か制服のポケットに入れといたはず。

 俺は内ポケットから少し大きめの用紙を取り出し、確認してみる。

 どうやら、今年の1年生は全部で9クラス。クラス名簿を見る限り、1クラスあたり30名弱だ。

 えっと、俺のクラスは……。


「あ、あった。俺は1年A組だ。友里は?」


「え⁉ 嘘⁉ 私もA組だよ! 一緒じゃん!」


 ガチですか。こんな偶然あるのかよ。入学して早々に女友達ができたと思えば、さらに同じクラス。

 男子が圧倒的に少ないこの学校で、誰とでも話せるであろう友里と友達になれたのは運が良い。いうあ、良すぎる!

 どうにかボッチ生活からさよならできそうだ。


「いや~、こんなこともあるんですな~。共学になって初めてできた男子友達が、音ゲー仲間とは、奇跡ですな~」


「俺が初めての男子友達か……。うん? 他校の男子生徒とかと交流はなかったの? てっきりもう彼氏ぐらいいるのかと」


 コミュニケーション能力が高く、容姿も整っている。他の女子と比べれば、明らかにモテ要素を兼ね備えている。なのに、俺が初めての男子友達とは少し違和感を感じた。

 

「いや~、彼氏なんて一度もできたことないよ~。中々異性と交流できる機会がないんだよね~。小学生の時は中学受験の勉強で忙しかったし、中学も女子としか遊んでないからさ~」


「他校との交流もなかったの?」


「一応あったんだけど、そこまで仲良くなれなかったのよ~。うちの学校と交流のある他校って、基本的に全国でもトップクラスの進学校だから、青春より勉強重視の男子が多くってね~。運命を感じる出会いはなかったかな~」


 確かに、日本最高峰のT大学に現役で行く人は、青春より勉強重視してそうだよな。コミュニケーションがずば抜けている友里でさえ、彼氏がいないってことは、この学校の女子生徒って……。

 ほとんどの人が彼氏いないんじゃね?

 え? 皆汚れ無きピュアな子しかいないの?

 も、もしこの学校に性欲お化けの男子が入ってきたら、なんかヤバそうだな。

 俺が勝手に変な妄想を膨らませている隣で、友里はその後も続けた。


「それに、私の趣味って音ゲーなんだけど、中々共通の趣味の人がいなくってさ~。まいっちゃうよ~」


 この言葉を聞いた瞬間、俺は先ほどまでのくだらない妄想をやめ、すぐさま反応した。


「分かる。めっちゃ共感できる。音ゲーにハマってる人って比較的少ないからさ。皆だいたい部活で音ゲーとかやる暇ないし」


「うんうん! 皆部活とかが忙しいから、音ゲーすら知らない子もいるのよ。だから共通の趣味友ができてよかった~。ねね! 今度また対戦しようよ! 前回よりかなり強くなってるよ~」


 友里はにやけ顔でこう言ってきた。その表情から察するに、本当に自信がありそうだ。まあ、勝つのは俺だけど。音ゲーマスターを舐めるなよ?


「全然いいよ。いつでも誘って。俺部活入るつもりないしさ」


「本当⁉ じゃあ負けた方はアイスを奢る罰ゲーム付きね! 私負けないからさ!」


「それはこっちの台詞。負けても知らないぞ?」


「勿論! 望むところよ!」


 パイプ椅子に座りながら、友里は小さくガッツポーズをし意気込んだ。

 その姿を誰よりも近くで見ていた俺は、ちょっとばかりドキッとしてしまった。

 高校生活初日で、俺は可愛らしい女子と友達になれただけでなく、遊ぶことも約束してしまった。

 やべぇな。なんでこんなに運が良いんだ?

 さっきは俺の正体がバレそうで危なかったが、結果オーライだな。

 おれがそう考えていると、壇上に司会進行役であろう教師が登って来た。

 予め用意されていたマイクの前に立ち、静かに話し始める。

 どうやら、これから入学式が始まるみたいだ。先ほどまでテンションが高かった友里も、「あ、もう入学式が始まるね」っと最後に呟いてから、背筋を伸ばし大人しくなった。

 

「えー、皆さま本日は遠路はるばるお越しくださいまして、ありがとうございます。これより、私立時乃沢高校の入学式を始めたいと思います。まずは生徒代表として、『九条ひなみ』さん。お願いします」


 教師の言葉の後。黒髪で長髪の女子生徒がゆっくりと、壇上に上がって来た。歩くたびに揺れる長髪は、日光をキラリと反射させていて、どこか神々しい。

 もしただの挨拶だったら、俺は速攻居眠りをしていただろう。だが居眠りするどころか、俺は目を皿の様に見開いてしまった。

 どうにも見覚えがある女子生徒だ。ってかついさっき見た顔だ。

 おいおいマジか。

 あの1000年に1人の美少女って言われているあの子が、新入生代表の挨拶をするのかよ。

 教師に変わり、九条ひなみがマイクの前に立ったと同時に。

 大人しくなった友里が、こう語りかけて来た。


「ねね、涼。今新入生代表の挨拶してる子がいるじゃん。ひなみって言うんだけど、私の大親友なんだ。教室に行ったら、涼にも紹介するよ」


 あれ? 聞き間違いか?

 俺の聞き間違いかな?

 1000年に1人の美少女を俺に紹介するなんて、そんな特大ビックイベントが起きるはずがない。


「……。今さ、俺にあの子を紹介するって言った?」


 聞き返した俺に対し、友里はにっこりと笑いながら、はっきりとこう断言した。


「うん! さっきクラス分けの紙を見てたら、私とひなみ同じクラスだったの! ラッキーでしょ! ひなみは凄く良い人だから、すぐ仲良くなれるよ!」


「へ、へぇー。そ、それは嬉しいなー。わ、わーいわーい」


 と、俺は顔を引きつりながらどうにか、上手く返事だけはしておいた。聞き間違いであってほしいという切ない願いは、神様の所に届くどころか、体育館の天井にさえ届かなかったみたいだ。

 本来なら、喜んでも良いはず。何せ相手はあの1000年に1人の美少女と言われている美少女だ。

 紹介されるなんて、滅多にない。普通の男子生徒なら、鼻息を荒くし、発情中の犬の様に興奮するはずだ。

 だけど、俺の場合は別。

 九条ひなみに正体がバレてはいけない俺にとって、紹介されて友達になるというビックイベントは、破滅フラグでしかない!

 何でだよ。何で……。


 何でこうなるんだあぁぁぁぁぁぁ‼

 この先の学校生活に不安しかねぇ‼

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