第4話 1000年に1人の美少女
地下鉄通り魔の事件から1カ月が経過。これだけ時間が経てば、事件も風化していくだろうと思っていた。
が、現実はそう思い通りにはならなかった。
インタビュー時に映っていたあの子が、ネットの掲示板でとんでもない程話題に。
『可愛いすぎる! 俺の嫁にしたい! 結婚してくれ!』
『時乃沢の生徒レベル高すぎて草』
『めっちゃ美女じゃね? テレビに出てるモデルより断然可愛い』
などなど、大変大人気となってしまった。それに加え、インタビューに応えている時の1枚の写真が、とんでもなく綺麗に映ったため、あらゆるSNSで拡散。
その結果、たった1日にして有名になってしまったのだ。
まあ確かに凄い可愛いから気持ちは分からんでもない。
そんな彼女にネット民はあるあだ名を付けた。
それが……。
『1000年に1人の美少女』
他にもまだある。
『下界に降臨せし、天使様』
『全日本美少女連盟代表』
訳の分からんニックネームまで出来てしまっている。
どうなってんだよ……。
そんなネット民達は彼女のピュアな想いに感動し、血眼になって助けに行った男子学生を。
つまり俺を今も尚捜索しているそうだ。
だが、俺に関する情報は無いに等しい。俺を目撃した人は何人かいるらしいが、制服の上に分厚いコートを着ていたので、どこの学校の生徒か分からない。
写真もない上に、所属学校も不明。
唯一の手掛かりとしては、○○駅で降りて消えて行った。その程度だろう。
いくらネットの特定班が優秀だとしても、これだけしかソースがないと、特定はまあ無理だ。
それにしても、世間の俺に対する期待値がとんでもない程上がっている。
数日前に、ネットで『通り魔事件 男子学生』とエゴサしてみた結果。
この様な意見が大多数だった。
『助けに行った男子学生勇敢すぎる。尊敬する』
『名乗り出なかったのもちょっとカッコいいよね。英雄だ』
『こんな可愛い子を助けるなんて、神過ぎる。よくやった。スーパーヒーロー!』
何で俺までこんなことに……。
完全に予想外だ。
しかも、受験などで疲れて早く帰りたかったから、名乗らなかっただけなのに。
変な風に勘違いされてる。
や、やばいなこれ。どうしよう。
これだけ世間から期待されてたら、逆に名乗りにくいだろ。
ってか、名乗ったら絶対家にマスコミ関係の人が押しかけてくる。家族にまで迷惑をかけるのはちょっとダメだ。
それに、平凡な俺が通り魔から美少女を助けたと言っても、誰も信じないだろう。
それどころか、周囲から虚言癖と言われる可能性もある。せっかく高校生活が始まろうとしているのに、そんなレッテルを張られたら台無し。
俺は心の中で強くこう誓った。
――絶対に名乗り出ない。
そうだ、これでいい。目立つようなことを、わざわざしなくていいだろう。あの子の感謝の気持ちはしっかりと届いている。自己評価を上げるために名乗り出るような真似はしたくない。
自分の部屋で1人でに覚悟を決めていると突然。
「きゃー! 嘘でしょ!」
母さんの叫び声がキーンっと俺の鼓膜を刺激した。卒業式まで自由登校期間中なんだぞ。少しぐらい静かにしててくれよ。家に俺だっているんだぞ。
どうせドラマかなんかで衝撃的な展開に驚いただけだろうな。
俺はそのままスルーしようと思ったが、そうはいかなかった。
「涼! ちょっとこっち来なさい! これやばいわよ!」
母さんの言葉を聞いた瞬間。俺は何か嫌な予感がした。まさか……。
ま、まさかバレたのか⁉
母さんに俺が通り魔を撃退した男子学生だとバレたのか⁉
いや馬鹿な‼ ネット民ですら特定できてないんだぞ!
なのに何故⁉
そ、そういえば聞いたことがある。女は男の隠し事に超敏感だと。浮気をすればどこの家庭も大体バレるのは、このせいだ。
ってことは、お袋にバレたのか⁉
や、やばい。どう言い訳しようか……。
俺は必死で考えながら1階へと降ると、母さんが封筒のような物を持っていた。それに目が何故か潤っていて今にも泣きそうだ。
この様子だと俺が通り魔を倒した男子学生だとバレてはないようだな。
じゃああの封筒って……。
あ、まさか‼
俺が気づいたと同時に、母さんは先ほどよりも声を高くして大声を出した。
「涼! これ時乃沢高校の入学関係の封筒よ! 受かったのよ! 合格したのよ!」
「え? ガチで⁉」
この言葉を聞いて、黙ってなどいられなかった。
俺の中学では公立の高校受験をする人が圧倒的大多数。同学年で私立を受けるのは俺だけだった。
ずっと1人。ずっと1人で耐えて来た。
俺のその苦労が、ようやく希望をもたらしてくれた。
「本当に時乃沢高校の入学関係の書類なの? 間違いじゃない?」
「本当よ! 封筒の中に、これが入っていたんだから!」
お袋は封筒の中に手を突っ込み、1枚の紙を取り出した。そしてそれを自慢げに俺の方に見せて来た。
その紙には堂々とこう記載されている。
『合格通知書』
この文字を見た途端。
「うおおおお! やった! 俺高校生になれるのか! やったぁ!」
思わず叫んでしまった。いや、叫ばないと気持ちが収まらなかった。
なんせ、男女共学化した影響で、今年の入試倍率は5.3だった。
つまり約5人に1人しか受からない。100人受験すれば、受かるのはたったの20人程度。
高校入試の中でも上位に位置する高倍率。この数字を最初に見た時は絶望した。5.3倍なんて、始めて見たよ。
そりゃ時乃沢高校は進学校で、なおかつ制服がお洒落だから、人気になる気持ちは分かる。だがこの数字は高すぎる。
下手すれば大学入試よりも合格する難易度が高いかもしれない。
だが、運が良かったのか、それとも奇跡が起きたのか分からんが、無事に合格通知書を手にすることができた。
滑り止めの高校も合格しているとは言え、第一志望に合格したこの喜びは半端じゃない。
もしかしたら人生で今この瞬間が幸せかもしれない。
いや、絶対今が一番幸せだ!
「第一志望の高校に受かったぞ!」
俺が再び大声を出すと、母さんの目から涙がポロリとこぼれだした。
そして弱々しい声で、
「よ、よかったわ……。涼の高校が無事に決まったわ……。高校時代を思う存分楽しみなさい」
俺の合格を祝ってくれた。
「ありがとう。ちゃんと卒業してそれなりの大学に行くから心配しないでくれ」
この言葉に、母さんは涙を拭きながら頷いてくれた。
長い長い受験がようやく終わりを迎えた。バッドエンドではなく。
ハッピーエンドでな。
だが、この時の俺はまだ知る由もない。
せっかくの高校生活が、とんでもない程過酷になることを……。
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