第3話 それ、俺なんですけど?

 俺は中1の時に、とある人の元で武術を教わっていた。別に巨大な岩石を拳で粉砕できたり、弾丸を片手でキャッチできるなどの、超人のような真似なんて当たり前だができない。

 だが少しだけ、武器を持った人との戦いならある程度できる。よく師匠が木刀片手に、俺の体を散々叩いてきたな。当然だが当たればとんでもない程痛い。だからこそ、相手の動きを観察してよく考えてから反撃する。この手順を俺は教わっていた。

 この状況で、過去の武術が活かすことができるか分からんが、頼るしかない。

 俺は緊張のあまり冷や汗を流していると、それが攻撃の合図になってしまったみたいだ。

 通り魔の男は、勢いよく右手に握っている刃物を振りかざしてきた。

 ブンッ!

 と、空気を切り裂くような音が俺の耳にはっきりと聞こえた。相手が持っているんのは刃渡り30㎝程の刃だ。この距離で後退しても男の腕の長さなら届く可能性がある。

 避けても当たるかもしれないなら、こうするまで!

 バシッ!

 と、俺は後退せず左手で、通り魔の右手首を力強く握りしめた。

 いや、というより掴むことに成功した言うべきだろうな。男が振り下ろすと同時に俺も左手を出し、刃物が当たる前に手首を掴むことができた。

 

「な! 嘘だろ、このガキ!」


 ああ、そうだよな。さっきまで散々暴れまわってたんだ。自分の攻撃を阻止されるなんて考えてもなかったよな。ましてや年下の学生に防がれるなんて、完全に予想外だよな!

 俺の目には焦りだす通り魔の顔が映った。この男はやせ細っている。顔がやつれていてまともな食生活をしていないのが、簡単に見て分かる。

 やせ細っていると当たり前だが筋力量は落ちる。

 第2次成長期を終えたばかりの俺の腕力なら、男の右腕を十分に止めることができる!


「こ、この‼ 離せガキ‼」


 通り魔の男の怒号が2人しかいない電車内に響き渡るが、無謀だ。叫んだところで状況が逆転するわけじゃない。

 俺はさらに男の右手首を強く握りしめた。

 人に迷惑かけて簡単に死ぬなんて言っている奴を、俺はそう簡単には逃がさない。必ず、刑務所に入って反省してもらうぞ!

 俺は右手を後ろに曲げ、勢いをつけて殴りかかろうとした時。


「て、てめぇ‼ そう簡単に思い通りになると思ってんじゃねーぞ‼」


 俺の攻撃を防げるように、男は左手を前に出して構えだした。

 もし仮にここで、俺の右拳が受け止められたら、もう終わりだ。

 だがこの状況は願ったり叶ったり。

 俺の狙いは最初ハナからこの拳じゃねぇ!

 右足なんだよ!

 通り魔が俺の右手に警戒している隙をついて、右足を勢いよく男の顎を目掛けて蹴っ飛ばした。

 腕力より脚力のほうが圧倒的に強いんだよ!


「ゴフッ!」

 

 通り魔の男は予想外の攻撃に何が起きたのか分からず、そのまま倒れかけた。

 だが、このまま倒れるのを見過ごすほど俺は甘くないぞ。

 足を蹴り上げた際も、俺の左手は離すことなく通り魔の右手首をしっかり掴んでいる。

 俺はそのまま左手をグッと前に引き、倒れかかった男の重心を後ろから前に無理やり変えた。

 同時に、俺は右拳に力を入れたまま前へと突き出した。

 無理やり引っ張られているので、男は防ぐ間もなく、そのまま顔に俺の右拳がダイレクトにヒット。

 パン!

 と、乾いたような音とともに、今度こそ男は後方へ殴り飛ばされた。

 殴り飛ばされた際、手に持っていた刃物は後方車両の方へと行きよい良く飛んで行った。

 あの距離なら、再び握られることはないだろう。


「ク、クッソ……」


 通り魔の男はよろめきながらも、立ち上がる。だが先ほどの殺人衝動はどこかへ消えている。男から完全に殺気は消え、むしろ弱々しさが漂い始めた。

 何しろ至近距離で蹴りと殴りを食らったんだ。平気なはずがない。

 

「て、てめぇ……」


 立ち上がったけど、体がフラフラしていやがる。脳が揺れて、うまく立てていないな。

 ここで、通り魔の男の声と共に電車は停止した。

 そして、


「〇〇駅。○○駅。お出口は右側です」


 と、到着の音声アナウンスが聞こえた。グッドタイミング。

 扉がアナウンス通りに開いた瞬間。

 俺は右拳で男の左頬を勢い良くドアの方へ殴り飛ばした。


「グハッ!」


 男はそのまま電車の外へ吹き飛ばされ、ホームの床で意識を落とした。

 ブランクがあったとは言え、拳の威力はどうやら落ちていなかったらしい。

 殴り2発+蹴りで、どうにか勝つことができた。

 ふぅー、怖かった。でも、俺無事生きてるよ。

 俺は意識を失い倒れている通り魔の横を通り抜け、一斉に逃げる惑う他の乗客とともに改札方面へと向かって行った。

 疲れたし腹も減った。警察に俺が倒したって名乗り出れば、帰りがいつになるか分からん。こんな寒い日の夜に拘束されるのだけはごめんだ。さっさと家に帰るか。

 他の乗客に紛れ込みながら、俺はそのまま駅を後にし、自宅へと向かった。

 だがその帰り道の途中で、かつ丼ぐらい食わせてもらえたのでは?と、疑問に思ったが、まあもういいや。



 次の日の朝。

 地下鉄通り魔の事件は、朝の報道番組全てに取り上げられるほど大注目事件となっていた。

 ちなみにSNSでも、この話題で大盛り上がり。朝のトレンドにもなっていた。

 まあでも、もう過ぎたことだし俺はあまり興味ない。

 俺は母さんと妹と共に朝ご飯を食べ始めた。テレビに背を向けて座っているので画面は見えないが、音声だけは聞こえる。

 地下鉄通り魔事件の内容だけを聞き取るかぎり、どうやら死者はいなかったらしい。重軽傷を負った人が数名程。だがその全員とも命に別状はなく、病院で安静にしているようだ。

 良かった良かった。

 受験も終わり、通り魔も撃破。一件落着だな。

 俺はそんなことを思っていると、男性リポーターによるこんなインタビュー内容が聞こえてきた。


『えー、今回特別にインタビューさせてもらうのは、通り魔に襲われかけた、とある女子中学生さんです。わざわざお時間を取っていただきありがとうございます』


『い、いえ。お気になさらず』


『ありがとうございます。早速本題に入りましょうか。通り魔に襲われかけたそうですが、どのような状況だったのでしょうか? また、どのようにして逃げ切ったのでしょうか?』


『あ、はい。私は恐怖のあまり転んでしまい、逃げ遅れてしまいました。通り魔の男と私の距離が目と鼻の先にまで迫った時。ある男子学生が助けに来てくれたんです。私の前に立って、逃げる時間をくれたんです。彼のおかげで、私はどうにか助かることができました』


『はぁー、そんな勇敢な少年がいたんですね』


『はい。彼はその後、通り魔の男を蹴ったり殴ったりして、見事倒してくれたんです。駅員さんと警察の方が駆けつけた時に男の意識が無かったのは、あの男子学生が既に倒していたからなんです』


『いやぁ~、こりゃ人生で1番の武勇伝になりますね。スーパーヒーローじゃないですか』


『はい、そう言っても過言ではないと思います。私も感謝しきれないぐらいです』


『是非ともお話をスーパーヒーローからお聞きしたいですが、どうやら何も情報が無いらしいんですよね』


『ええ。彼は名乗らず逃げ惑う人に紛れてどこかへ消えてしまいました。それに、顔もはっきりと見えなかったので、正直本人を見つけることは難しいかと。だからインタビューを通して、あの時助けてくれた彼に、感謝の言葉を届けたいです!』


『なんともロマンチックですね~。きっと画面の向こう側で、あなたを助けた少年は見ているはずですよ』


 おい、何だこれ?

 インタビュー内容だけを聞く限り、俺の事までニュースに取り上げられてね?

 俺は無意識にテレビの方へ振り向くと、あの時の子が。


 助けを求めていた少女がテレビに映っていた。


 し、信じられん。

 こんな奇跡があるのか⁉

 動揺し、冷や汗が流れ始めると共に、ニュースの画面を見ていた母さんと妹が口を開いた。


「最近こういう事件増えてお母さん外に出歩けないわ~。本当怖いね~。ってか涼。あんた良く巻き込まれなかったわね。時間も乗る電車も同じだっただろうに」


「い、いやー、俺は1個前の電車に乗ってたから被害はないよ」


 勿論嘘だ。

 咄嗟に嘘を言い、興味がないふりをしているだけだ。

 もしテレビで取り上げられていたスーパーヒーローだと打ち明ければ、面倒なことになっちまう。というより、言っても信じてくれないだろうし。 


「うちの友達が偶々この電車に乗ってて超やばかったらしいよ。この男子学生マジカッコよすぎない?」


 妹の美智香みちかは、隣に座る母さんに言葉を飛ばした。気のせいだろうか。妹の目がいつもよりも若干キラキラしているな。何でだ?


「そうねぇ~。こんな勇敢な子がいるなんてねぇー。カッコよすぎるわ~。うちのお父さんと息子も見習ってほしいぐらいよ」


「だよねぇ~。うちだったらもう超惚れるわ」


 どうやら女性の立場からすると、ニュースで話題となっている男子学生は相当カッコよく見えるらしい。

 ところで今2人が話している男子学生って、俺なんですけど?


ーーー

面白ければフォローと星評価お願いします!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る