真夜中は純潔
高村 樹
真夜中は純潔
こんな真夜中にぶらついて、純潔もへったくれもあるか。
ジュンヤの野郎、「俺はもっと純潔、というか清純な女が好きなんだよな」じゃねーよ、馬鹿。
馬鹿。馬鹿。馬鹿馬鹿馬鹿馬鹿。
ユキは、アルコール度数が高いストロング缶を飲みながら、新宿東宝ビル横の通りを歩いていた。
この辺りは、通称「トー横」と呼ばれ、若者たちのたまり場だ。
ユキと同じ十代後半から二十代前半くらいまでの行き場がない若者や力を持て余した「ヤカラ」のような人間で溢れていた。
ユキは高校の一年目で学校を中退し、家に引きこもっていたが、家族とも折り合いが悪く、居心地が悪かったので、三か月ぐらい前から「トー横」に顔を出すようになった。
ここに来れば、なんか面白い奴や似た境遇の娘が多いので、寂しさが紛れる気がした。
「トー横」に来たばかりの頃、高校中退して今は建設現場でとび工をやって働いているジュンヤに出会った。
ジュンヤは、とび職人をやりながらミュージシャンを目指していて、目がキラキラしていた。
高校辞めても、しっかり働いて給料もらってるジュンヤがとてもかっこよくて、大人に見えた。
ユキは、柄にも無くジュンヤが好きそうなナチュラル系の清楚な格好をして、気合を入れたが、つい先ほど告白してフラれた。
はっきり言って「トー横」には不似合いな服装だったので、目立つ。
涙でメイクも台無しだったから、今日はもう帰るつもりだった。
「へい、彼女。泣いちゃってどうしたの。一緒に遊ぼう。慰めてあげるよ。いいクスリ持ってんだ」
今時、「へい、彼女」じゃないよ。ウザいんだよ、向こうに行け。
鼻ピにロン毛で、腕にタトゥー。見るからにチャラそうで、あたしが一番嫌いなタイプだ。
「もう帰るんだから、触らないで」
「おい、てめえ。優しくしてやればつけあがりやがって。あまぁ」
チャラ男は強い力でユキの腕を掴んで引き寄せた。
こいつも酔ってるみたいで酒臭い。
「大声出すよ」
「やってみろ、ん、てめぇ何だ」
見ると七三で眼鏡、ひょろっとした背広の男が、チャラ男の肩に手をかけていた。
年齢は三十歳くらいだろうか、細面で喧嘩なんかしたことありませんっていう感じだ。
「いや、この娘、嫌がってるでしょ」
「んだと、テメェ」
チャラ男が背広の男の顔面目掛けて拳を突き出した。
背広の男はチャラ男のパンチを躱すとその勢いのまま背負い投げで地面に叩きつけた。
「はい、公務執行妨害と暴行の現行犯で確保ね」
背広の男はチャラ男うつ伏せにして、腕の関節を決めるとスマホを取り出し、どこかに電話した。
数分後、制服を着た警察官二人がチャラ男を連れていき、私は交番で事情を聴かれた。
事情聴取が終わると背広の男は名刺をくれて、「何かあったら相談に来なさい。あんまりこういう場をうろついちゃいけないよ。あと未成年はお酒、駄目ね」とだけ言い残し、慌ただしくいなくなってしまった。
私を見る目が優しくて、まつ毛が長かった。
眼鏡取ったら、もっとイケメンに見えるのにな。
肩を支えてくれた手のひらがとても大きくて、指が長かった。
背広の男がくれた名刺には、「新宿警察署 強行犯捜査係 巡査部長 葛城大輔」と書いてあった。
あんなに弱そうなのに、刑事さんだったのか。
この後、ユキは迎えに来た両親にこっぴどく叱られた。
お小遣いも今月は抜きになったし、夜の門限を七時に決められてしまった。
自分の部屋に戻り、学習机に座ると、あのひょろっとした刑事さんからもらった名刺を取り出してみた。
「高校とか大学に行って、刑事さんになれたら、葛城さんに会えるかな」
真夜中は純潔 高村 樹 @lynx3novel
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