第14話 二人きりの旅行(3)

 「あ、あのさ私、その……プランとか考えてきてるんだよね。だから今日は私に任せてくれないかな?」


 荷物を置いた早々に雪菜はそんなことを言った。

 いきなり決まった旅行だったので俺はノープラン、むしろ雪菜がそういうところをリードしてくれるのは有難い。


 「いいよ!むしろウェルカム。てか、寝てなかったのってそれが理由?」

 「恥ずかしいからその話はもういいでしょ?」


 恥ずかしいのか目を合わせてこない。


 「すまんすまん。よろしく頼むよ」


 雪菜の反応が面白くて思わずイジってしまいたくなる。

 が、こんなところにしとかないと臍を曲げてしまいそうなのでこれ以上ネタにするのはやめようと思った。


 「任された!」

 

 雪菜はビシッと敬礼のポーズをとった。


 「おほん、では最初は」


 咳払いをして雪菜はもっともらしく切り出した。


 「最初は?」

 

 ためを作られると思わず聞き返してしまう。


 「お腹がすいたので、何かいいお店を探してください」

 「えっ……?」


 何を言うかと思えば、いきなり他人任せの他力本願寺である。


 「雪菜が今日一日ガイドしてくれるんじゃないの?」

 「それはそれこれはこれ、私のガイドはご飯の後よ!」


 まぁ確かに、丁度お昼になろうという時間、俺も少しお腹が空いていた。


 「労働への正当な対価、期待するよ?」

 「前払い制なのね……」


 ちゃっかり俺払いなのか、とも思ったがこれでも義兄、少しは兄としての体裁を維持するためにも財布の紐を緩めるとするか。

 以前に一回だけ家族で来た記憶を頼りに街を歩くのだった。


 ◆❖◇◇❖◆


 「ほい、到着!」


 国道136号線に出て右折、道なりに歩いたところにある店だ。

 過去には日本テレビの番組で取り上げられたこともあって、ここならハズレはないなと思った。


 「今更感あるけど魚で良かった?」

 「もちのろんよ!」


 よっぽどお腹が空いてたのか上機嫌の雪菜を先頭に店に入った。

 通された席は運良く2階の小上がり席で相模湾を間近に見ることができる。


 「青いねー」

 「青いなー」


 生産性のない会話だなぁと思いつつ海の青に空の青、眺望はほとんど青一色なのだ。


 「やっぱり生食の方が良さそうかな?」


 ひとしきり海を眺めた雪菜はメニューの冊子に目を通していく。

 席に案内されるまでに店内の水槽で泳ぐ鯵を見た。

 つまり鯵に限っては、抜群に鮮度が高いということになる。

 

 「俺は、無難に刺身の盛り合わせにしようかな」


 ちょっと値が張るけど、やっぱり海に来たんだから生魚を食べたい。


 「うーん、この店なんかやたらと鯵を推して来るからこの『アジくらべ定食』にしてみるね!」


 写真でみると物の見事に鯵しかないような定食だった。


 「ならオーダーしようか」


 そう言ってオーダーしようとすると、どこで様子を見ていたのか気を利かせた店員が向こうから来てくれた。

 しばらくして料理が届く。

 美味しい食事に美しい眺望。 

 お腹が空いてたこともあって雪菜は終始上機嫌だった。

 会計は五千円とちょっと出費だけど、雪菜の顔を見てると慈善活動家もかくやという気分になった。

 うん、また来よう。

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