第7話 エロ同人誌作家の観察力

 「ただいま」


 帰り際の花凜の行動、そればっかりを考えながら帰宅した。


 「あら〜随分疲れた表情ね」


 ちょうど作業が終わったところなのか二階の佳奈さんは部屋から降りてきたところだった。


 「分かりますか?」

 「えぇ、ついでに言うと女の子の匂いがするよ?」


 え、そんな人に分かるもんなのか!?

 ヤバい、この脳内ピンクのエロ同人誌作家にあらぬ誤解をされてしまう!?

 長い髪の毛とか物的証拠はないよな?

 俺は慌てて肩とかシャツを払った。


 「あら、図星だったかしら?」


 ニヤニヤしながら佳奈さんは言った。


 「まぁ悠哉くんなら彼女の一人二人はいるわよね」


 何か納得したかのようにウンウンと頷く佳奈さん。


 「二人いるのはいろいろマズくないすか?」

 「ん〜そうかなぁ……私の作品だとしょっちゅうだけど?」

 

 この人は現実とエロ同人とを混同してるのか……。

 もうツッコミをいれる気力もないから内心そう思うだけに留めた。


 「でもそれ、手首の傷に関わることなのかな?」

 

 それまでのニヤニヤしていた佳奈さんは何処へやら、そう聞いてきたときには真面目な顔をしていた。


 「親父から聞きました?」

 「なんにも?ただ人から見えないようにしてるし手首を庇ってることもあるから」


 たった数日、一緒に暮らしているだけでそこまで見抜いていたのか……。

 リスカするような人間とは思われたくないし、痛む傷口を抑えていた癖が未だに抜けていないらしいことに気付かされた。

 多分、親父も俺の癖に気づいたまま黙っていてくれてるんだろうな。

 エロ同人誌作家の観察力の高さに驚きつつ俺は、佳奈さんに聞かれたことに素直に答えることにした。


 「そうですね。この傷をつけたのは元カノとも言えるし自分とも言えます」

 

 俺は全てを義母佳奈さんに話した。

 花凜の名前は出さなかったけど。


 「そう……そんな事があったのね……」

 

 深刻そうな口振りで佳奈さんが言うので、いつものように作り笑いを浮かべて


 「そんな大事おおごとじゃないですよ」


 そう言って和ませる。

 過去にも何人か気付いた友人はいて、いつもこうして来た。

 

 「聞き終わってからアレかもしれないけど、作品の参考にはならなかったわ。ふふふっ」


 佳奈さんも一瞬漂った深刻な空気を笑いに変えてくれた。

 

 「義妹モノにヤンデレはダメですか?」

 「義妹がヤンデレっていう作品は描いたけれど売り上げが微妙だったからね〜」


 そう言いつつ佳奈さんは、何やらしきりにメモをとっていた。

 

 「でもそんなことがあったんじゃ恋愛も出来ないでしょ?」

 「まぁ…はい。と言ってもここ数ヶ月の話なんで恋愛に発展することなんてないと思いますけど」

 「世の中には子宮で思慕する女の子もいるかもしれないわよ?」


 この人、平気で猥談をぶち込んで来るな……。

 同級生と話してるのとあんまり変わらないんだが……。


 「生き方が下世話っすね」

 「フランス人とかも割と性交渉までが早いって言うわね」

 「まぁ体の相性は大事かもしれません」

 

 そう言って二人で一頻り笑いあった後、


 「うちの雪菜はいい子だから、雪菜で癒すといいよ〜」


 義妹モノのエロ同人誌作家はとんでもないことを言った。


 「それ、実の母親が言うことですかね?」

 「さぁ、どう受け取るかは悠哉くん次第かなぁ〜。で、申し訳ないんだけど急に創作意欲が湧いちゃったのよ、ご飯作ってくれると嬉しいなぁ……なんて?」


 佳奈さんはそう言って上目遣いに俺を見つめた。


 「わかりました。やっておきます」


 もう何を描くのか分かってしまったが止めはしない。

 でも、さっきネタにならないって言ってなかった?

 あの人もネタに飢えてるんだなぁ……。

 そう思いつつ、佳奈さんに話したことで少しばかり心が楽になった気がした。

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