第6話 重い愛
◆❖雪菜side❖◆
「オシャレなお店ですね!」
添木さんに連れてこられたのは、学校から最寄りの駅のそばにあるこじんまりとした喫茶店だった。
「そうね。だからよく来てるの」
「お、柚莉ちゃんじゃん!今日はお友達連れてるのね〜?」
扉を開けると声を掛けてきたのは、スタイルのいい女性だった。
「堂島さん、こんにちは。売り上げに貢献しようと思ってクラスメイトを連れてきました」
店員の名前を知ってるぐらい常連ってこと?
なんかカッコイイなぁ……。
「まぁ、気が利くじゃない!今後ともご贔屓にさせてもらうわ〜」
ヒラヒラと手を振って堂島さんはカウンターの中へと消えていった。
「コーヒーはマンデリンで良かった?」
突然、添木さんにそう訊かれる。
え、これ私の知らないうちに注文が終わってた?
「まんでりん……?」
そしてそもそもマンデリンが何なのか分からない。
コーヒーとか仕事中の母に適当にドリップコーヒー出すくらいだし……。
「スマトラ島で作ってるアラビカ種の豆で、香りが良くてほんのり苦い味よ」
「へー」
知識が無さすぎてとれるリアクションが「へー」とか「ほー」ぐらいしか見当たらない。
「それはさておき、本題に入りましょうか」
添木さんはそう言うと真面目な顔をした。
「お、お願いします」
思わずゴクリと唾を飲んでしまう。
「私と花凛と悠哉くんは言わゆる幼なじみで幼稚園から一緒でまさかの高校も一緒だった。ちょうど中学三年生の夏だったかしら、花凛が悠哉くんに告白する形で二人は付き合いだしたの」
今日初めて橘さんを見ただけでも悠哉くんと何かありそうな気はしていた。
そしてもう一つ気になることがあった。
「添木さんは悠哉くんのこと、好きならなかったんですか……って、あ、言っちゃった」
ふと気を抜いたら口に出てしまった。
あたふたしている私を見て添木さんはニコッと笑った。
「一番身近だった悠哉くんに私も恋愛的な感情を抱いたわ。でも当時は花凛ほど強い想いはなかったから。でも、そこに勘づくなんて鋭いわね」
当時は、という含みのある言い方で添木さんは言った。
「えーと、小さい頃って身近な異性を好きになることってあるじゃないですか?」
「そうなの?」
「一般的に?です」
「そうかもしれないわね」
堂島さんがそのタイミングで水を持ってきた。
「お冷で〜す、えっと、立ち入った話かな?」
「ここから立ち入った話になるところです」
「え、何それ、ちょー気になる!」
興味津々といった様子で堂島さんが椅子に腰掛ける。
しかし――――
「堂島さんは、勤務時間でしょ?仕事に戻ってください」
「ちぇーっ」
添木さんに追い払われていた。
「さっきも言ったけどここから立ち入った話よ」
そう言われて思わず居住まいを正した。
「そんな身構える話じゃないけどね」
そう笑って添木さんは話を切り出した。
「あの二人、付き合い始めた当初は上手くいってたの。それはもう他のカップルが羨むくらいに。でも三ヶ月くらいが経った頃かな……悠哉くんから相談されたのよ」
三ヶ月と言えば一般的に倦怠期となる頃だよね?
でも添木さんの口調から察するにそれは無さそうだということがわかる。
「相談というのは?」
「セックスのときに花凛がコンドームを使わせてくれないらしいのよ」
いきなり生々しい話になって私は、目を白黒させた。
「それで、外に
次々と語られる思わぬ事実。
一見、仲良さげに見えた二人にそんな過去があるとは思わなかった。
そして、母の描く同人誌にはない生々しく重たい愛があった。
と言ってもたまに母の目を盗んで読むだけだからそのまでは知らないけれど。
たまにだよ?本当にたまにだから。
「その傷は?」
「もちろん縫うことになったけれど、大事には至らなかったわ。その後、悠哉くんを傷つけてしまったことで花凛もそういった行動は自粛したみたいね。でもそれが原因で悠哉くんは恋愛にトラウマのようなものを持っているみたいで事件の前のような楽しそうな表情を浮かべることはなかったわ」
きっと橘さんは、悠哉くんが誰かに取られる前に既成事実を作ろうと焦ったんだろうな。
目の前にいる添木さんも好きになってしまうのだから、それほど魅力的な異性なのかもしれない。
きっと私が橘さんの立場でも焦ると思う。
「それで別れたのが今年の三月。花凛も内心、悠哉くんの心が自分に対して閉ざされてしまったことを理解したのかもしれないわね」
そう言って添木さんは遠くを見つめた。
その後はよもやま話に耽って解散したのは午後六時、帰宅して顔を合わせる悠哉くんにどんな顔で会えばいいのかと少し悩んだ。
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