【KAC202210】 野田家の人々:真夜中

江田 吏来

第10話 真夜中

 俺は真夜中の住人と出会ってしまったようだ。


 夜中にふと目が覚めて、こたつの電源を切ったかどうか気になった。

 いつもなら電源は切った、切ったはずと自分に言い聞かせてそのまま眠る。だが、その日だけはムクッと起きあがってしまう。

 寝ぼけ眼でしんと静まりかえった居間に入り、こたつに近づくと異様な気配を感じた。刹那、大きな黒い塊が突進してきたのだ。


「うわッ!」


 驚いて身をかわすと、人影が逃げていく。

 それはオトンでも弟でもない。暗闇の中でもハッキリと分かった。

 奴は勝手に侵入してきた、真夜中の住人。すなわち、


「ど、泥棒だーーッ!」


 声を張りあげながら、泥棒の胴体にしがみついた。

 泥棒は片手で俺の背中をわしづかみにすると、強い力で振りほどこうとする。


「逃がすもんか」


 泥棒の顎をめがけて頭突きを決めると、相手はのけぞった。

 倒せる!

 そう確信した瞬間、俺の視界がグルンと回転した。


「いでッ」


 激しい音と共に背中から床に落ちた。なにが起こったのかわからなかったが、泥棒が上から俺を見下ろしている。

 どうやら投げ飛ばされたようだ。

 背中が痛くて動けない。これはマズいと思ったが、


「何事だッ!」


 パッと電気がついて、オトンと弟の姿を確認した。

 泥棒は顔を隠して逃げようとしたが、三対一ならもう負けない。

 俺たちは泥棒を取り押さえて、オカンは警察に通報した。


 全員が寝静まった真夜中に侵入をたくらむ奴がいる。これはちょっとした恐怖だったが、白バイとパトカーが到着すると安堵あんどが広がった。

 そして警察官のひとりが家の中をくまなく調べると、見覚えのないカバンが出てきた。

 中には刃先の鋭いナイフが。


「これは……泥棒のカバンだな」


 もし、このナイフがカバンの中ではなく、泥棒が手にしていたら。


「刺されなくて良かったですね。泥棒を見つけたら、無茶しないで先に通報してください」


 軽く説教された。

 それからさらに詳しく調べると、盗んだものが次々と出てくる。

 財布に通帳。ネックレスに腕時計。どれも俺たちのものではない。


「あっ」


 短い声と共に、カバンの中のものを、ひとつ、ひとつ丁寧に取り出していた警察官が手を止めた。それからおもむろにカバンをひっくり返して、中のものをぶちまける。


「こ、これは……」


 かわいらしい花柄のおパンツ。

 見た目が美しい、総レースのおパンツもある。

 派手な赤やシックな黒のおパンツも。

 

「こいつ、下着ドロボーか」


 彩り豊かで種類も豊富。思わず鼻血が出そうなおパンツの山に目を見張ったが、一枚だけボロッと古いパンツがあった。

 俺はつまらないものを見た気分だったのに、オトンが急に身を乗り出した。


「あ、これ。母さんの……ぐぼッ」


 古いパンツを指さそうとしたオトンの腹に、オカンのいる肘が食い込んでいる。


「この中に、あなたのものがあるんですか?」

「ありません」


 警察官の質問に、不自然すぎるほどの笑顔を浮かべているオカン。俺が口を挟もうとしたら、弟に腕を引っ張られた。


「兄貴、何も言うな。正解がすべて正解とは限らない。オカンにだってプライドがあるんだ。オトンの二の舞になるぞ」


 オトンは腹を押さえたまま身もだえている。

 オカンは終始笑顔で「盗まれたものは、なにひとつありません」と言い切った。……なんか怖い。


 いつも平和な野田家に泥棒が入った。

 俺は勇敢に立ち向かい、家族の協力を得て捕まえた。

 そして豪華絢爛ごうかけんらんきらびやかなおパンツの中に紛れたボロ。あきらかにオカンのパンツだけど、俺たちは口を閉ざす。 

 真実は真夜中の暗闇に葬られていくのであった。


 触らぬ神にたたりなし。

 俺はひとつ賢くなったかもしれない。






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