彼女は踊る。僕のためだけに踊る
コラム
***
仕事が終わり、自宅であるアパートへと戻った僕は、買ってきたコンビニ弁当をテーブルの上に置いた。
すると、ドアを壁に叩きつけるかのような勢いで開けて彼女が目の前に現れる。
「パスタとオムライスどっちがいい?」
訊ねると、彼女は何故だか
僕は彼女の前に座り、着ていたコートを脱いでパスタへと手をつける。
しばらく静寂が続くと、当然彼女が声を張り上げてきた。
どうやらオムライスが冷たかったようで、ドスドスと足音を立てて電子レンジの前へと歩いていく。
「こんな冷めたメシ食わせやがって、嫌がらせかッ!」
彼女の怒りは怒鳴るだけでは収まらなかったようで、僕のほうを見ながら電子レンジをバシバシ叩いていた。
僕は謝った。
店員に温めてもらったのだけど、家に帰るまでに冷えてしまったのだと、けして嫌がらせで冷たいオムライスを食べさせたわけではないと。
だが、彼女はまだ不満があるようで、再び声を荒げる。
「お前、手を洗ったのか!? うがいはしたのか!? してねぇだろ!? それと外に出た服のままメシ食ってんじゃねぇよ!」
「う、うん。ごめん。今手を洗うよ」
「うっさい! いいから脱げよ! 今すぐ脱げ! それで裸でメシ食え!」
僕は彼女に言われた通りにした。
着ていたものをすべて脱ぎ、パンツやシャツをたたんでまたパスタを食べ始めた。
その様子を見ていた彼女は、両手で頭を抱えて
「なんで裸でメシ食ってんだよ! おかしいとか思わないわけ!?」
「いや、だって……君がそうしろって言ったから……」
「じゃあアタシが死ねって言ったら死ぬのかよお前は!? えぇッ!?」
理不尽な女だなと誰もが思うだろうけど。
昔の彼女はこんなことなどしなかった。
きっかけは僕の浮気だった。
SNSで知り合った女性とやり取りしていくうちに、相手が僕のことを好きになって断れず、体を重ねてしまった。
そのことを知った彼女は精神を病んでしまい、まともな会話すらもできなくなることが増えた。
実際に、僕と顔を合わせれば怒鳴りだし、先ほど――裸になれといったようなわけがわからないことをやるように言ってくる。
きっと意味なんてなくて、本人もよくわかっていないのだと思う。
彼女との共通の友人らは、どちらかというと僕のほうを
僕からすれば余計なお世話だ。
友人だからといって、二人のことに口を出さないでほしいと思う。
皆、僕が同情や
大きな誤解だ。
たしかに普段こそコミュニケーションなど取れないのだが、彼女も、そしてもちろん僕もまだお互いに愛し合っているんだ。
僕は床に散らばったオムライスを掃除し、それから風呂に入った。
彼女は食事をすることも忘れて怒鳴っていたが、僕が浴室に入ろうとすると自分の部屋へと戻っていく。
それからシャワーを浴びて汚れを落とし、彼女の部屋へと向かった。
彼女は布団にくるまって眠っていた。
さっきあれだけ理不尽に怒鳴っていた人物とは思えないほど
僕はしばらく彼女の寝顔を見つめてから、残していたパスタを食べることにした。
ふと時計に目をやると、すでに真夜中になっていた。
パスタを食べ終えた僕は、明日も仕事なのでもう寝ようと寝袋を出す。
そのときだった。
彼女は布団から飛び出して踊っていた。
窓から見える月をバックに華麗に舞っている。
散らかった部屋が、まるで舞台へと変わってしまったかと思うほど素敵なダンスだ。
僕は彼女を愛している。
そして、この真夜中に踊る姿を見ると、彼女もまだ僕のことを愛してくれていると思えるんだ。
了
彼女は踊る。僕のためだけに踊る コラム @oto_no_oto
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