融解

冨平新

融解【KAC202210参加作品】

 沖縄から『スカポンタス』のライブを観るために

上京したというのは、嘘であった。

 本当は、仲間亜沙美なかまあさみは、すでに東京に移住していた。


 高知県で結婚し、4児を儲けた後、離婚して、

子供を全員、元旦那の山本に預けたので、

仲間亜沙美は、墓参りすらさせてもらえず、

ましてや沖縄の実家に出戻ることなど

できるはずもなかった。


◇ ◇ ◇


 大学の吹奏楽部の先輩の高橋勇太たかはしゆうたとは

まめに連絡を取っていた仲間亜沙美は、

同じホルンパートの先輩、

佐藤孝太郎さとうこうたろうの近況を、高橋から聞いていた。


 仕事で成功して、タワマンに住んでいる、と聞いて、

佐藤の性格が一変したことを感じ取っていた。


 大学の時の佐藤とは、別人格になっていたことは、

今日の日中、大学キャンパスを訪れた時の、

冷たく、心を閉ざした状態からすぐにわかった。


 亜沙美が大学時代、自分がはぐらかしたせいで、

佐藤が別人格にまでなったことによって、

自分に対する佐藤の情熱に嘘はないと確信した。


◇ ◇ ◇


 GW中は、束の間の休みだ。

 いつも仕事で忙しくしている佐藤孝太郎にとっては

貴重な息抜きの日々であったが、

大学時代の後輩の仲間亜沙美が上京したので、

亜沙美の意向は断らず、会うことにした。


 大学キャンパスに行ったりして、

デートの様な時間ではあったが、

自分でも信じられないほど、

亜沙美に対して冷たく振舞ってしまったのは

何故だったんだろう・・・




 ピンポーン・・・


 インターホンが鳴った。

 デジタル時計は23:32を表示している。

 「こんな真夜中に、誰?」


 孝太郎が液晶を見ると、

亜沙美が映っているではないか!


 「仲間さん?」

 「佐藤さん、ごめんなさい、ホテル、取れなくて」


 こんな真夜中に、一人で追い返すわけにもいかない。

 「とりあえず、鍵開けるから」


 ウィーン・・・


 タワマンの2番目の自動ドアが、開いた。


 「高橋のやつ、僕の住所まで教えたのか・・・」


◇ ◇ ◇


 ピンポーン!


 玄関を開けると、

別れたばかりの亜沙美が下を向いて立っていた。


 「ごめんなさい、泊まるところなくて」

 「・・・とりあえず、あがって」


 交友関係のない孝太郎の室内には、

腰を掛けることろと言えば、

パソコンデスクの椅子か、

カウチソファしかない。


 カウチソファに、少し距離を開けて、

2人で並んで座ることにした。


 日中、別れたばかりなので、

孝太郎からは、言葉が出なかった。


 しかし、アポなしで潜入した亜沙美は、

孝太郎の部屋の中を、視力の良い目で観察し始めると、

棚に大量のアダルト系のDVDが並んでいるのを見つけた。


 (あんなものを、あんなところに並べてあるということは、

普段、この部屋にあげる女性がいない、ということだわ)


 それと同時に、ここまで人格を変えてしまったのは

自分のせいかもしれない、と自分を責めると同時に

孝太郎の孤独を思いやった。


◇ ◇ ◇


 「喉、渇いちゃった、何か飲み物、淹れましょうか?」

 「冷たいので良ければ、ミネラルウォーターがあるよ」


 孝太郎は冷蔵庫から、ミネラルウォーターの

ペットボトル2本を取り出し、グラスも持って、

カウチソファの前のガラステーブルに置いた。


 「ありがとう、いただきます」

 亜沙美は、水をグラスに注がず、ペットボトルのまま飲んだ。

 孝太郎は、つい、亜沙美の方を見てしまった。

 水の飲み方を見て、ドキッとしてしまった。


◇ ◇ ◇


 「ミッドナイトクラシックの時間です」

 つけっぱなしにしていたFMラジオが

深夜0時からの番組名を伝えていた。


 「ああ、もう12時か・・・」

 

 「今夜の1曲目、ワーグナー作曲『タンホイザー序曲』」


 この曲は、孝太郎にとって最後の定期演奏会のメインの曲であった。


 孝太郎は、この定演の後、亜沙美に告白したが、振られたのであった。


 その時の苦い思い出が、孝太郎によみがえってくる。


 横で、当時の僕を振った女が、

エロい感じで、水をゴクゴク飲んでいる・・・


 「ごめん、ちょっとトイレ行ってくる」

 「うん」


 孝太郎は、一気に学生気分に戻り、

社会人になってからの孤独感が癒され、

閉ざした心の扉が、ギィ~と音を立てて開き始めた。


 孝太郎がトイレから戻ると、

亜沙美が冷蔵庫から勝手にビールを出して

テーブルに3缶並べて、そのうちの1缶を開けて飲んでいた。


 「ははっ、相変わらずだな」

 「冷蔵庫見たら、ビールがあったからさ」


 室内には『タンホイザー序曲』が流れている。

 亜沙美は横で、ビールをがぶ飲みしながら、

孝太郎がトイレに行っている間に、少し上げておいた

ミニスカートの裾に視線がいくよう、

わざと脚を動かしていた。


 「佐藤さんも飲んで!」

 「あ、はあ」


 亜沙美がビールのプルタブを開け、

孝太郎に手渡した。


 指先が少し触れた。


 日々の疲労が溜まっていた孝太郎は、

何かが崩壊し、ビールを勢いよく飲み始めた。


 孝太郎は一息ついて、ゆでだこになっている亜沙美に言った。

「今日はもう遅いから、ここに居なよ・・・

明日からも、ここに居たら?」


 (完)

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融解 冨平新 @hudairashin

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