第1章 初日 第1話 ふるさとへ

 田んぼには水が張られ、稲が青々としながら背を伸ばして、一面を覆い尽くしている。トンボが飛び交い、田んぼの横を流れる清流には、川魚が泳いでいる。夏の暑い日差しのためか、出歩いている人はいない。空には入道雲がのぼり、絵に描いたような夏の田舎の景色が、そこには広がっていた。

 神山村かみやまむら。某県の内陸部の山奥にある、陸の孤島だ。田畑と山林が多くを占めていて、小規模な集落が、寄り添うように集まってできた村だ。人口も少ない。そんな神山村だが、地方都市から伸びた鉄道が通っている。鉄道が敷かれていることが、奇跡のような場所だ。



 プァーン!



 村の中に敷かれた一筋の線路を、ローカル線の列車が走っていく。地方都市に置かれた駅から続く、幹線の駅から分岐したローカル線。都市から離れた場所へと、列車は各駅停車で進んでいく。二両編成の列車は、時折ディーゼルエンジンをうならせながら、走り続ける。列車は早すぎず遅すぎずといった速度で、駅から駅へと乗客たちを運んでいく。これまでに始発駅から数えて、五つか六つの駅を通り過ぎた。周りに見える自然は、単なる景色から身近なものへと、移動を重ねるうちに変化していく。

 列車の車窓から外を見て、四人掛けクロスシートの窓際に座っている森下小春もりしたこはるは、懐かしい気持ちに浸っていた。

 今年も、ここにやって来れた。毎年思うけどが、ここに来ると不思議と気持ちが落ち着いてきて、なんともいえない気持ちになる。どうしてだろう? 小さい頃、ここにいたことがあると、お母さんから聞いたことはあるけれど……。

「わぁ、すごい田舎ねー!」

 小春の隣にいる、杉本秋奈すぎもとあきなが、小春の隣から身を乗り出して叫ぶ。

 同じクロスシートに座っている、小木曽夏代おぎそなつよ丸山冬華まるやまふゆかも、秋奈の声に反応して窓の外を見る。

「まるでアニメで見たような、山奥の村だな」

 夏代が青々とした田んぼを見つめて、目を細める。

「ここに、小春ちゃんの親戚がいるの?」

 お菓子を食べていた冬華が、小春に尋ねた。

「そうなんです!」

 小春が嬉しそうに答える。

「夏休みにみんなで、おじいちゃんとおばあちゃんの所に行けるなんて、まるで夢みたいです!」

 本当は、両親と共にこのお盆の季節に、神山村へ帰省するはずだった。しかし、両親は仕事で、今年はお盆に帰省することができなくなった。同じような理由で、三人の友達も家で過ごすことになっていた時に、小春が提案したのが今回の旅行だった。山奥にある母の実家で、三泊四日のお泊り会。すぐに友達は、小春の提案に飛びついて、話はトントン拍子で進んだ。

「それにしても、驚いたよ。小春の親戚が、山奥で温泉旅館をやっているなんてね」

「温泉旅館なんて、そんな立派なものじゃないです! ただの、民宿ですよ!」

 夏代の言葉に、小春は謙遜けんそんして云った。

 温泉旅館であることは確かだけど、著名な温泉地や観光地にあるような、立派なものじゃない。ちょっと大きめの民家を、改造したようなもの。だから旅館というよりも、民宿という表現が、一番近いかもしれない。それが、お母さんの実家の温泉旅館なのだから。

 でも、そんな温泉旅館に行くと、なぜか落ち着く。どうしてなのかは、自分でも分からない。家と違うからかもしれない。だけど、それが理由なのかと聞かれると、違うような気がする。

「それにしても、電車に乗った駅から三回も乗り継いで……片道二時間半も掛かるなんて、本当にすごい田舎だな」

「いつもは車で来ていましたので、私も気づきませんでした。でも、ここに来るまでの間も皆さんと過ごせるので、退屈しませんね」

 夏代の言葉に小春が反応すると、秋奈もそれに応じた。

「あたしも退屈しなかったよー!」

「ところで、後どれくらいで着くのかな?」

 冬華が尋ねた直後、車内放送の音楽が流れた。


『まもなく、稲荷橋いなりばし、稲荷橋です。お降りの方は、前より車両の一番前のドアをご利用ください。運賃は、整理券と共に運賃箱へとお入れください。定期券の方は、運転手にお見せください。なお――』


 車掌さんが乗っていないため、録音されたアナウンスが、スピーカーから流れてくる。車内放送で告げられた駅名を聞いた小春は、三人に向き直った。

「次の駅で降ります!」

 小春は立ち上がり、荷物が詰まったキャリーケースを手にした。

「次の稲荷橋駅が、最寄り駅なんです!」

「おっ、ようやく降りられるのか。アニメで見たような山奥の村なんて、初めてだ」

「いよいよ、温泉旅館ね! あとは温泉にゆっくり浸れたら、いうことなし!」

「お昼ごはん、何かな?」

 稲荷橋駅へと向かっていく列車の中、四人の少女たちは持ってきた荷物を手にすると、列車の前方へと向かっていった。列車は少しずつスピードを落としながら、ゆっくりと停車駅へと近づいていく……。



 列車が誰もいない駅のホームへと入っていき、所定の位置に停車する。列車が停車してから、小春がドア横に設置されたボタンを押してドアを開き、列車から駅のホームへと降り立った。冷房が効いた車内から外へと出ると、夏の暑さが湿気と共に身体にまとわりつく。しかし、暑さは都会に比べたら控え目で、都会よりも少しだけ涼しく感じられた。

 稲荷橋駅で降りたのは、小春たち四人だけだった。四人をホームに降ろすと、列車はすぐにドアを閉めて出発した。列車のスピードは上がっていき、再び田んぼの中に敷かれたレールを辿って、次の駅へと向かっていく。

 蝉の声と、水の流れる音だけが聞こえてくる無人駅に、小春たちだけが残された。

「無人駅なんだね」

 ホームから駅舎の中へと移動しながら、夏代が云った。駅舎の中はベンチと時刻表、地元タクシー会社の連絡先が書かれたポスター、そして周辺の簡単な地図だけがあった。

「とてもいい雰囲気だ」

「ここから、小春ちゃんが温泉旅館まで案内してくれるの!?」

 秋奈の問いかけに、小春が振り向く。

「そろそろ、来るはずなんです」

「えっ、誰が来るの?」

 冬華が訊いた直後、駅舎の外から男性の声が聞こえてきた。


「小春ーっ、おるかーっ!?」


 名前を呼ばれた小春にとって、聞き馴染みの声であった。

「おじいちゃんです!」

 小春は荷物を手に、稲荷橋駅の駅舎から外に出た。

 駅前の小さなロータリーには、ミニバンが一台停まっていた。そしてミニバンのすぐ横に立っている老人は、小春にとって何度も夏と年末年始に会ってきた母方の祖父、金子健一かねこけんいちであった。

「おじいちゃん!」

「おぉ、小春。よう来たな!」

 小春は、祖父の健一に駆け寄った。健一は、元気そうな様子の小春を見て、うんうんと満足げに頷いた。

「皆さん、こちらです!」

 小春が、駅舎に向かって叫ぶ。駅舎の中から、三人が荷物を手に出てきた。

「おじいちゃん、電話で伝えていた、私のお友達!」

 その言葉に、健一は頷いて三人を見た。

「小春がお世話になっております。ようこそ、神山村へ」

「よろしくお願いします」

「よろしくね、おじいさん!」

「お世話になります」

 夏代、秋奈、冬華が順番に挨拶をした。

「それじゃ早速、車に乗って。暑い中じゃと、辛いからの」

 ミニバンの扉が開けられ、小春たちは荷物と共に、ミニバンへと乗り込んでいく。最後に小春が乗り込むと、健一がミニバンのドアを閉めた。ミニバンのスライドドアがゆっくりと閉まり、冷房で冷やされた車内で小春たちは汗を拭った。

 運転席に健一が乗り込む。

「それじゃ、出発するからの。シートベルトをしておくれ」

 全員がシートベルトをする。それを確認した健一は、シフトレバーを操作し、ミニバンのハンドルに手をかけ、アクセルをゆっくりと踏み込んだ。ミニバンは小春たちを乗せ、車の少ない道路を走っていく。

 小春はミニバンの窓から、そっと外を眺める。ここから少し行ったところに、お母さんの実家で温泉旅館の『紅楽荘こうらくそう』がある。

 ミニバンは駅の近くにあった橋を渡り、道路を進んでいく。窓から外を見ていた小春は、橋から見えた赤い鳥居に気がついた。

 確かあれは、神山村の稲荷神社の鳥居だ。神山村には、神明神社と呼ばれている大きな神社と、稲荷神社の二つの神社がある。お母さんの実家がある場所の、産土様だと聞いたことがある。お母さんの実家にも、稲荷神社からもらってきたお札を祀っているという、神棚があったはずだ。

 どうしてかは分からないけど、なんだか懐かしいな……。


 小春たちを乗せ、ミニバンは稲荷神社の前を走り去っていく。

 その様子を高台にある稲荷神社から、誰かが見下ろしていた。



 ミニバンが停まったのは、旧街道沿いにある『紅楽荘』という旅館の前だった。旅館の前では、一人のおばあさんが待っていた。ミニバンが停まると、おばあさんがミニバンのドアを開ける。

「いらっしゃい。長旅、ご苦労様」

「おばあちゃん!」

 小春が真っ先に降りて、おばあさんに抱き着く。母方の祖母、金子光代かねこみつよ。紅楽荘の料理番であり、その料理の腕は確かなものだ。そんな光代も、小春の前では一人の孫を溺愛できあいするおばあさんである。

「小春、久しぶりねぇ」

「おばあちゃん、元気そうね!」

「なぁに、まだまだ引退する予定なんてないよ。さぁさ、お友達と一緒に、二階の部屋に荷物を置いてきなさい」

「はいっ!」

 小春は、ミニバンに向き直った。

「皆さん、こっちです!」

 小春の言葉で、次々に荷物を手に、ミニバンから降りていく。そしてそのまま、紅楽荘の中へと入っていく。

「こんにちはー!」

「お世話になります」

「わぁ、ここが温泉旅館!」

 次々に紅楽荘の中に入り、靴を脱いで上がっていく。

「ようこそ、紅楽荘へ。ゆっくりしていってね」

 光代が一人一人に、そう言葉をかけていった。

「皆さん、こっちへどうぞ!」

 小春は三人を連れて、二階の客室へと案内していった。



「こちらが、三泊四日を皆さんと一緒に過ごす、お部屋です!」

 小春が案内したのは、二階にある客室だった。客室は十二畳の和室で、二つある床の間の一つにテレビが置かれ、その横の床の間には水墨画の掛け軸が飾られている。エアコンも設置されていて、寝苦しい夜も快適に眠れそうだ。小春にとっては、以前から来た時に泊ってきた馴染みのある部屋だが、他の三人にとっては非日常の空間がそこに広がっていた。

 天井近くには、書や写真が飾られている。写真は神山村の近くにある、化野ダムを空から撮影したものだった。

「広いな。四人で過ごすには、十分すぎる広さだ」

 夏代が部屋を見渡しながら、隅に荷物を置いた。

「おぉーっ、こんな広い部屋、中学校の修学旅行以来!」

「布団を敷いても、十分な広さがありそうですね」

 秋奈と冬華も、そっと荷物を降ろした。

「すごーい! 表がよく見えるーっ!」

 荷物を降ろした秋奈は、通りに面した窓から外を見てはしゃいでいた。夏代と冬華も、床の間や掛け軸を見たり、天井近くに掛けられた書や写真に目を奪われている。

「お布団はどこにあるの?」

 夏代が小春に訊いた。

「こちらの、押し入れの中にあります」

 小春が押し入れを開けると、五人分の布団類一式が、押し入れの中にシーツと共にしまわれていた。

「自分たちで敷いて、寝ることになっているんです」

「なるほどな。面白そうだ」

 小春たちが、荷物を置いた部屋でのんびりしていると、廊下に面したふすまが横に動いて光代が現れた。

「小春や、お昼の準備ができたから、お友達と一緒に降りといで」

「おばあちゃん、ありがとう!」

「待っとるでね」

 光代はそう云うと、ふすまを閉めた。小春が時計を見ると、もうお昼に近い。

「それじゃあ皆さん、そろそろ降りてお昼にしましょう!」

「賛成! お腹ペコペコー!」

 冬華の言葉に、秋奈が笑う。

「冬華ちゃん、夏でも食欲がヤバくない? いくら食べても、太らないのは羨ましいけどなー」

「食欲があるのはいいことだ。それに、私もそろそろお昼にしたいと思っていた」

 夏代が云うと、小春は頷いた。

「それでは、こちらへどうぞ!」

 小春はふすまを開け、三人を廊下へと連れだした。

 学校とは違う場所で、友達と食事をする。小春は、これから始まる神山村での初めのイベントに、心を躍らせていた。



 紅楽荘の一階には、宿泊客が食事をするための大部屋があった。紅楽荘での食事は、基本的に三食とも、この大部屋で食べることになっている。食事はお膳に用意され、個々に配膳されることが決まっていた。

 しかし、小春が案内したのは、その大部屋ではなかった。

 宿泊客が立ち入ることを許されていない、普段は金子夫妻が使っている場所へと、小春は三人を案内していく。その部屋には個々に配膳されたお膳の食事などはなく、折りたたみ式の座卓の前に、六人分の座る場所が用意されていた。座卓の上には、六人分の食事が配膳されていて、食べてもらうのを今か今かと待ち望んでいるようだ。

 さらに部屋は冷房が効いていて、昼間の酷暑などどこ吹く風と思うほど、涼しかった。

「へぇ、宿泊したらここで食事をするの?」

「今回は、特別なんです!」

 秋奈の問いに、小春は笑顔で答える。

「孫のお友達という特別なお客さんだからと、おばあちゃんが他のお客さんには開放していない、この部屋を特別に用意してくれたんです!」

「そうなんだ。何だか、悪いな」

 夏代はそう云うが、視線はすでに食事に向けられていた。

「すごーい! お刺身に天ぷら、お蕎麦にお浸し、まるで旅館みたーい!」

「だから、旅館だってば!」

 秋奈の言葉に、冬華がツッコミを入れる。そんな楽しげな友人たちを見て、小春は嬉しさを抑えきれず、微笑む。

 小春たちが騒いでいると、金子夫妻が入ってきた。

「さぁさ、みんな好きなところに座ってちょうだい」

 光代の言葉で、小春たちは座卓を囲むように置かれた座布団の上に、腰を下ろしていく。小春たちが座ると、空いている場所に金子夫妻が座った。

「おじいちゃん、おばあちゃん、ありがとう!」

「いやいや、小春のお友達じゃからな」

「若い子のお口に合うとええが、それは食べてみてからのお楽しみさね」

 健一と光代が、そう云った。

「それでは……いただきます!」

 小春が音頭を取り、食事が始まった。


 楽しいなぁ。


 小春は食事をしながら、三人を見つめていた。夏代も秋奈も冬華も、美味しい食事に舌鼓を打ちつつ、会話に花を咲かせている。おばあちゃんの作ってくれる料理は、どれも私の大好物ばかり。大好物を友達みんなと一緒に食べられるのが、こんなに楽しいことだったなんて……。

 この時間が、永遠に続いてくれたらなぁ――。

 涼しい部屋での昼食は、あっという間に進んでいった。

 食事を終えた後、座卓の上には空っぽになった食器だけが残された。



 昼食後、少女たちはその場で麦茶を飲みながら、休憩していた。すでに空っぽになった食器は光代によって片付けられていて、座卓の上には麦茶のコップとお茶を入れたボトルだけが残されていた。

「いやー、美味しかったぁ……!」

 秋奈が畳の上で大の字になりながら、食べ終えた昼食の感想を漏らす。

「美味しかったです。小春ちゃん、ありがとう」

「いえいえ、おばあちゃんのおかげです」

 冬華の言葉に、小春はそう返した。料理を作ったのは祖母の光代だが、小春は自分が少しだけ誇らしく思えた。

「……ところで」

 夏代が口を開き、三人が夏代を見た。

「ずっと気になっていたんだけど……あれは何?」

 夏代の視線の先には、床の間があった。いや、正確には床の間の隣にある、仏間に向けられていた。

 仏間には、仏壇とは違った白木づくりの神棚が置かれていた。しかし、神棚はその上にある。だとしたら、その下にある神棚のようなものは、いったい何だろう。中央の扉の前には鏡が置かれていて、神棚と同じようにお米や塩がお供えされている。夏代は、それが何なのかずっと気になっていた。

「あれは……」

 そういえば、あれは何なのだろう。昔からあることは知っているけど、何なのかは分からない。おじいちゃんとおばあちゃんが、よく神社や神棚でやるのと同じように拝んでいるのを、何度か見たことがある。だからきっと、神棚のようなものなのかもしれないと思っていた。だけど、あれが具体的に何なのかは、これまで聞いたことがない。

 小春が返答に困っていると、健一が口を開いた。

「あれは、祖霊舎というものじゃ」

「それいしゃ?」

 小春が聞きなれない言葉を、口に出す。

「それは、どういうものなのでしょうか?」

「普段は、あまりお目にかからないかもしれんのぅ……」

 夏代の言葉に健一がそう返すと、少女たちは健一に目を向けた。

 小春も祖霊舎というものが何なのか気になり、姿勢を正した。いい機会だから、ずっと抱いてきた疑問を、この機会に解決しておきたい。小春はそう思っていた。

「お主らは、仏壇は知っておるかの?」

 健一の問いかけに、少女たちは頷いた。

「親戚の家で、見たことはあります」

「私の家には、仏壇があります」

 夏代と冬華が答える。

 それに対して、秋奈は首を横に振った。

「仏壇は知ってるけど、ウチには無いよー」

 小春も、秋奈と同じだった。小春が普段過ごしている自宅には、仏壇はない。だから友達の家に行ったときに仏壇があると、なんだかその部屋には近づきがたかった。異様な雰囲気を感じて、少し怖かったからだった。

 少女たちの返答を聞いて、健一は頷いた。

「ふむ。家にあるかどうかは別として、みんな仏壇は知っておるということじゃな」

 健一はそう云うと、立ち上がって祖霊舎の横に立った。

「これは、分かりやすく表現すると、神道用の仏壇なんじゃ」

「神道用の……仏壇?」

 夏代は理解に苦しんでいるらしく、首をかしげていた。

「おじいちゃん、どういう意味なの?」

 小春が訊いた。

「仏壇は、亡くなった人やご先祖様を仏さんとして祀るものじゃ。それに対して祖霊舎は、亡くなった人やご先祖様を、神様として祀るものなんじゃよ。神様とはいっても、神棚に祀っている神様とはちょっと違って、家の守り神として祀っておるのじゃ。仏壇でも祖霊舎でも、ご先祖様を祀るためのものという点では、同じじゃな」

 健一は麦茶を一口飲むと、続けた。

「実は神山村の家には、どの家にもこの祖霊舎があるのじゃ。そもそも、神山村にはお寺が無いんじゃよ。結婚式や葬式は、全て神主かんぬしさんを呼んで、神道の作法に則って行われるんじゃ。結婚式はともかく、葬式はお坊さんがやることが多いのが一般的じゃ。しかし、神山村では神主さんがお坊さんの代わりに、葬式を執り行う。じゃから、葬式も神道の形式で行われて、亡くなった人はみなこの祖霊舎に祀られるのじゃ」

 お寺が無い。そのことに小春は、少しだけ驚いていた。過去に一回だけ、お父さんの親戚の葬式に参列したことはあったが、その時はお坊さんが来て、葬式が行われた。だから葬式は、どこでもお坊さんがやるものだと、思っていた。

 だけど、その認識は誤っていたことを、今になって知った。

「これは、仏壇のようなものだったんですね」

 夏代は納得したらしく、穏やかな声でそう云うと、お辞儀をした。

「ありがとうございました。スッキリしました」

「いやいや、他に気になったことがあれば、いつでも聞いておくれ。どんなことでも、答えるからのう」

 健一はそう云うと、隣の部屋の押し入れを開けた。

 押し入れの中から取り出したのは、小春たちが来る前にスーパーで買っておいた、お盆用の道具類だった。

「さて、これからお盆の用意をするから、お主らはゆっくりしていきなさい」

「はーい!」

 健一の言葉に、秋奈が元気よく返事をした。

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