第二章 甘雨

「じゃぁ、明日の十二時に最寄り駅前で」


 アラームは十時にセットしてあった。

 しかし、あまりにも浮かれていたのか予定よりも一時間以上早く起きてしまった。

 学校がある日は寝坊するのに、こう言う時は寝坊しないんだと小さな発見をした。

 スマホを見ながら少しだけ朝の優雅なネットサーフィンをする。

 十五分くらい経ってようやく顔を洗いに洗面台へ向かう。

 洗顔セットを泡立てながら、何時に出ようか考えた。

 確か、最寄り駅前までは歩いで十五分くらいだっただろうか。

 泡を顔に付け、優しく洗う。

 それなら十一時半過ぎには出た方が良いかな。

 念のため余裕を持って待ち合わせ場所に着いておこう。

 心の準備も必要だ。

 ぬるま湯で顔を洗い流し、さっと化粧水を肌に弾かせる。

 最近は男子でもきちんとスキンケアをするのが主流になってきている。

 オレも最近化粧水を使い始めたが、確かに肌に潤いを感じる。

 次は髪の毛のセットだ。

 少々癖っ毛なところが厄介である。

 ストレートアイロンで髪を伸ばし、毛先を少し遊ばせて、前髪を整えた。

 うん、悪くない。

 彼女の横にいても恥ずかしくないようにいつもより少し気合を入れてセットをした。

 部屋に戻って着替えて、リビングに向かう。


 リビングでは母がコーヒーを飲みながらテレビを見ていた。

 おはよう、と挨拶をしオレもコーヒーを淹れる。

 朝はパン派だ。トースト器にパンを入れてつまみを四分に回した。


「どうしたの、何処か出かけるの? 」

「うん、クラスメイトと少しね」


 別にやましいことは何もないけど、なぜか少しはぐらかすような返答をしてしまった。

 けど母は「そうなんだ、楽しんでね」と特に気にしてないようだった。

 遊びに行くとは一言も言ってないけど、「楽しんでね」か。

 これからのことを考えると少し緊張してきた。

 うまく会話できるだろうか。

 そんなことを考えていたらチーンとパンが焼けた。

 マーガリンを塗って、お皿に置き、テーブルに持っていく。

 いただきます、と手を合わせパンを頬張った。

 母と談笑しながら朝食を済ませ、自室へ戻る。

 十時過ぎだ。家を出るまでだいぶ余裕がある。オレは本を読むことにした。

 昔から本は好きだ。違う世界へ連れて行ってくれるようで今でもワクワクする。

 本の世界へ入り込むこと一時間以上。ふと時計を見ると良い時間帯になっていた。

 そろそろ出るか、ともう一度姿見で自分の格好を確認する。特におかしいところはなかったので、オレは母に「行ってきます」と声をかけ、玄関のドアを開けた。

 待ち合わせ場所に着くと、時刻は十二時前だった。良かった、彼女はまだきてないみたいだ。呼吸を落ち着かせる時間はあるようだな。

 少し深呼吸をして、外の空気を肺一杯に吸い込んで、吐き出す。

 よし、少しだけ緊張はほぐれたようだ。

 十二時五分前に彼女はきた。


「あれ、もう来てる!ごめん、待たせた? 」

「いや、今きたところだよ」


 おいおい、これ完全にデートの待ち合わせの定番のセリフじゃないか。

 ていうか、彼女の私服、可愛いすぎないか?

 膝下まある白いワンピース、腰にベルトをしていてそれが良い締め色になってアクセントになっている。黒い薄手のパーカーを羽織り。黒いストラップサンダルを履いていた。

 しかも黒い上着被ってるってことはこれ、お揃いコーデでは?

 うわ、なんかすげーカップルみたいだなと、申し訳ない気持ちになった。

 彼女も同じことを思ったのか、オレの服装を見て「おそろコーデみたいだね」と照れながら言った。どうやら嫌がってはないようで、ひとまず安心した。

 そういえば、今日どこにいくのか聞いてなかったな。


「付き合ってほしい所ってどこなの? 」

「ああ、ごめん、言ってなかったね。実は見たい映画があって… 」


 映画か。最近見てないな。


「ちょうどボクが見たい映画が、友達はあんまり乗り気じゃなくてさ… 」


 なるほど、それでオレを誘ったわけだ。


「それってどんな映画なの? 」

「それがね、ホラー映画なの。ボク、ホラーが大好きで」


 オレはとても驚いた。

 この見た目でホラーが好きなんて意外すぎる。てっきりアニメや恋愛ものを想定していた。


「意外だよ、実はオレもホラー映画好きなんだ。どれみるの? 」

「本当⁉︎良かったぁー!昨日、最初に言っておけば良かったーなんて後悔してたけど、安心した」

 そう、実はおれもホラーが好きな人なのである。

 スプラッターものをよく好んで見ている。

 映画の趣味って価値観と似ている気がする。どんなものが好きか、言うなればどんな人生や考え方をするのか。

 もちろんホラーが好きだからといって、決して人を殺したり幽霊を見たいわけではないが。

 映画の趣味は自ずとその人の人柄も出てくるものである。


「そういえばライン交換してなかったね、茉莉さんがよければ交換してくれないかな」


 勇気を出して言ってみた。流れ的におかしくはないはずだ。

 少し拍子抜けしたような顔をした彼女は「もちろん! 」と快く承諾してくれた。


「じゃぁ、早速映画館に行こうか。どうせなら複合型のモールがいいよね」

 それはオレも賛成だ。

 モールは映画館以外にもフードコーナーもあったはずだし、そこで昼ごはんでも食べよう。

 オレ達は電車で二駅過ぎたところにある、大きなモールを目指した。

 久しぶりに服も見たい。映画終わったら少し見て回ろうかな。


「そうだね!あそこなら映画以外もたくさんお店もあるし、なんなら服も見て回りたいかも!」

「奇遇だね、オレも見たいと思ってた! 」

「なら、映画終わった後服見て回ろうか! 」

 電車に乗りながら服の趣味について、映画についての話に花が咲いた。


 *


 オレ達が見た映画は心霊系の怖いものでもなく、サスペンスやミステリー要素が強い今人気の映画だった。

 正直に言う。面白かった。あれは絶対に続きが出る映画だ。

 その後は約束通り彼女と服を見て周り、お互いに一着ずつ買った。

 時刻を見てみてると、もう夕方手前だった。

 電車の時間もあるし、そろそろ帰ろうかと彼女に提案し、彼女もそうだねと承諾した。

 帰りの電車では映画の感想を言い合った。

 行きより帰りの方がずっと短く感じたような気がした。


「今日はありがとう。すごく楽しかったよ」

「オレの方こそ、楽しかった。第二弾が出たらまた見に行こうよ」


 彼女は少し照れながら「第二弾って出るのまだ先だよね」とオレに聞こえるくらいに小声で言った。


「え? 」

「だから、映画じゃない時も時雨くんと遊びに行きたいの」

「お、オレでよければいつでも!大体本とか読んでるだけだし、暇ならいつでも誘ってくれたら嬉しいよ」


 *


 駅に着きオレ達は「また明日、学校で」と別れを告げた。

 そんなこんなで、今に至る。

 少し…いや、前置きが長くなってしまったな。


「 …くん、陽太くん、起きて、起きてってば」

「 …ええっ、オレ寝てた? 」

「そりゃもうぐっすりとね」

「失礼しました。延長料金払う前に起こしてくれたんだね、ありがとう」

 本当だよ、全くと彼女はぷりぷり怒りながら帰る準備をしていた。

 僕も着替えて荷物をまとめる。

 またあの灼熱地獄とご対面しなければとと思うと心なしかもう暑く感じる。

 あの時からずっと俺たちの関係は続いてる。

 家で暇な時は通話をしたり、天気がいい休みの日には遊びに出かけたり、順調に思い出を作り上げていった。

 遊びに行った日は彼女と日記帳にシールや付箋を貼ったり、デコレーションをしてそのひの出来事をまとめた。いわゆる彼女曰く「手帳デコ」と言うらしい。

 不器用なオレは最初はうまくできなかったが今では彼女も絶賛するくらい上達した。


「キミって飲み込みが本当早いよね」

「どうしたの急に」

「泳ぎ方教えてた時も思ったけど、すぐクロール出来るようになっちゃたし」

「でもまだバタフライはできないよ」

「そう言うことじゃなくて! 」

「はいはい、それもこれも全部雫のお陰だよ。ありがとう」


 素直に感謝を述べると今度は彼女の白い頬が赤くなった。

 彼女といると退屈しなくて、心がいつも暖かくなる。

 そういう魔法をかけているのかと思うくらいに。彼女になら魔法にかけられてもいいかも、なんて柄にもない事を思ったのは内緒である。


「それこそ雫、最近体のラインが前より丸みを帯びてきたよね」

「太ったって言いたいの? 」

「そうじゃないよ、胸なんか特に、ね」

「それはキミのせいだよ」


 頬を赤らめながらの上眼使いはずるいぞ。


「きみが揉むせいで大変だよ、服のサイズも合わなくなってきたんだ。どう責任取ってくれるのさ? 」


 今度は煽るように彼女は笑った。本当にオレの前だけでは表情がコロコロ変わる人だ。

 部活の時はあんなにかっこいいのに、オレといる時は途端に甘えん坊になる。

 そこがたまらなく可愛いのはオレだけの秘密である。

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