第42話 闇に染まりし男

 謁見の間に入った瞬間、ゼノは言葉を失った。

 アウレは思わず、ヒッ、と小さな悲鳴を上げた。

 キーラはアウレにすり寄り、服を掴んだ。


 確かに玉座にはキルバスがいた。

 しかし別人のようだった。

 意思の強い目は見る影もなく黒く濁り、優しい微笑みは下卑た冷笑に変わっていた。

 そして彼の周りを黒い魔力が覆っていた。

 その魔力をゼノは知っていた。

 それは魔王が纏っていた魔力だった。


「どうした? 久しぶりに会ったのだから近くまで来たらいいではないか」


 その声に以前の暖かさはなく、氷のように冷たかった。


「なぜその力を持っている?」


 ゼノが眉間に皺を寄せながら聞く。


「覚えていないか?」


 キルバスは冷笑を浮かべたまま語り出す。


「旅の途中でフィヤが言っていただろう。『どうして魔王は人を攻めるのだろう』って、そうしたら君が『魔王や魔物は人の恨みや怒りから作られているからだと思う。魔力は人の思いに反応するから、人が負の感情を抱く時には、そういう負の魔力がわずかに人から発散される。それが集まって魔物に、やがては魔王になるのだと思う。そういう論文を呼んだことがある』と言った。人の思いから作られるのならば、人工的に魔王の力を得られるのではと考えた私は、帰ってから研究をした。そしてめでたく手に入れたというわけだ」


「何のために?」


「分からないか? 本当は気付いているんじゃないのか?」


「?」


「頑張って魔王を倒しても、世界は全く平和になんかなっていなかった。悪で溢れていた」


 キルバスは苦悶の表情になる。

 そして弟に殺された妻や息子を思い浮かべる。

 キルバスが帰国した時、二人は生首だけを槍に串刺しにされ、王宮の広間に飾られていた。

 そして玉座には下卑た笑みを浮かべる弟が座っていた。


「ゼノ、だから君もここまで旅をしてきたのだろう? そうじゃなければ、どこかで昼寝をしているはずだ。それが君の夢だったのだから」


 キルバスはアウレやキーラを横目に見ながら言う。


「私たちがどれだけ頑張って倒しても、いずれ新たな魔王が現れる。そんな苦しみの尽きぬ世界で、生きる意味などない。だから滅ぼす」


「何を言っている?」


「だってそうだろう? この世には尽きぬ悪が溢れている。そのような世界で命を繋ぐことは、新たな苦しみを生むことでしかない。無益だ。滅びた方がいい」


「目を覚ませキルバス」


 ゼノは懇願するように言う。


「私はとうに覚めている。むしろ夢を見ているのは君の方だ。ゼノ」


 キルバスの纏っていた黒い魔力が突如膨張する。

 衝撃がゼノたちを襲う。


「きゃあっ」


 何とか耐えるアウレやキーラ。

 衝撃が収まり、目を開けると城の壁は全て吹き飛ばされ、空が見えていた。

 そして、いつの間にかキルバスが宙に浮かんでいた。


「最後に昔の仲間に会えてよかったよ、ゼノ」


 キルバスは片手を天に掲げる。

 するとそこに闇の魔力が集まり、巨大な球になる。


「星ごと壊す気か!?」


「そうだ。さらばだ」


 キルバスは巨大な黒い球をゼノに向けて放った。


「くそっ」


 ゼノは瞬時に赤い魔力を纏い、魔法で迎え撃とうとする。

 その時、


「何があった!?」


 ミエーカが瞬間移動でゼノの前に現れた。

 いや、ミエーカだけじゃなく、フィヤネイトもテラスも異常な魔力を感知して、瞬間移動で現れた。

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