第36話 ムスキルの過去

「関わることになったんだから教えてもらうよ」


「ええ、話します」


 ムスキルは馬車を引っ張って走りながら、自らの過去を話し出した。



 ◇◇◇◇



 ムスキルはベーナ伯爵の子として生まれた。

 母親が同時期に生まれた王女の乳母となったため、ムスキルは王女の乳兄弟として育った。

 いつも一緒に過ごしていた王女プラティネスとムスキルは実の兄弟のように仲良くなった。


 歩けるようになった二人は城中で遊び回った。

 城内探険にかくれんぼ、鬼ごっこ。木登りや花遊び。

 王宮は広くていくらでも遊べる。

 それでも好奇心旺盛な子供が毎日遊べば、一年経つ頃にはやり尽くしてしまう。

 そこでムスキルが言った。


「町に行こう!」


「でもアンナに禁止されてるわ」


 プラティネスは乳母の名前を出す。


「見つからなければ問題なし。かくれんぼしてたと言えば分からないよ!」


「それもそうね。でも町には怖い人がいるってアンナが言ってたわ」


「大丈夫!そんな奴私が倒してやりますよ!」


 ムスキルは自信満々に答えた。


「なら安心ね! 行きましょう! アンナかくれんぼよ!1分数えて!」


 遠巻きに見ていたムスキルの母アンナを呼び寄せて、かくれんぼを始めたプラティネス。


「はいはい。1、2、3……」


 アンナが目をつぶって数えている間に、ムスキルとプラティネスは庭の林を横切り、城壁をよじ登って外に出た。


 城の外は何もかもが新鮮だった。

 城の中では見たことないくらいの人で大通りはごった返していて、皆が着ている服も色々で、城の人とは違っていた。

 露店で売られている食べ物や小物の類いも、ほとんど知らない物だった。


「すげえ! すげえ!」


「ええ! ホント! ホント!」


 二人は右に左に顔を忙しくなく振りながら、大通りを歩いた。


「ねえ! あっち行ってみない!?」


 王女が示したのは大通りから横に繋がった、広くも狭くもない普通の道だった。

 でも、その先に何かがある気がして、二人はワクワクして道を進んだ。


 そうして気付くと二人は路地裏の細い道を歩いていた。

 建物の陰に隠れて薄暗い。


「ねえ、引き返した方がよくない?」


「プラティネスは怖がりだなあ。なんともないよ」


 不安そうに手を握ってくるプラティネスに、平気な風に返すムスキル。

 内心少し恐怖を感じていたが、騎士の子として情けないところを晒すわけにはいかなかった。

 それに町中だから魔物が出たりするはずはないから、たいした危険はないと思っていた。


 でも違った。


 急に目の前に男の人が三人現れた。

 刺青が入っていて、見るからに怖そうな人たちだった。


「君たち身なりいいねえ! おじさんたちにちょうだいよ!」


 男の一人がナイフを取り出して言った。


「引き返しましょう……!」


「うん……!」


 プラティネスが小声で囁いた言葉に同意して振り返るムスキル。

 振り返った先にも男が二人いた。


「逃がさないよお」


 後ろから男が下卑た笑いを浮かべる。


「こんなことしていいと思っているの!? 私は王女よ!」


「ハハハッ、嘘はよくないよ。貴族の子がこんな所来るわけないじゃん。商人の子でしょ」


「侮辱するな! 私はベーナ伯爵の子ムスキルだ! 下郎になんて負けない! 来るなら来い!」


「生意気だなあ! 甘やかされて育ったんだろうなあ! ムカツクなあ!」


 ナイフを持った男が向かってくる。

 ナイフなんかビビるもんかと迎え撃つムスキル。

 けれども男はナイフを使わずに、ムスキルの鳩尾を蹴り上げた。


「カハッ!」


 胃液を吐き出して吹っ飛ばされるムスキル。


「さっさと剥ぎ取っちまえ!」


 男たちはムスキルとプラティネスを捕まえて服を乱暴に脱がせていく。


「ごめんなさい! 謝るからやめて!」


 プラティネスが泣き叫ぶけど、男たちは聞く耳を持たない。


「やめろ! お前ら! やめろ!」


 ムスキルも泣き叫ぶけど、


「うるせえ!」


 男にマウントを取られて顔をタコ殴りにされる。


 そして二人はなす術もなく服を剥ぎ取られ、下着だけにされた。

 ムスキルは顔が血だらけになっていて、片目は開いていない。

 プラティネスも脱がされる時に付いたすり傷やあざで痛々しい。


「ウウ、エッグ、ウッ、ウウ~」


 プラティネスは座り込んで泣きじゃくっている。

 ムスキルも仰向けになって、顔を歪め、涙と血を流している。


「ごめん! ごめん! 私のせいで、ごめん!」


「どうしてムスキルが謝るの~!」


「だって、だって、私が外に出ようなんて行ったから……!」


「私だって乗り気でしたわ! 止めなきゃいけなかったのに!」


 ごめん、ごめんと二人は抱き合って泣きながら、お互い謝り続けた。


 ひとしきり泣いた後、二人は帰路に着いた。

 道行く人から奇異の目で見られたが、幸いにも何かをされることはなく、二人は黙々と城へと歩いた。

 その道中でムスキルがポツリと呟いた。


「……強くなる。強くなって、もうプラティネスを危険な目に合わせない。どんな敵からも守れる騎士になるよ……!!」


 ムスキルは涙を流しながら誓った。


「私も、もうこんなことはしません。間違わない立派な女王になります……!!」


 プラティネスも涙を流し、口を固く結んだ。


 城に着くと衛兵は大変驚き、急いで王へと伝えた。

 王は王妃と乳母と共に、すぐにやってきた。

 なんて危険なことをしたんだと怒ってやってきた王だったが、みすぼらしい格好で泣く二人を見て、叱るのをやめた。

 プラティネスは王に、ムスキルは自分の母親に抱きついておもいっきり泣いた。

 そして二度とこんなことはしないと泣きながら謝った。

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