第35話 エキシビションマッチ

 優勝したゼノはフィヤネイトに回復してもらい、その後国王から賞金とティアラを授与された。

 そしてその後、勇者とのエキシビションマッチが行われた。


「僕たちが戦うのは初めてだな」


「そうだね。楽しみだよ」


 ミエーカとゼノが向かい合う。


「始め!」


 審判の合図と同時に動く二人。

 その姿が消える。

 雷より速く動き、瞬間移動も使う二人の動きは、観客には文字通り消えて見えた。

 結界や地面が割れることで、戦っているらしいと分かるだけだった。


「観客がついてきてないな」


 着地したミエーカが言う。


「でも派手なのは周りに影響があるぞ」


 同じく着地したゼノが言う。


「フィヤがなんとかしてくれるよ」


「ならしようか」


 ゼノは右手を高く掲げる。


「"天臨雷轟てんりんらいごう"」


 唱えると、途端に空が曇り、黒雲の間を紫電が閃く。

 それは、どんどん激しさを増し、やがて一つになって、大地に落ちてきた。

 それはまるで、闘技場を丸ごと包むほどの巨大な紫電の柱だ。


「そうだ、こういうのだよ!」


 上機嫌なミエーカは手に持つ聖剣に力を込める。

 すると聖剣は眩い光を放つ。


「二人とも何考えているのですか!? 町ごと消えるじゃないですか!」


 聖女フィヤネイトは慌てて結界を張る。

 闘技場だけじゃなく町全体に。


 ミエーカが光り輝く聖剣を、迫りくる紫電に向かって振るう。

 すると巨大な光の斬撃が真上に向かって飛ぶ。

 そして空中で紫電とぶつかる。

 瞬間、大爆発が起きる。

 トルニカの町は眩い光と激しい爆風に包まれる。

 観客たちは悲鳴を上げる。

 闘技場外の住民たちは何が起こったか分からぬ間に爆風を浴びる。


 しかし誰一人として怪我をしなかった。

 建物も無傷だった。

 フィヤネイトが結界を張ったことにより、爆発の衝撃は町の間を抜けるだけになったのだった。

 けれども観客たちは死を覚悟して腰を抜かしていて、しばらく放心状態だった。


「何やっているのですか!」


 フィヤネイトが怒る。


「ごめんよ。でもフィヤなら守ってくれると信じていたよ」


「まあ嬉しい……じゃないわ! こんな危険なことやめてください!」


 ミエーカの言葉に照れるも、すぐに冷静になるフィヤネイト。


「そうだね、僕が悪かった」


 ミエーカが謝り、エキシビションは終了となった。

 万が一自分が戦闘に巻き込まれたりしたら堪らないので、国王も観客も文句を言わなかった。

 その後国王が挨拶して武闘大会は幕を閉じた。



 ◇◇◇◇



 大会終了後ゼノたちは料理屋へ向かった。

 そして賞金で豪勢な食事を頼む。


「先生、仇を取ってくださってありがとうございます」


 アウレが礼を言う。


「そんな大層なもんじゃないよ。……まあ何はともあれ、無事に優勝できたということで、カンパーイ!」


「「カンパーイ!」」


 ゼノとアウレとムスキルとキーラは、エールとリンゴジュースで乾杯して、上機嫌に食事を始めた。


「楽しんでるみたいだな。優勝おめでとう」


 ゼノたちが楽しんでいるところに、勇者と聖女がやってきた。


「おお! もういいのか?」


 口にいっぱい含みながらゼノが言う。


「ああ、国王の話は早々に切り上げてきたよ」


「ご一緒してもよろしいですか?」


「もちろんですよ。どうぞどうぞ聖女様」


「ありがとうございます」


 アウレが聖女を席へエスコートした。

 そして和気あいあいと食事は進められる。


「二人はどうしてたんだ?」


 ゼノが聞く。


「僕は毎日方々を駆け回って魔物退治とかしているよ」


「私は毎日神殿で病気や怪我を治しています」


「新婚なのに忙しそうだね」


「まあ、しょうがないよ。瞬間移動で家には帰れるから、会ってないわけじゃないしね」


「毎日帰ってきてくれますの。ありがとうミエーカ」


 フィヤネイトがミエーカを見つめて言えば、僕もだよとミエーカも答え、すぐに二人の世界に入る。


「ちなみに俺は――――」


 二人の世界を打ち切るためにゼノが大きな声で話し出す。

 アウレやムスキル、キーラとどのようにして会ったかとかを軽く話す。

 そこをきっかけにしてアウレたちも話に加わり、仲良く会話する。


「あ、あの、アウレさん、ゼノとの関係はどんな感じですか?」


 不意にフィヤネイトが隣のアウレに耳打ちした。


「? 師匠と弟子ですけど?」


「そ、そうじゃなくて……」


「?」


 フィヤネイトは顔を赤らめ、もじもじとしている。


「恋愛的な意味でどんな感じですか?」


「は!?」


 フィヤネイトの突然の質問に思わず声を上げるアウレ。


「その反応! 意識してるんですね!」


 フィヤネイトは途端に目を輝かせだす。


「いや、してません、してません! 急に言うからびっくりしただけです」


「そうは見えませんけど!? どこまで進んだのですか!? それともこれから!?」


「違います! 何もありません!」


 アウレは大声で否定する。

 どうした?とゼノやミエーカが見てくるので、慌てて何でもないとごまかす。


「確かに決めつけるのはよくありませんね。すみません。でも何かあれば言ってくださいね。いつでも相談にのりますので……!」


 フィヤネイトは目を輝かせたまま、謝っているのかいないのか分からないことを言う。

 それにアウレはため息を吐く。

 まさか聖女がこんな人だったなんてと落胆した。


 それにしても私と先生が恋愛するなんてありえないわ。


 ふと目線を上げるとゼノと目が合った。

 途端に顔が赤くなる。

 隠すために、また俯く。


 どうして赤くなるの!?

 私意識してたの!?

 いや、そんなことない。

 だって私と先生は弟子と師匠で、庶民と英雄。

 命の恩人だし、優しい人だから、人として尊敬してるけど、そういう目で見たことはないはず。


 呼吸を整えるアウレ。

 もう一度、ちらとゼノの方を見る。


 うん、大丈夫。

 もう恥ずかしくなったりしないみたい。

 はあー、聖女様が変なこと言うから悪いのよ。


 アウレは熱くなった顔をぱたぱたと手で扇ぐ。


 それからまた六人は和気あいあいと会話した。


「そういえばキルバスやテラスはどうしてるんだ?」


 共に魔王を倒した他のメンバーのことをゼノが聞く。


「テラスは魔大陸で魔物相手に武者修行しているよ」


「たしか別れる時そんなこと言ってたね」


 赤銅色の髪を後ろで一つ結びにした隻眼の女が、笑顔で魔物を屠っている姿を、ゼノは容易に想像できた。


「もしかしてずっと魔大陸にいるのか!?」


「いや時々は帰っているみたいだよ」


「そうか。いや、それにしてもよく魔大陸に行こうと思えるな。俺なら絶対嫌だよ」


「分かります。でもテラスですからね」


 とフィヤネイトが微笑む。


「それもそうか。テラスは強くなることしか考えてないもんな。キルバスの方は?」


「それは……」


 フィヤネイトもミエーカも表情が暗くなった。


「何かあったのか」


 ゼノの顔つきも変わる。


「キルバスは妻と子供を亡くしたらしい」


 ミエーカが言う。


「……そうか」


 ゼノは沈痛な表情になる。

 キルバスは家族が大好きだったから。

 ゼノは一緒に旅をしている時に何度も家族の自慢を聞いた。


「国に帰ってきたら、自分の弟が妻と息子二人を殺して、王を名乗っていたらしい。その後弟を殺して王位を取り戻したようだ」


「そんなことが!?」


 驚くゼノ。


「僕も心配になって王宮を訪れたけど、会ってくれなかった」


「私もです」


 とフィヤネイト。


「もし近くまで行くことがあったら、訪ねてみてほしい。ゼノなら会ってくれるかもしれない」


「分かった。会ってくれるかは分からないが、とりあえず向かってみるよ」


「ありがとう。ゼノにも伝えないとと思っていたんだ。ここで会えて良かったよ。じゃあ、もう行かなきゃいけないから」


「それではお元気で」


 ミエーカとフィヤネイトが立ち上がり、出ようとした時、


「お待ちください!」


 入り口の方から声を掛ける男がいた。

 旅の装束に身を包んだ初老の騎士だった。


「どうした?」


 ミエーカが聞くと騎士の男は頭を下げた。


「は、はい! 勇者様に我が国を助けていただきたいのです!」


 その声を聞いて、


「ウスコ!! なぜここにいる!!?」


 ムスキルが立ち上がった。


「その声はムスキル様!?」


 ウスコと呼ばれた初老の騎士も驚く。


「なぜ君が?」


「我が国の危機だからです。クイバイラとの戦争が始まります。ムスキル様、お戻り下さい!」


「クイバイラとの戦争……しかし」


 ムスキルは悔しそうな顔をする。


「勇者様がいれば事足りるだろう。私など必要ない」


「今戻らなくてどうするのですか!? 女王陛下は今でもあなたのことを信じておられるのですぞ!」


「……」


 辛そうに顔をしかめるムスキル。

 そこにゼノが口を挟む。


「事情は分からないが、戻ればいいんじゃないのか?」


「今戻ったところで何の役にも立ちません。私は弱い」


「そんなことはない。君は強いよ。俺が保証する」


「いや、まだ私は……」


「いや強いよ。俺とかミエーカとか、勇者パーティーのメンバーを除いたら誰にも負けないと断言できる。それとも俺が信じられないか?」


「……分かりました。先生を信じます」


「なら決まりだね。ウスコさん、急いだ方がいいですよね」


「え、ええ」


「じゃあ今すぐ行こうか」


 ゼノが立ち上がる。


「僕は必要か?」


「いや、ムスキルだけで十分だ。俺も着いていくしね」


 ミエーカに自信を持って答えるゼノ。


「そうか、なら安心だ」


 ミエーカはフィヤネイトと共に料理屋を出た。


 ゼノたちも料理屋を出て、馬車に乗り込んだ。

 そしてムスキルが引っ張って、大陸最南端の国、ムスキルの故郷ビフレアドまで音速で進んだ。

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