第37話 ムスキルの過去2

 その後、ムスキルは騎士になるための鍛練に励んだ。

 その甲斐あって16歳になる頃には国でも一二を争うほどの腕前になった。


 その頃だった。

 隣国クイバイラと戦をすることになったのは。


 クイバイラはビフレアドの北西にあり、標高の高いところにある。

 乾燥して資源の乏しい国だ。

 だから緑と水の溢れるビフレアドを狙い、国境の町村を何度も襲い、いくつかの町をビフレアドから奪った。

 領土を取られては王も黙ってはいられない。

 軍を率いて戦へ赴いた。


 出陣する当日。


「…………」


 プラティネスは悲痛な顔で俯いていた。


「大丈夫です。この国も陛下も私が守ってみせます。だから安心して待っていてください」


 ムスキルは自信満々に答えた。


「あなたも帰ってきてね」


「ええ、もちろん。約束します」


 ムスキルは王と共に出陣した。


 平原で両軍が向かい合った時、ムスキルも王も勝利を疑っていなかった。


 しかし結果は違った。

 クイバイラの王イルペースは恐ろしく強かった。

 王とムスキル二人がかりでも歯が立たなかった。

 三人でも五人でも敵わなかった。


 戦いの中で王は傷付き、軍も押され、退却を余儀なくされた。

 ムスキルは退却する王を守ることだけで精一杯だった。


 結局プラティネスとの約束を守ることができなかった。

 王は怪我で一週間寝込んだし、領土は大幅に切り取られた。


「……申し訳ありません」


 帰ってきてすぐ、ムスキルはプラティネスに謝った。


「あなたが無事でよかったわ」


 涙を浮かべるプラティネス。


「今度は必ず守ります」


 ムスキルは悔しがりながらも、誓った。

 そして近い内に起こるであろう、クイバイラとの二度目の戦争に備えた。


 そんな折りに魔王が出現し、人魔大戦が始まった。

 世界中のダンジョンから魔物が溢れだし、戦争どころではなくなった。

 ムスキルや王は魔物退治のために国内をあちこち駆け回った。

 休む暇もなかった。


 そんなある日、王は近衛騎士10人のみを引き連れて地方貴族の救援に向かうことになった。

 ムスキルも10人の内に入っている。


 救援に向かうための準備をしているとプラティネスが現れた。


「無事に帰ってきてね」


 今回も不安そうな顔で言う。


「ええ、今回こそはきちんと陛下を守りますよ」


「あなたもよ。無事に帰ってきてね」


「ええ、もちろん」


 ムスキルは城を発った。


 救援に向かった町はすでに魔物に攻め込まれていた。


「我らで救うぞ!」


 王の号令にはい!と威勢よく応えたムスキルたち配下。

 王と共に魔物の群れに突っ込む。


「お前たちは町の中を! 我らはこっちだ!」


 王の号令で近衛騎士は二手に別れる。

 町の中の魔物を退治する方と外から攻めてくる魔物を退治する方。

 町の中を退治した近衛騎士は、町の兵と共にすぐさま外へと加勢する算段だ。


 ムスキルは王と共に外の魔物を食い止める。

 激しい戦闘が繰り広げられる。

 切っても切っても魔物は尽きない。

 それでも町の中や近くの町からの援軍が間に合うまで、必死に戦う。

 王もムスキルもどんどん傷が増えていく。

 剣も欠けていく。


 町の中から近衛騎士たちが戻ってきた。

 それでも魔物の方が多い。

 劣勢だ。


 そしてある時、


「陛下!」


 近衛騎士の一人が叫んだ。

 その声でムスキルが振り向くと、王は剣を砕かれて尻もちを着いていて、今にも魔物の爪に引き裂かれそうだった。


「陛下!」


 ムスキルも叫び、すぐさま陛下を助けようと駆ける。

 でも魔物が邪魔をしてくる。

 振られる爪や牙を弾いて、魔物を切り裂く。

 そして再度陛下の元へと駆けようとする。

 しかし血を多く流していたムスキルの足は力が入らず、膝を着く。


「陛下ッ!!!」


 ムスキルの叫びも虚しく、王は肩から腰まで深く袈裟斬りにされた。

 血が飛び散る。

 すぐさま駆けつけようとするムスキルだが魔物が邪魔をする。

 王の遺言を聞くこともできない。

 一秒でも早く王の元へ駆けつけるために、魔物を倒すムスキルたち。


 しかし血だらけになりながら必死に戦い、ようやく魔物を倒した頃には、王の体は冷たくなっていた。

 ムスキルは王の体を抱き抱え慟哭した。

 その嘆きは、近くの町から援軍がやってくるまで続いた。


 その後ムスキルたちは王の遺骸を布に包み、王宮へ運んだ。


「お父様ッ!!!」


 先に飛ばした伝令から訃報を聞いて、城の入り口まで出てきていたプラティネスは、王の遺体を見るとまっすぐに駆け寄って、王の胸の上に泣き崩れた。

 その顔をムスキルは見ることができなかった。

 もし見て目が合ったら、何と言われるか怖かった。


「何でお父様が死ぬの! 守るって約束したじゃない! 何であなたが生き残ったの!」


 そんな風にプラティネスが言う様子を幻視した。


 もちろんプラティネスが言うわけはないと分かっているが怖かった。

 ムスキルはプラティネスとの約束を破るのは三度目だった。

 守ると誓ったものを何一つ守れていない。

 そんな自分をプラティネスはどう思っているのだろうと思うと、彼女の目を見ることができなかった。


 自分が恥ずかしくて情けなくて。

 周りの目が、プラティネスの目が、怖くて。


 ムスキルは逃げ出した。


 国が大変になることは分かっていた。

 魔物が溢れているのに王が死んで自分が逃げ出して、そんな状況の国をプラティネスが引っ張らねばならない。


 それでも、その場に留まることができなかった。

 王宮を飛び出し、王都を飛び出して、ひたすら走った。

 ごめん!ごめん!と何度も心の中で謝った。


 せめて強くなって帰るから。

 どんな敵が来たって国を守れる、君の大切な人を守れる、強い騎士になるから。

 だから、どうか許してくれ!


 そう心の中で言い訳をしながら謝り続けた。


 その後ムスキルは強くなるために、各地の人と魔物の戦う戦場を転々とした。

 人魔大戦が終わってからも、各地のダンジョンを潜り続けた。

 休むことはなく、体を限界まで酷使して、戦い続けた。


 そして、それでも中々強くなれないことに苛立ちながらも、ダンジョンに潜り続けていたある日、ムスキルはゼノに出会ったのだった。


 ムスキルにとってゼノは暗闇に射した一筋の光だった。

 ようやく見つけた強くなるための希望だった。

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