第28話 前を向いて

 パチッ。


 キーラは目を覚ました。


「ここは!?」


 素早く上体を起こす。


「病院です」


 ゼノから事情を聞いていたアウレは、できる限り優しい口調で答える。


「誰!?」


「アウレです。あなたの味方ですよ」


「信じられない」


 キーラは周囲も警戒する。

 そして隣のベッドに眠っていたゼノを見つける。

 ゼノは瞬間移動で戻ってきた後、アウレに事情を説明して、その後魔力吸収の反動で倒れていた。


「ゼノーリオ!」


 キーラの体から紫電が迸る。


「待って!」


 アウレがキーラとゼノの間に割って入る。


「どいて」


「ダメ。この人を殺してはダメ」


 アウレはキーラに語りかける。


「あなたはこの人を殺さなくても、幸せになれる」


「なれない! 殺さないと、なれない!」


 キーラは泣きそうになる。


「よく考えてみて。あなたが研究施設を出た後、誰かに殺されそうになったことがある? 誰もあなたを殺そうとなんてしていないよ」


「そんなはずッ! ……あれ、でも……」


 キーラは混乱する。

 なぜ誰かに殺されると思い込んでいたのか分からない。

 なぜ悪くない勇者たちを殺していいと思っていたのか分からない。


「あなたは悪い人に騙されていたの。でももう大丈夫。あなたは自分の好きなように生きられるの」


「本当?」


 尋ねるキーラの声は震えている。


「本当だよ」


 笑顔で答えるアウレ。


「やっと……」


 ずっと頑張っていた緊張の糸が切れたのか、キーラは泣き出した。

 もう刺客に怯えなくていい。

 やっと安心できる嬉し涙だった。


「これからどうしたい?」


 一通り泣いたキーラにアウレが尋ねる。


「前みたいに院長ママや皆と孤児院で暮らしたい」


「分かった。先生が起きたら連れていってもらおう」


 アウレは微笑んだ。


 翌日、ゼノが目覚めた。

 軽くキーラと仲良くなった後、ゼノはキーラとアウレを連れて孤児院まで瞬間移動した。


 しかし孤児院は廃墟になっていた。


院長ママは?」


 キーラは明らかに落ち込んでいた。


「とりあえず誰かに聞いてみよう」


 魔法を使った反動でゴホゴホと血を吐きながら言うゼノ。


「分かりました」


 アウレは近くの店に入り店主に聞いた。


「人魔大戦の時に子供が国に連れてかれて、孤児院は閉鎖されたよ。院長はその後神官として働いていたけど、魔物に殺されたはずだよ」


 その話を聞いてキーラは目の前が真っ暗になった。

 それでも、もしかしたら間違いかもしれないという希望に縋って、キーラは院長の墓場へ向かった。


 けれど墓石にはしっかりと院長の名前が彫られていた。


 キーラの心に冷たい風が吹き抜ける。


 ずっと院長と昔みたいに暮らすことを夢見てきた。

 でも、もう院長はいない。

 一緒に暮らしていた子供たちがいないことは、実験を受けている時から薄々気付いていた。

 皆いない。

 これからどうすればいいのか、キーラは分からなくなった。


「私たちと一緒に暮らしましょう」


 アウレはキーラの手を握る。


「あなたは幸せにならないといけません。私たちが幸せにします」


「……私だけ幸せになっても意味がない」


 院長ママと皆と幸せになりたかった。


 キーラは涙を浮かべる。


「それは違います」


 アウレは否定する。


「たしかに大切な人が亡くなると悲しい」


 アウレは母親を思い出す。


「でも、だからこそ残された人は幸せにならないといけないんです。亡くなった人は天国で私たちのことを見ているから」


院長ママが見てる?」


「はい。だから大切な人が安心できるように幸せにならないといけないんです。天国で再会した時に笑い合えるように。あなたがいてくれたから幸せになれたって、心の底からありがとうって、言えるように幸せにならないといけないんです」


 アウレは語る。


「だから私と一緒に幸せになりましょう」


 アウレはキーラの手を強く握る。

 目に涙を浮かべてキーラに笑いかける。


「……分かった。幸せになる」


 キーラも涙を浮かべながら、強く握り返した。


 その後三人は瞬間移動で病院に戻った。


「そうだ先生、キーラちゃんの歓迎会しましょうよ」


「そうだね。でも俺が目覚めたらね」


 ゼノは血を吐いて倒れた。


「忘れてた! お医者様! お医者様ー!」


 アウレは医者を呼びに行った。

 やがて医者がやってきて、ゼノは運ばれていった。

 その間キーラは呆気に取られていた。


「ごめんね忙しくて。とりあえず今日は二人で歓迎会しようか」


「うん」


 キーラは静かに頷いた。

 そして二人は手を繋いで、仲良く料理屋へ向かった。


 翌日、ゼノとムスキルが目を覚ました。

 アウレがムスキルに事情を説明した。


「ごめんなさい」


 キーラがムスキルに謝る。


「気にすることはない。弱い私が悪いのだから」


「でも……」


 キーラは申し訳なさそうにする。


「じゃあ、たまに手合わせしてくれ。いい修行になるから」


「! 分かった」


 キーラは少し嬉しそうにした。

 気持ちが楽になったのだろう。


 その後四人でキーラの歓迎会を開いた。

 クルタリの王がどうしてもと押し付けた褒賞金があったので、四人はとても豪華な食事をした。

 キーラは満面の笑みになった。

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