第10話 ありえない光景

「今回もダメだったか……」


 冒険都市ラビラの入口で呟くのは、黒髪の冒険者の男。

 彼の名はムスキル・ベーナ。

 S級の冒険者だ。


 彼は沈んだ心持ちで通りを歩いていく。

 すると辺りが騒がしいことに気付いた。

 人々が忙しく歩いている。


「何かあったのか?」


 近くの男に聞く。


「S級冒険者が喧嘩してるらしい。巻き込まれたら命はねえぞ」


 言いながら急いで逃げていく。


「S級の喧嘩? 滅多にないぞ。俺も参加させてくれるだろうか?」


 ムスキルは口角を上げ、騒ぎのする方へ早足で進んだ。


 やがて騒動の場所である広場に着いた。

 そして目を見開いた。

 ありえない光景に言葉を失った。

 ムスキルの目に映ったのは、S級冒険者レイヨンが血だらけの魔無しの男に殴られ、よろめいているところだった。



「何しやがった!」


 レイヨンが吠える。


「だから言ってるだろ? 君の魔力を絶ったんだよ」


 言いながら、ゼノはレイヨンの攻撃を躱して顎を殴る。


「人には魔力回路があって、血管のように広がっている。その魔力の流れを魔石の魔力で絶ちきった。そうするとしばらく魔力を使えなくなるんだ」


「魔力回路が見えるわけねえだろ」


「鍛えれば見えるようになるんだよ」


 鳩尾を殴る。

 後ろによろけるレイヨン。


 くそっ! なんで当たらねえ!

 なんで避けられる!


 何度攻撃してもゼノに当たらないことに苛立つレイヨン。


「魔力がなくても俺の方が強いはずだろ!」


「そこは経験の差だよ」


 レイヨンの拳を受け流し、蹴り飛ばすゼノ。

 実際、魔王討伐の旅は連戦に次ぐ連戦で、魔力が尽きた状態で戦うことが度々あった。

 だから生き残るために自然と魔力がない状態でも戦えるようになったのだ。


「くそがっ!ボロボロなんだからくたばれよ!」


 右手を振りかぶるレイヨン。


「手足が取れなきゃ軽傷だよ」


 振り抜かれる拳を避けて、ゼノはレイヨンを何度も殴る。蹴る。


 ついにはレイヨンは膝を着いた。

 肩で息をしている。

 いつの間にかゼノと同じくらい血だらけになっている。

 それでも、


「負けるわけには……いかねえ。もう二度と……負けるわけには……」


 レイヨンはふらふらと立ち上がった。


「何か事情があるのか? 相談に乗ろうか?」


「ふざけんじゃねえ!」


 怒りに任せて拳を振り上げるレイヨン。


「話す余地なしか。仕方ない」


 拳に力を込めたゼノはクロスカウンターでレイヨンを殴り飛ばした。


 吹っ飛んだレイヨンは、そのまま立ち上がることはなかった。



「嘘だろ!!? S級が魔無しに負けた!!?」


 遠巻きに見ていた野次馬たちは驚いて声を上げる。


「はあー、倒した」


 ゼノはばたりと倒れる。

 血を多く失っているから無理もない。


「先生!」


 アウレが駆け寄ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「今はね。このお金で回復魔法使える人を呼んで…………ないんだった」


 ゼノは懐に手を入れてお金を取り出そうとするが、賭博で失ったことを思い出した。


「やばい、死んだかも」


「先生ェェーーーー!!!」


 アウレは膝を着いて叫んだ。


 そこに、


「これを使うといい」


 黒髪のS級冒険者ムスキルがお金の入った袋を放った。


「いいんですか!?」


「ああ」


「ありがとうございます!」


 アウレはすぐさま医者を呼びに走った。


「恩は売っとかないとな」


 ムスキルはわずかに笑いながら呟いたが、それを聞いていた者はいなかった。


 その後医者が来て、ゼノは一命を取り留めた。


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