第4話 雷帝ゼノーリオ
二人はダンジョンの入口へ戻ってきた。
「先生はすごいですね……」
アウレは膝に手を当てながら言った。
顔には疲れの色が見え、膝は笑っていた。
「ごめんね。教えるのに慣れてなくて」
ゼノは謝った。
ゼノの後を着いてくるだけとはいえ、初めてダンジョンに潜るのだから身体的負担は結構あるはずだ。
さらに魔物に遭遇する恐怖も半端ではなく、精神的負担も相当だ。
彼女のことを気遣えてなかったな、とゼノは反省した。
「お詫びに夕飯奢るよ。もう暗くなってきたし」
「いいんですか!?」
「うん、いいよ」
「ありがとうございます。私、人にご馳走してもらうの初めてです」
アウレは嬉しそうだ。
「俺も人にご馳走するの初めてだから、ちょっと楽しみ」
ゼノも楽しそうだ。
「初めてが私でいいんでしょうか?」
「もちろん。さあ、いこう」
二人は町の食事処へ向かった。
「金はあるんだろうな?」
店に入ると、店員が明らかに軽蔑した目をしながら言った。
「ありますよ」
ゼノがお金の入った袋を見せると、
「じゃあ、いいぞ」
店員は偉そうに去った。
二人は席に着いて注文した。
「ほらよ」
店員は粗雑に料理を置いた。
「うわあ、美味しそう。私お店でご飯食べるのも初めてなんです」
「そうか、そうか。たんとお食べ」
「はい、ご馳走になります」
アウレは骨付き肉を手に持ってかぶりついた。
「はぁ、美味しいです」
アウレはいかにも至福といった感じの表情になった。
「だよねえ。美味しいよねえ」
ゼノも料理を口に含んで、同じようにほっぺたを落とした。
ゼノは魔王討伐の旅の間、まともな食事をとれなかったので、調理された物というだけで感謝するようになっていた。
いくらか腹を満たした頃、アウレが切り出した。
「先生はどれくらい訓練をして、魔力を見極められるようになったのですか?」
「俺は物心ついた時にはできてたから、訓練はしてないなあ」
「そうでしたか……」
アウレは自分にもできるか不安になった。
「まあ大丈夫だよ。俺がつきっきりで教えれば1年もかからずにマスターできるよ」
「ありがとうございます。あっでも私、つきっきりで訓練してもらうことができません。叔父の仕事を手伝わないといけないので……」
アウレは悲しそうな表情になった。
「あっ! 私、仕事放り出していました! どうしましょう。家に入れてもらえないかもしれません」
焦るアウレ。
「アウレは叔父さんのことは好きかい?」
ゼノは静かに聞いた。
「?」
「もし嫌いなら家出したらいいんじゃないかなと思って」
「そんなお金はありません」
「俺が出すよ」
「そんなことまでして頂くわけには……」
「いいんだ。俺のためでもあるから」
「どういうことですか?」
「……俺の」
ゼノは話し始めた。
「俺の本名はゼノーリオ・タミって言うんだ」
「それって……!」
「うん、勇者と一緒に魔王を倒した魔法使い、雷帝ゼノーリオ。それが俺」
「聞いたことあります。魔法使い様は魔王を倒す代償として魔力を失ったと。先生のことだったんですね」
「うん。魔力を失うほど魔王を倒すのは大変だった。他の仲間もなにかしらの代償を払った。それほど過酷な旅だった。何度も逃げたいと思った。それでも頑張ったのは、皆が平和に過ごせるようにするためだった。そうして、なんとか魔王を倒して帰ってきた。平和になった世の中で、俺は田舎でのんびりと過ごすつもりだった。でも世の中は平和になっていなかった」
言いながらゼノは魔王を倒して凱旋した時のことを思い出した。
人々は貴族、庶民を問わず、皆がゼノの髪を見て、ゼノを哀れな目で見た。
それだけなら、まだ同情しただけかもしれない。
でも、ゼノが故国での祝宴を終え、田舎に隠棲するために旅へ出ようと馬車に乗った時、御者は露骨にゼノを侮蔑の目で見た。
極めつけは、馬車である村の近くを通りかかった時だ。
馬車から外をなんとはなしに眺めていると、数人の子供が目に入った。
三人の子供が一人の子供を囲って、足蹴にしていた。
うずくまって耐えていた子はゼノと同じ白髪だった。
この時、ゼノは気付いた。
この世界はまだ平和になっていないことに。
だからゼノは馬車を降りた。
「魔無しの人たちは虐げられている。それを無くしたいと思った。でも言葉で言っても誰も聞かないだろ? だから
ゼノはアウレにお願いした。
アウレはゼノがそんな大きなことを考えていたことに驚いた。
でも魔力がなくて無力な自分が、もし本当に世界を変えることができるというなら、ぜひ協力したいと思った。
「お手伝いします」
アウレは言った。
「ありがとう。一緒に世界を変えよう」
「はい」
二人は握手して誓い合った。
「じゃあ、とりあえず叔父さんに家を出ることを伝えとくか。報連相は大事だからね」
「そうですね」
二人は食事を終え、叔父の家へと通りを進んだ。
二人の夢は始まったばかりだ。
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