第7話 思惑と衝突
何よりも、自分の仲間が子供を殺そうとしている事が、彼女の心を傷つけていた。
「頼むよ・・頼むから・・・・」
崩れ落ちていくガラムを嘲笑うように、汚いキッチンや蛍光灯の周りをハエが音を立てて飛び交う。最初、この部屋に突入して来た不敵な笑みは完全に彼女から消え失せ、まるでなにかに縋りつくように独りで泣く幼子のようだった。
嫌に眩しく照らす蛍光灯の下、外の雨音が籠って聞こえる室内。流れる音はハエの羽音とガラムの嗚咽。以前引き金に指が掛かったままの改造拳銃の銃口からは、鼻を突く硝煙の臭いが立ち昇る。少し開いたカーテンからは荒廃したスラム街が見えるのだが、今の2人に外の景色を眺める余裕など欠片も無かった。
「・・ガラム?」
静かに下がっていた腕と彼女の嗚咽をようやく認知して、チャップマンは我に返った。視線を落とせば普段けらけら笑っているガラムが、自分の腕にしがみつき泣き崩れている。
(俺は、一体なにを・・?)
言い訳だった。自分が犯した罪に対する言い訳と焦りを呑み込むように深く息を吸い、ゆっくり吐き出しながらこの後の行動を考えていく。
「すまない、どうかして―」
「ホントだよ」
食い気味に呟いてキッと顔を上げ、チャップマンを睨みつけるガラム。彼の青い両目をしっかりととらえる目は、行動の真意を問いただす意志で以て彼の焦りを更に貫く。
「本当に・・すまなかった」
視線から逃げずに頭を下げた彼をしばらく睨み、ガラムはそっと立ち上がった。彼を見下ろし腕で雑に涙を拭い、声が上ずらない様呼吸を整えてから声を掛ける。
「それで、どうしてこんな事を?」
先程までの泣き顔はもう消えていた。凛と立ち仲間の真意を確かめようとする彼女に強がっている様子は微塵も無い。自分が弱っていると思われないように腕を組んで、間を空けても返事をしない彼に肩眉を上げる。
「聞いてんのかチャップ」
(さて・・どうするか・・・)
子供を攻撃した彼を見て心を痛めたガラムと同様、チャップマンにも心に響く事柄がある。それは、誰にでも存在する。
唐突に揺れ動く様は、岩を打ち付ける荒波のようで。一方、砂浜を優しく撫でるように動く時もある。一つ言えるのは、波は常に動き続けているということだけだ。
(まずは・・・)
何食わぬ顔で頭を下げたまま通信用サイバーウェアを起動し、WRCPDに連絡を取る。
あと数分待てば警察ドローンがこの部屋にやって来て、現場を確認して報酬を得られる。
体を起こしつつ、自然な動きで首の後ろを軽く叩く。その様子をガラムに見られているので指で数回首の後ろを掻く。
そのまま倒れている少女に歩み寄ると、濡れているのも気にせず少女を麻袋に仕舞い始めた。
「オイ!」
無論ガラムは苛立って彼の肩を掴んで引っ張るのだが、チャップマンはまるで岩のように微動だにせず、確固たる意志で仕舞い終えると怒りを露わにしている彼女に向き直った。
「今は、話せない」
相手を突き放すような淡々とした返事。納得するはずがないガラムが更に力を込めるが、彼はハエを払うようにさっと腕を払いのけた。
「なんだよそれ!3年も一緒に仕事やって言えない事ってなんだよ!」
「まぁ、煙草でもどうだ?」
まるで何事も無かったかのように笑いかけ、ポケットから煙草のケースを取り出して彼女に差し出す。
「ざっけんなバカテメェ!」
彼の手首ごと煙草ケースを突き飛ばすと、おどけた仕草で手首を振ってなおも笑いかける。
「いてぇってー」
「なんなんだよ!冷静かと思ったらその子を撃って、んで今はバカ呑気かます!?」
鋭い角度で腕を一瞬でチャップマンの胸元に伸ばし、己の骨が砕ける力で胸ぐらを掴む。
「おい・・まだ笑うのか?」
「お気に入りだから胸が痛いけど、とりあえず笑うさ」
「それってどういう意味―」
雨音をかき分けて鳴り響くサイレンに、ガラムは一瞬浮足立つ。
窓の外を睨んだガラムが次に見たのは、勝ち誇った笑みを浮かべるチャップマンだった。
「別に、このまま殴ったっていいんだぜ」
「すればいい。そうすればお前はしょっぴかれて、俺はあの子を連れてくだけだ」
床に唾を吐き捨ててぞんざいに彼を突き飛ばす。視線の先には、麻袋をとらえて両拳を握り締めたガラムは、湧き上がる感情を堪えるように大きな溜息を吐きだした。
マジックハンドのようなアームを伸ばして窓を開けた警察ドローンがサイレンを切ってから入室する。雨に濡れたオリコン程度の大きさのドローンが、両脇から展開した反重力プロペラとエアジェットの静かな音を立てながらチャップマンの前に飛行する。
『賞金稼ぎの方、認証を開始します』
丁寧な女性声のアナウンスに応え、彼はサングラスを外してドローンに向き合う。
白と黒のペイントとWRCPDの文字を眺めながら、青い光を全身で受ける。
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