第6話 心無い銃弾

 自身もモバイルドクターを手にガラムを見送った後、彼はそれをポケットに仕舞って代わりに煙草を取り出して火を点けた。

 厳しい視線の先にあるのは、キッチンに積み上げられたクーラーボックスの群れ。ざっと見ただけでも30個はくだらない。


「このクズどもが・・」


 蓋を開けると冷たい蒸気がむわっと立ち昇り、氷や保冷材に覆われたジップロックが姿を見せる。その中身は人の臓器であったり、誰かの体の中にあったであろうサイバーウェア。


「110じゃ安いぜ」


 呆れて言葉を吐き捨てながら雑に蓋を閉め、エルンテに近付いて見下ろす。

 軽蔑の眼差し、嫌悪感。彼の顔に滲み出ている感情は、エルンテの額に煙草を押し当てて消すことで多少は気が晴れたようだった。


「オーイ、こっちはオッケーだ」

「おう、こっちもだ」

「・・モバドクと煙草間違えてねぇか?」

「いいや?手首から先が吹っ飛んだだけだろ、お前の煙草ここに押し当ててやれよ」

「それもそっか」


 けらけらと笑いながら咥えていた煙草を手に持ち、エルンテの無くなった手に押し当てると肉の焦げる音がして異臭を放つ。


「止血カンリョー」

「歴史に残る名手術だ」


 黒い点が残った跡を見て2人してひとしきり笑って、ついでと言わんばかりにガラムがキッチンに積まれたクーラーボックスを顎で差した。


「てか、そいつの中身はなんだったんだ?」

「・・お前が知る必要はないさ」


 打って変わり、笑いを止めたチャップマンは知らん顔で言ってのける。相手が明らかに不満気にしているのも気にとめず。


「あぁ、そうかよ」

(どうせ臓器だのサイバーウェアだろ?なんで隠す必要あんだよダリィな)

(まぁ、変に嫌な気分になるよりかは黙ってた方がいいだろう)


 行き場の無い苛立ちを覚え、それでも何とか押し殺しているガラムの背中に、チャップマンは声を飛ばした。


「それよりもこの子だ。スキャンしたが、アナログだ」


 子供が無事と聞き、ガラムはくるりと振り返って少女に駆け寄った。


「良かった・・人質がどうなっても賞金は変わんないけど。この子が無事で良かった」





「ホントに感情豊かだよなぁお前」


 横で心底嬉しそうに顔をほころばせるガラムに、やれやれと首を振りつつチャップマンは少女に怪我など無いか確認していき、脈をはかろうと手首に指を添えた。

 瞬間、顔が氷のように強張って目に焦りがちらつき始める。


「脈が・・無い」


 通常失神していても脈はあるはず。


「で、でもよ?ケガはしてないんだろ?なぁ!?」


 掛けているサングラスで何度かスキャンしても、表示される文字は変わらない。

【室温35度】

 電子機器やサイバーウェア、登録した人物等が映っていない場合どれだけスキャンしようが反応は無い。単純にその日の天気や温度などが表示されるだけ。


(・・もしや)

「チャップ!聞いてんのか!?」


 ガラムが怒鳴りつけるが、チャップマンは鼓動の速まりのままに手を首の後ろに持って行き軽く一度叩く。


【・・メモリ起動・・・・高度なプロテクト。コード・・一致】


 エルンテたちを仕留めた時の冷静さは消え、彼は視界に表示された文字を見るなり息を荒げて立ち上がり、左のホルスターに仕舞っていた改造拳銃を手に取った。

 彼が持つSOCOMと形は似ているが銃身が大きく、合わせて銃口も広がっているそれを、チャップマンは倒れている少女に向けた。


「おい・・?チャップ?」


 狼狽えて不安を露わにして声を震わせるガラム。だが彼にはその言葉が届いておらず、今にも引き金を引こうとしている。


「よせ!」


 ショットガンを放り投げたガラムは、彼の逞しい腕に体ごとしがみつく。革ジャンが擦れる音が軋むように歪に鳴り、少女に向けられている銃口を逸らそうと唸り声を上げて踏ん張る。

 甲高い銃声が1発、室内に轟く。

 弾は少女のこめかみの横辺りを通過して床を貫通していた。


(どうなったッ!?)


 目で見なければ弾が当たったのか外れたのか判断するのは難しい。当然のように少女に頭を振り向かせるが、その一瞬の隙を突くかのようにチャップマンは腕に力を入れて銃口を合わせ直した。

 まるで、人が違ったかのような彼の行動に、ガラムは必死に抵抗し続ける。


「一体どうしたっていうんだよ!アンタまで・・・こんな・・」

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