第4話 突入

 ピンポーン!

 唐突に鳴ったインターホンの音に、ワンルームにいた丹建にとエルンテがハッとモニターに顔を向けた。


「なっ、なんだ・・?誰だ!」


 上ずった声で狼狽える丹建は目の光を消し、代わりにエルンテが目を青く光らせてモニターを凝視する。彼も苛立っているようだが、努めて冷静に思考を回転させていく。


「・・スキャンしたが、異常は無い。カメラが真っ暗でモニターにはなんも映ってねぇが・・イタズラだ」

「簡単に、言うなッ!ココがバレたかもしれないだろ!?」

「あのな、スキャンしたって聞こえなかったか?故障無し、そう出てんだ!」

(クソッ!冷や汗まで流しやがってこのボンボン・・見てるとイラつくぜ)


 胸中で唾を吐き捨て、サイバーウェアの通信機能を使ってオムニに電話を繋げる。


『オムニ、インターホンが鳴った。そっちはどうだ?』

『邪魔すんなよ・・今イイとこなんだから』

(コイツも駄目か)


 ついに我慢できず、呆れて口の中で唾を集めて床に吐き捨てたエルンテはズボンに差している拳銃のグリップを掴む。


「もう1度言う、これはイタズ―」


 衝撃音。金属のドアを思い切り蹴ったような鈍い音が、3人の居る部屋に轟く。


「・・なんだよ今の?なぁオイ、オイッ!」

「丹建、仕事だ」


 嫌な空気は吸うだけで呼吸が重たく感じる。自分の背に冷や汗が伝わる嫌な感覚に圧され、エルンテは丹建の正面に、片手を後ろに回したまま立つ。


「見て来い」

「は?な、なんで俺が」

「誘ったのは俺とオムニ、ノッたのはお前。んで道具を揃えたのはお前で、実行してるのは俺とオムニ。ここまではいいか?いや、いいんだ。間違いなんて1つもねぇ」


「だからなんで俺―」

「うるせぇッ!いつまで後ろでふんぞり返ってんだこのクソボンボン!いい加減よぉ?テメェも仕事しろっつってんだ!腰に下げたピッカピカの拳銃握り締めてドアの前見て来い!」

「そういうのは!お前らがやるんだろ!?」

「知ってるか?金は、3で割るより2で割った方がキリがいい」


 それ以上の言葉は不要だった。震える丹建も理解していたが、そっと噤んだ口を開く。


「・・見て、見てくれば・・・イイんだな?分かったよ、やってやるよッ!」





 震える足を立たせ、腰の後ろに差した拳銃を抜き腰が引けたまま両手でグリップを握り締めて部屋を後にした丹建。彼の背を見送りながら、エルンテは真顔で思考を巡らせる。


(情けねぇヤツだ・・帰って来たら殺すか。上玉も入ったし、サイバーウェアとインプラント手術代は、何とかなるハズ)


 言い知れぬ恐怖を感じながらも、丹建は廊下を歩いている内に苛立ちを覚えていた。


(ただのチンピラの分際で、都心住みの俺様をコキ使うだと?身分を知らねぇのか!)


 次第に歩く音が大きくなり、彼の顔が真っ赤に染まっていく。


(身の程を分からせてやる・・絶対だ!泣き叫んで後悔しても許さねぇッ!)


 ついに金属のドアの前に立った丹建は、だが乱れた胸中を落ち着かせるために深い呼吸を始める。目を閉じ、自分なりにこの後どう動くか考えていく。


(最悪、WRCPDなら・・・親のコネで何とかなるだろ)


 覗き窓に、顔を近づける。

 その瞬間に獣の咆哮と聞き違えてしまうような大きな銃声が轟いた。

 金属のドアを貫通し、すぐそばにいた丹建の左膝がそこから先に、鮮血を噴射させながらお別れをすると彼の視界も下に落ちていく。

 最早言葉にならない悲鳴を上げて自分の血溜りに倒れた彼が次に目にしたのは、眼前のドアを左手だけで、チェーンごとひっぺがした革ジャンの男の姿。


(なっ!?なん―)


 声を出す間もなく、拳銃を持つ手に銃弾を撃ち込まれる。生まれてこの方縁が無かった激しい痛みを2度も味わって情けなく涙を流す彼の上を、革ジャンを着た男が通過するとショットガンを手に持った褐色の肌の女性が更にまたいでいく。不敵な笑みを浮かべながら。


「クソがぁッ!なんだってんだ!」


 怒り心頭、ご自慢のピンクモヒカンを揺らして拳銃を手に廊下を見に行ったエルンテは、左前腕を突き出しながら拳銃をこちらに向けている革ジャンを着た男に銃口を向けた。

 当然の如く放たれた銃弾は、男の左前腕から展開された白いバリアによって空しく弾かれていく。楕円形のバリアは全身を覆っていた。眉一つ動かさず、冷静に進んで行く男。


「アームバリア!?クソクソクソッ!」

(ありゃあ軍用サイバーウェアじゃねぇか!こうなったら・・!)


 ギラついた目が、床に倒れている少女を捉えた。


(コイツだけでも!)


 彼にとって金の成る木である商品だけでも連れ去ろうと、雑に髪の毛を掴んで起こしたのと同時、奥から衝撃音と銃声が鳴り響く。


(オムニ・・!使えねぇクズジャンキーが!)


 背後から聞こえる静かな足音にハッと振り返り、彼は壁を背に少女の頭に銃口を向けた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る