第3話 リクドーシティの”チンピラ”

 鋭い言葉が彼の行動を止め、丹建はうんざりした様子で溜息を吐き捨てる。一体自分が何で咎められたのか分からないエルンテは目を丸くしていた。


「前にそれでダメにした奴あっただろ?こういうのは、相手が嫌がって叫ぶから値が張るんだからよ」

「あー・・そっか」


 残念そうに項垂れながらベルトを締め直すエルンテに安堵した丹建は、腰に手を当てて2人と向き合う。


「エルンテはバケツに水でも入れて来てくれ、さっさとコイツ起こす。んでオムニは準備」

「出た出た、丹建様の仕切りが」

「・・・文句あんのかオムニ、誰のおかげで機材だの車だの揃ったと思ってんだ?」

「お前の親だろ」

「俺の金だ」

「・・ま、誘ったのは俺らだし。やろうぜオムニ。俺はこのガキをヤッて金入ればそれでいい」


 険悪な空気が流れたのを感じたエルンテがなだめるようにオムニの肩を叩くと、彼は舌打ちを打ってから振り返った。

 部屋を出る間際、キッチンに積まれたクーラーボックスに目をやった時だけ、オムニの口角が上がり、気持ちが入った様子で廊下に出る。吸い殻やジュース缶が転がっている汚い廊下にはドアが左右に1つずつ。

 迷わず右のドアを開けて中に入ったオムニは正面にあるデスクに向かった。

 パソコンの周りには指でつまめるほどの大きさのチップがケースに保管され、チップに油性ペンで書かれた文字を見た彼は、腰を揺らして思い出に耽るように目をとろんとさせる。


【カルティエ】

【ジェンヌ】

【フィス】


 ケース内にはざっと20枚のチップ。その全てには女性に名前。キーボードを触ってパソコンを動かしていくと、100件近く動画が保存されている。


「あぁジェンヌ・・お前の白い肌はマジで最高だった」


 とろけた目で動画を再生しただけで、オムニの口角が上がって涎がだらしなく垂れていく。

 一人称の動画は、荷台に拘束された白い肌の若い女性を映していた。怯え、涙の跡がくっきりと頬に残る彼女を乗せたまま車は廃墟に侵入。


『さーあ視聴者の皆!パーティーの時間だッ!』


 助手席から高らかにこだまする丹建の声、運転席にいたエルンテはピンクモヒカンを翻らせてケダモノのように後ろに移動。

 わざわざ女を縛っていたロープをほどくと、彼女は迷いなく逃げる。





『どこに行こうってんだ?』


 オムニの嘲笑。動画の右側に映り込む拳銃から放たれた弾丸が、逃げた女の足を貫く。

 殴り、蹴り、犯し。身を斬り裂く女の悲鳴と男たちの笑い声。凄惨な光景が数十分続いた後、ジェンヌは頭を撃たれて死亡。シーンが変わり、夥しい血の跡が飛び散っている手術台に寝かせられた彼女を死体に笑いかけ、ノコギリやチェーンソーを使ってバラバラに分解。体の一部、臓器や体内に埋め込まれたサイバーウェアを回収してジップロックに保存。


『ご視聴ありがとうございました!新鮮なパーツが欲しい方は、是非ともご連絡を!』


 動画の最後には、汚いキッチンに積まれたクーラーボックスがフレームイン。


「やっぱよぉ、この血が滴っていくところがイイんだよなぁ・・・さっきのガキも、イイ肌」


 満面の笑みで横に顔を向けた視線の先には、夥しい血の跡が飛び散っている手術台とノコギリやチェーンソーがラックに置かれていた。


「攫って殴って犯して、バラして売る。その光景をサイコドライブに保存して動画チップも売っていく。単純だけど、いい商売だよな」


 ソファにふんぞりかえって煙草をふかしながら、丹建は靴の裏で床に倒れている少女の濡れた頭を踏みつけた。


「そりゃあな、ストリートで手っ取り早く稼ぐならコレって相場決まってるからよ」


 水の入ったバケツを降ろし、エルンテもソファに座って煙草に火を点ける。


「しかし全然起きねぇぞこのアナログ。気ぃ失ってるにしても・・なんか不気味じゃね?」

「言ってる場合かエルンテ。手っ取り早い商売のために、動画撮影に特化した目を買った俺の苦労はどうしてくれんだ?」

「へいへい」


 自分の目に指を差す丹建をよそに、立ち上がって少女の腹を蹴飛ばしたエルンテはバケツの水を少女にぶちまけ、ついでと言わんばかりにバケツを頭に投げた。


「ウケるな今の。動画の最初に使えそうだから、撮っといたぜ」

「そういう所は気が利くよな丹建」


 両目を青く光らせる丹建に微笑んで親指を突き立てるエルンテ。恍惚感と優越感に浸る丹建から、気色の悪い笑いがこぼれた。

 だが、そんな笑いも少女には聞こえていない。

 何故なら少女は、意識の奥底で夢を見ていたからだ。

 心まで染みる冷たさ、一寸先すら見えない暗闇。自分は誰なのか、ここはどこなのか。

 全てが不明で、思い出そうとすると目の前に景色が見える。白い服を着た人が自分を肩に担いで走っている光景。その人の顔は黒く塗りつぶされ、声もノイズが強くて聞き取れない。赤い照明だけが不気味に暗い場所を照らし、それはどこまでも続いている。

 何で自分は、こんな所にいるのか。自分がいたい場所はここじゃない。

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